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第34話:野営の密着寝袋と、夜を焼き尽くす絶対日照



 王立魔術学院での歴史的な大騒動(特別講演)を終え、僕たちは馬車で魔女の塔への帰路についていた。

 日が落ちて周囲が完全に暗くなったため、街道沿いの開けた森の中で野営キャンプをすることになったのだが、そこで致命的な問題が発生した。


「ごめんなさい、アルド。荷物を積む時に間違えて、この『極小サイズのサバイバル寝袋』一つしか持ってきていなかったみたいなの」


 焚き火の揺らめく光に照らされながら、師匠であるエレノア・ヴェルベットは妖艶な笑みを浮かべて小さな寝袋を広げた。

 どう見ても大人一人が限界のサイズである。

 本日の師匠の野営用装備は『熱伝導特化型・サバイバル・メッシュ』だという。

 しかし、その実態は、全身を覆う黒い網タイツ(ボディストッキング)の要所を、わずかな布切れで隠しているだけの代物だった。夜の冷たい空気に晒され、網目の間から覗く雪のように白い素肌が、焚き火の光を浴びて艶かしく浮かび上がっている。


「し、師匠……! いくら熱伝導を高めるためとはいえ、そのお姿は……あまりにも布面積が少なすぎます! 夜の森の寒さで凍えてしまいますよ!」

「あら、全然分かってないわね」


 師匠は艶やかな吐息を漏らし、自らの肩を抱きながら尤もらしい魔術理論を語り始めた。


「野外における魔術師の生存戦略の基本は、自然界の過酷な寒さを逆利用することよ。極限まで外気を肌で感じ、生命の危機を覚えることでマナの出力は最大化するの。そして、冷え切った体を回復させるには、波長の合う魔術師同士が一つの寝袋に入り、素肌を密着させて『体温(生命力)』を直接分け合うのが最も効率的なのよ」

「な、なるほど……! 己の羞恥心を捨てて寒波を迎え撃ち、その反発力と仲間の体温でマナを循環させる究極のサバイバル術!」


 僕は深く頷いた。

 大魔女たるもの、野営の夜すらも魔術の探求に捧げるのか。その姿勢には本当に頭が下がる。


「ええ。だからアルド……夜風が冷たくなる前に、早くこの寝袋に入りましょう。狭いから、お互いの腕と足を絡ませるようにして、ぴったりくっつかないと入らないわよ……?」


 師匠が潤んだ瞳で僕を見つめ、寝袋の入り口を開いて招き寄せる。

 その言葉を聞いた瞬間、僕の脳内で最大級の警報が鳴り響いた。


(ば、馬鹿な! あの全身網タイツの師匠と、身動きすら取れない極小の寝袋の中で、朝まで手足を絡ませて密着するだと!?)


 そんなことをすれば、どうなるか。

 師匠の柔らかな体温と、網越しに伝わる素肌の感触が、僕の理性を瞬時に焼き切る。体温共有という大義名分の下で男としての『煩悩』が大暴走を起こし、僕の邪念という最悪の猛毒が、密室空間で師匠の魔力回路を完全に汚染してしまう!


(これも試練だ……! 『寝袋が一つしかない』という野営における最強の誘惑の中でも、決して相手に触れず、完璧な体温管理を行うという、師匠からの超高度な環境制御テスト!)


 僕は覚悟を決めた。

 寝袋に入れば、必ず煩悩に支配され、密着してしまう。

 ならば、僕たちが暖を取り合う必要がないように、『夜の森の気温そのものを、真夏のように引き上げれば』いいのだ。


「承知いたしました、師匠! 完璧な温度管理をお約束します!」


 僕は寝袋に近づく代わりに、夜空に向かって高々と右手を掲げた。


「えっ? ちょ、アルド? 寝袋に入らないで何をして――」

「術式展開――極大熱量操作『超高密度プラズマ生成』及び、重力魔法『空間固定アンカー』!」


 カチリ、と僕の膨大な魔力が、上空の大気を球状に圧縮し始める。


「さあ師匠、一瞬で夜の寒さを吹き飛ばしますよ!」

「寒さを!? ちょっと待っ――ひゃああっ!?」


 カッ!!!!


