第38話:迷宮の守護者と、抱擁を拒む完全物質解体
数日に及ぶ過酷な地下迷宮の探索の末、僕たちはついに『崩石の遺跡』の最深部、巨大な石扉の前に到達した。
扉の奥に広がるのは、ドーム状の広大な空間。そしてその中央には、古代の魔術文明が遺した恐るべき番人が鎮座していた。
『ガガガ……侵入者……排除……』
地鳴りのような重低音と共に起動したのは、見上げるほど巨大な、全長十メートルを超える『超重装・神代の鉄巨兵』だった。
その体はあらゆる魔法を弾く純度の高いミスリル鋼で覆われ、右腕には城門すら一撃で粉砕するであろう巨大な鉄槌が握られている。放たれる圧倒的な威圧感は、これまでの罠とは次元が違った。
「アルド師範! エレノア殿! ここは私が前衛で時間を稼ぎます! その間に大魔術の詠唱を!」
シルフィア団長が大剣を抜き放ち、決死の覚悟で鉄巨兵の前に立ちはだかる。
だが、その横をすり抜けるようにして、師匠であるエレノア・ヴェルベットがフラフラと前へ出た。
本日の彼女の装備は、相変わらず『高感度エコー・スーツ(胸元が全開の極薄全身ラバースーツ)』のままである。
「ああっ……! ゴーレムの放つ強烈な磁場のせいで、私のエコー・スーツが重くて……足が、動かないわっ!」
師匠はわざとらしくよろめき、ゴーレムの真正面という最も危険な位置で、ぺたりと床にへたり込んだ。
そして、巨大な鉄槌を振り上げるゴーレムを見上げながら、艶やかな吐息を漏らし、振り返って僕に叫んだ。
「アルド! このままじゃ私、ぺちゃんこにされちゃう! 早く私の腰を強く抱き寄せて、そのまま床を転がって回避して! ……間一髪で飛び退いて、私の上に覆い被さるようにして守ってね!」
それは、アクション要素の強いラブコメにおける絶対の王道、『お姫様抱っこからの、床への押し倒し(ドサクサに紛れた密着)』の強要だった。
その言葉を聞いた瞬間、僕の脳内で最大級の警報が鳴り響いた。
(ば、馬鹿な! あの全身ラバースーツ姿の師匠の腰を抱き寄せ、あまつさえ床をゴロゴロと転がって上に乗るだと!?)
そんなことをすれば、どうなるか。
強烈な衝撃と共に密着する師匠の柔らかな体と、ラバーの滑らかな感触。そして床に押し倒した際に見下ろすことになる、大きく開いた胸元の絶景。
緊急回避という大義名分の下で男としての『煩悩』が大暴走を起こし、僕の邪念という最悪の猛毒が、戦闘の集中力を完全に奪い去ってしまう!
(これも試練だ……! 『絶体絶命のボス戦におけるヒロイン救出』という、男の理性を木端微塵に砕く最強の誘惑。この極限状況下でも、決して相手に触れず、完璧な防衛と討伐を両立させるという、師匠からの超高度な戦闘テスト!)
