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第33話:大講堂の特別授業と、密着回避の絶対無線同期


 王立魔術学院、五百人を収容できるすり鉢状の大講堂。

 そこは今、空前の熱気と興奮、そして男子生徒たちの荒い鼻息に包まれていた。


「――というわけで、マナの流体制御において最も重要なのは、大気との『物理的な境界線』を取り払うことなのよ」


 教壇に立つ師匠エレノア・ヴェルベットは、黒板の前で艶然と微笑んだ。

 彼女が身に纏う『特別講師用アカデミック・ドレス』は、胸元がみぞおちまでV字に開き、スリットからは歩くたびに雪のような太ももが覗くという、教育の場にあるまじき破廉恥な代物だ。

 最前列の男子生徒たちは、黒板の文字など一切見ず、ただ師匠の豊満な谷間と太ももを血走った目で凝視し、必死にメモ(デッサンのような何か)を取っている。


「し、師匠……! いくら特別講演とはいえ、その……生徒たちの視線が、魔術の真理とは全く別の場所(胸元)に集中してしまっています!」

「あら、全然分かってないわね」


 教壇の脇に控えていた僕の小声での指摘に、師匠は艶やかな吐息を漏らし、尤もらしい魔術理論を語り始めた。


「彼らの熱を帯びた視線は、空間のマナを活性化させる立派な『触媒』よ。若き魔術師たちの迸るような熱情リビドーを利用して、講堂全体を巨大な魔力炉へと昇華させているの」

「な、なるほど……! 己の羞恥心を完全に捨て去り、生徒たちの煩悩すらも魔術のエネルギーに変換する究極の空間魔術!」


 僕は深く頷いた。

 教育の場において、自らを実験台(生け贄)にしてまでマナの活性化を図る大魔女の覚悟。やはり師匠は偉大だ。


「さて、理論の次は実技デモンストレーションよ。他者と己の魔力回路を繋ぎ、マナを共有する『深層魔力同調ディープ・シンクロ』について実践するわ」


 師匠が潤んだ瞳で僕を振り返り、手招きをした。


「さあ、アルド。ここへ来て。生体電流を直接交わらせるためには、『ゼロ距離の接触』が不可欠なの。服という絶縁体を挟まず、互いの素肌と素肌……できれば、心臓の位置をぴったりと重ね合わせるように、私を強く抱きしめてちょうだい」


 五百人の生徒たちの前で、堂々たる『公開ハグ(密着)』の要求だった。

 その言葉を聞いた瞬間、僕の脳内で最大級の警報が鳴り響いた。


(ば、馬鹿な! この五百人もの思春期の学生たちが見つめる教壇の上で、ほぼ全裸に等しい師匠と胸を押し付け合い、濃厚に密着するだと!?)


 そんなことをすれば、どうなるか。

 ただでさえ師匠の姿に興奮して活性化している生徒たちの「煩悩リビドー」が、僕たちの密着を見た瞬間に臨界点を突破し、大講堂そのものを吹き飛ばす大爆発(魔力暴走)を引き起こしてしまう!


(これも試練だ……! 『数百人の観衆の前での公開イチャイチャ』という最悪のシチュエーションの中でも、決して相手に触れず、完璧な魔力同調を披露するという、師匠からの超高度な通信テスト!)


 僕は覚悟を決めた。

 抱きしめ合えば、必ず煩悩が暴走し、大惨事になる。

 ならば、物理的な接触という古い規格を捨て去り、僕の魔力を『目に見えない電波帯域に変換して、広域無線通信ワイヤレス』で繋げばいいのだ。


「承知いたしました、師匠! 完璧な深層同調をお見せします!」


 僕は教壇の師匠に近づく代わりに、その場に立ち止まり、空中に向かって両手を広げた。


「えっ? ちょ、アルド? 抱きしめないで何をして――」

「術式展開――無属性魔法『広域無線魔力通信マナ・ワイファイ』及び『仮想領域構築クラウド・サーバー』!」


 カチリ、と僕の魔力が、目に見えない高周波の波形となって講堂の空間に放たれた。


「さあ師匠、一瞬で回線を繋ぎますよ! パスワードは不要フリーです!」

「パスワード!? 回線!? ちょっと待っ――ひゃああっ!?」


 ピポパポパ……ピィィィィィンッ!!!!