 真夜中の森に、およそ野営とは思えない、目を開けていられないほどの強烈な閃光と圧倒的な熱波が爆発した。

 僕が頭上の空中に創り出した『直径一メートルの超高圧縮プラズマ球(極小の人工太陽)』が、煌々と輝き始めたのだ。

 凍えるような夜の闇は一瞬にして消え去り、野営地から半径五十メートルの空間だけが、まるで真夏の昼下がり(気温三十五度)のような暴力的な日差しと熱気に包まれた。


「あつぅぅぅっ!? な、何これ!? 夜なのに、真昼の砂浜みたいに日差しが痛いぃぃっ!?」


 師匠の悲鳴が森に響き渡る。

 黒い網タイツという、光の熱を最も吸収しやすい最悪の装備を着ていた師匠は、一瞬にして全身から滝のような汗を吹き出し、熱すぎる寝袋を蹴り飛ばして地面を転げ回り始めた。


「たのもーっ! アルド師範、周辺の夜間警備を――な、なんとっ!?」


 その時、森の奥をパトロールしていた王室騎士団長のシルフィアが、眩しさに目を細めながら駆けつけてきた。

 彼女は、真夜中にもかかわらず真昼の太陽を背負って直立する僕と、異常な熱気の中で汗だくになって干からびかけている師匠の姿を見て、溶けかけた腐葉土の上にガクンと片膝をついた。


「な、なんという……ッ!!」


 シルフィア団長はワナワナと震えながら、空中に浮かぶ人工太陽を指差した。


「己の『気(魔力)』を極限まで圧縮し、暗闇を焼き尽くす天上の光を創り出す『暁の現出ドーン・ブリンガー』……! これならば、いかなる闇討ちの暗殺者であろうと、影そのものを消し去ることで完全に無力化できる! アルド師範、貴殿はついに、天体の運行すらも己の武に組み込んだというのか!!」

「えっ? いえ、これはただの密着対策の暖房代わりでして……」

「謙遜されるな! 女の裸身という最大の誘惑を前にしても近づくことすらよしとせず、自ら太陽となって冷え切った世界を照らし出すその絶対の熱量! 我が騎士団の夜間演習にも、ぜひその『局所日照ミッドナイト・サン』を取り入れさせていただきます!!」


 目をキラキラと輝かせる女騎士団長。

 一方で、人工太陽の下で完全にオーバーヒートした師匠は、持っていた水筒の水を頭からかぶり、虚無の表情で空中の眩しい球体を見上げていた。


「……信じられない」


 師匠は、汗で肌に張り付いた網タイツを引っ張り、ワナワナと肩を震わせた。


「私……わざと寝袋一つだけにして、アルドと密着して『アルドの体、すごく熱い……』ってイチャイチャする予定だったのに……。なんで私、真夜中の森のど真ん中で熱中症になりかけて、大慌てで日焼け止めクリーム塗ってんのよ……」

「おや、師匠? どうされましたか? 日差しの強さが足りませんでしたか?」

「アンタなんか……アンタなんか、一生空に浮かんで紫外線でも撒き散らしてればいいのよぉぉぉっ!!」


 師匠は汗だくの網タイツ姿のまま、涙目で日陰(人工太陽の光が届かない木陰)へと走り去っていった。シルフィア団長は「なんと俊敏な遮蔽物への退避! これも強烈な光による索敵逃れの訓練か!」と的外れな感嘆の声を上げている。


 僕のステータス画面には、新たに【恒星生成(極小)】と【真夜中の太陽王】という、どんな極寒の氷河期が訪れようとも一人で生態系を維持できそうな、創造神クラスのチートスキルが刻まれていた。


 やはり野営での体温管理とは、魔術よりも奥が深い。

 僕はさらなる修行の必要性を痛感しながら、目を輝かせるシルフィア団長に、とりあえず熱中症を防ぐための正しい水分補給のやり方を教えるのだった。


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