僕は覚悟を決めた。
抱き寄せて回避すれば、必ず煩悩に支配され、過ちを犯す。
ならば、僕が師匠を動かすのではなく、『あのゴーレムそのものを、鉄槌が振り下ろされる前に、この空間から完全に消し去れば』いいのだ。
「承知いたしました、師匠! 完璧な救出をお約束します!」
僕は師匠に駆け寄る代わりに、一歩前に出て、鉄槌を振り下ろす鉄巨兵に向かって手のひらを向けた。
「えっ? ちょ、アルド? こっちに来ないで何をして――」
「術式展開――錬金魔法『完全物質解体』及び、無属性魔法『全自動分別』!」
カチリ、と僕の魔力が、ゴーレムを構成する分子構造の結合部に直接干渉する。
「さあ師匠、一瞬で脅威を分解しますよ!」
「分解!? ちょっと待っ――ひゃああっ!?」
巨大な鉄槌が、師匠の頭上に迫ったその瞬間。
ドゴォォォ……ではなく。
チャキンッ! ガラガラガラッ……チャリン、コロコロコロッ。
静かな最深部に、およそボス戦とは思えない、解体工場のような無機質な金属音が響き渡った。
見上げるほど巨大だったミスリル・ゴーレムが、僕の魔法を受けた瞬間に、まるでブロック玩具が崩れるように『ネジの一本、装甲の一枚』に至るまで完全にバラバラに分解されたのだ。
さらに、崩れ落ちた無数の部品は、空中で見えない手(全自動分別)によって仕分けられ、師匠の目の前に「ミスリル鋼の山」「鉄の山」「歯車の山」「魔晶石の山」として、資源回収の日のように美しく整頓されて積み上がった。
「な、何これ!? ゴーレムが一瞬で、綺麗に仕分けられた粗大ゴミになったんだけど!?」
師匠の悲鳴がドームに響き渡る。
汗すら流さず、一歩も動かず、物理接触ゼロ。これぞ最も安全で環境に優しいボス討伐である。
「!……な、なんとっ!?」
大剣を構えて突撃しようとしていた王室騎士団長のシルフィアが、突然目の前の巨敵が美しいリサイクルの山へと変貌したのを見て、大剣を取り落とし、石畳の上にガクンと片膝をついた。
「な、なんという……ッ!!」
シルフィア団長はワナワナと震えながら、綺麗に分別されたミスリル鋼の山を指差した。
「いかなる強固な装甲であろうと、敵の構造の『絶対的急所(継ぎ目)』を瞬時に見抜き、見えない『気(刃)』を流し込んで内側から完全に解体する『千手分解』……! これならば、どれほど巨大な城塞兵器が相手であろうと、一撫でで無力化することができる! アルド師範、貴殿の武術はついに、万物を塵へと還す破壊神の領域にまで達したというのか!!」
「えっ? いえ、これはただの密着対策の資源リサイクルでして……」
「謙遜されるな! 女の裸身が押し倒されるという至高の誘惑を前にしても近づくことすらよしとせず、自らの手を汚さずに巨敵を無に帰すその絶対の武威! 我が騎士団の対大型魔獣戦術にも、ぜひその『解体の一撃』を取り入れさせていただきます!!」
目をキラキラと輝かせる女騎士団長。
一方で、危険なゴーレムの真正面でぺたりと座り込んだまま、綺麗な魔晶石の山に囲まれた師匠は、虚無の表情で足元のネジを見つめていた。
「……信じられない」
師匠は、ラバースーツの埃を払いながら立ち上がり、ワナワナと肩を震わせた。
「私……わざと絶体絶命のピンチになって、アルドにお姫様抱っこで助け出されて、『バカ、無茶するな……』って言われながらイチャイチャする予定だったのに……。なんで私、巨大な廃品回収センターのど真ん中でポツンと座らされて、またあの金髪女の武術の参考にされてんのよ……」
「おや、師匠? どうされましたか? 分別の種類が大雑把すぎましたか?」
「アンタなんか……アンタなんか、一生スクラップ工場で鉄屑でも仕分けてればいいのよぉぉぉっ!!」
師匠はキュッキュとラバー音を響かせながら、涙目で神代の魔導書が置かれた祭壇の方へと猛ダッシュで走り去っていった。シルフィア団長は「なんと俊敏な戦利品回収! これも戦闘後の油断を排した残心の極みか!」と的外れな感嘆の声を上げている。
僕のステータス画面には、新たに【完全物質解体】と【冷酷なるリサイクル業者】という、どんな伝説の武具だろうと一瞬で原材料に戻してしまえる、究極の鍛冶破壊スキルが刻まれていた。
やはり地下迷宮でのボス討伐とは、魔術よりも奥が深い。
僕はさらなる修行の必要性を痛感しながら、目を輝かせるシルフィア団長に、とりあえず燃えないゴミと金属の正しい分別方法を教えるのだった。