 大講堂に、魔術とは思えないような、モデムの接続音のような電子音が響き渡った。

 僕の体から放たれた目に見えない魔力の電波(Wi-Fi)が、十メートル離れた師匠の魔力回路に、物理接触ゼロ・遅延ゼロでダイレクトに接続されたのだ。


「な、何これ!? アルドに一切触られてないのに、体の中に直接アルドの魔力が、ものすごい通信速度スピードで流れ込んでくるぅぅっ!?」


 師匠がビクンッと体を震わせた。

 だが、僕が構築した『広域無線通信(フリーWi-Fi)』の恩恵は、師匠一人に留まらなかった。大講堂という密閉空間に放たれた強力な魔力電波は、座席に座る五百人の生徒たちの魔力回路にも、強制的に「自動接続」されてしまったのだ。


「うおおおおっ!? な、なんだこの頭に直接流れ込んでくる膨大な魔術知識は!」

「マナの真理が……解る! 僕にも、世界ネットワークの理が解るぞぉぉっ!」


 大講堂の五百人の生徒たちが、一斉に白目を剥いて天を仰ぎ、体から青白いオーラを放ちながら、集団で『魔術的悟り』を開き始めた。講堂全体が、まるで巨大なサーバー室のようにブォォォンと共鳴している。


「たのもーっ! アルド師範、特別講演の警備に――な、なんとっ!?」


 その時、大講堂の重厚な扉が開き、見回りに来た王室騎士団長のシルフィアが飛び込んできた。

 彼女は、十メートル離れた場所から一切動かずに無音の気を放ち続ける僕と、その気に当てられて集団でトランス状態に陥り、宙に数センチ浮遊して悟りを開いている五百人の生徒たちを見て、入り口の絨毯にガクンと片膝をついた。


「な、なんという……ッ!!」


 シルフィア団長はワナワナと震えながら、講堂全体を包む見えない気(電波)の渦を指差した。


「己の『気』を大気に溶かし込み、五百人もの軍勢の精神と同時に繋がり、その魂を強制的に一段階上へと引き上げる『万象同調の領域テリトリー』……! これならば、触れることすらせず、その場にいるすべての者の命を掌握し、意のままに強化(あるいは破壊)することができる! アルド師範、貴殿はついに、世界そのものを自らの神経網ネットワークとしたのか!!」

「えっ? いえ、これはただの密着対策のフリーWi-Fiでして……」

「謙遜されるな! 女の裸身という最大の誘惑を前にしても近づくことすらよしとせず、大気を介して万民に真理を分け与えるその絶対の慈愛! 我が騎士団の集団演習にも、ぜひその『広域無線通信テレパシー』を取り入れさせていただきます!!」


 目をキラキラと輝かせる女騎士団長。

 一方で、完璧な魔力同調が完了した教壇の上で、師匠は一人ポツンと立ち尽くし、虚無の表情で宙に浮く生徒たちを見渡していた。


「……信じられない」


 師匠は、誰にも抱きしめられなかった自身の両腕をギュッと抱きしめ、ワナワナと肩を震わせた。


「私……全生徒の前で見せつけるようにアルドと抱き合って、『ごめんなさいね、私たち、回路の奥まで繋がってるから……』ってマウント取ってイチャイチャする予定だったのに……。なんで私、ただの中継アンテナみたいな扱い受けて、生徒全員にフリーWi-Fi配る公衆アクセスポイントみたいになってんのよ……」

「おや、師匠? どうされましたか? 通信速度に遅延ラグがありましたか?」

「アンタなんか……アンタなんか、一生電波塔とでも通信してればいいのよぉぉぉっ!!」


 師匠は破廉恥なドレス姿のまま、涙目で教壇から控え室へと走り去っていった。シルフィア団長は「なんと俊敏な退却! これも通信による情報処理の高速化か!」と的外れな感嘆の声を上げている。


 僕のステータス画面には、新たに【無線通信マナ・ワイファイ】と【クラウドの支配者】という、このファンタジー世界に一人だけ情報革命(ITイノベーション)を引き起こしかねない、神域の通信スキルが刻まれていた。


 やはり大講堂での特別授業とは、魔術よりも奥が深い。

 僕はさらなる修行の必要性を痛感しながら、目を輝かせるシルフィア団長に、とりあえずパスワードの重要性と、不正アクセスの防ぎ方を教えるのだった。


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