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第32話:首席との決闘と、魔法の過程を消し去る絶対時間削除



 王立魔術学院の広大な屋外訓練場は、数百人の生徒たちの熱気とざわめきに包まれていた。

 特別講演の前座として急遽組まれた『学院首席と、大魔女の弟子の模擬戦』。

 観客席の最前列では、当の師匠エレノア・ヴェルベットが、あの破廉恥極まりない『特別講師用アカデミック・ドレス』に身を包んで足を組み、優雅に観戦している。その大胆に露出した胸元と太ももに、周囲の男子生徒たちは模擬戦どころではない様子で釘付けになっていた。


「さあ、始めようか。無能な従者よ」


 訓練場の中央で、金糸のローブを纏った首席、ユリウス・フォン・グランツが傲慢な笑みを浮かべた。

 彼の手には、最高級の魔晶石がはめ込まれた杖が握られている。


「大魔女の威を借るだけの凡人に、王立学院の真の魔術というものを教えてやろう。怪我をしたくなければ、今すぐそこで土下座して――」

「ユリウス殿。お願いがあります」


 僕は静かに右手を挙げ、彼の言葉を遮った。


「貴方の発する『傲慢』という感情のノイズが、師匠の『知のマナ』の吸収を著しく阻害しています。どうか、速やかに淀んだ空気を清浄にし、静かにしていただけませんか」

「……ッ! このゴミが、どこまでも私を愚弄するか!」


 ユリウスの顔が屈辱で真っ赤に染まった。

 彼は杖を天高く掲げ、膨大な魔力を練り上げ始めた。周囲の大気がビリビリと震え、訓練場の温度が一気に急上昇する。


「消し炭となれ! 我が最強の炎、『紅蓮の業火クリムゾン・インフェルノ』!!」


 ユリウスの杖の先から、巨大な火竜のような凄まじい業火が放たれた。

 石畳をドロドロに溶かしながら、圧倒的な熱波が僕に向かって迫り来る。観客席から悲鳴が上がった。


 だが、僕の脳裏で鳴り響いていたのは、命の危機に対する警鐘ではなかった。


(ば、馬鹿な! あんな超高熱の炎がこの場に放たれれば、観客席にいる師匠の肌が『汗』をかいてしまう!)


 そんなことになれば、どうなるか。

 ただでさえ布面積が少ない師匠のドレスが汗で肌に張り付き、さらに露出度が跳ね上がる。その上、熱気で火照った師匠の艶やかな表情など見てしまえば、僕の男としての『煩悩』が大暴走を引き起こしてしまう!


(これも試練だ……! 『灼熱の炎による強制的なお色気イベント』という理不尽な誘惑の中でも、決して己の理性を手放さず、完璧な空調管理を行うという、師匠からの究極の防衛テスト!)


 僕は覚悟を決めた。

 炎を相殺する魔法を撃ち合えば、必ず余波(熱風)が発生し、師匠が汗をかく。

 ならば、僕が『あの魔法が発動し、燃え尽きるまでの時間そのものを、この宇宙から消去』してしまえばいいのだ。


「術式展開――時空魔法『局所時間削除タイム・スキップ』及び『事象の強制確定』!」


 僕が空間に向かって指を弾いた瞬間。

 プツンッ。

 訓練場の時間が、数秒間だけ『飛んだ』。


「……え?」


 次の瞬間。

 僕の目の前まで迫っていたはずの巨大な炎の竜は、熱も、音も、光も残さず、完全に『消滅』していた。

 いや、消滅したのではない。

 ユリウスが魔法を放ち、それが燃え尽きるまでの『約5秒間』という過程が宇宙から削除され、「魔法が終わった」という結果だけがこの世界に残されたのだ。


「なっ……!? ば、馬鹿な!? 私の最大魔法が、一瞬でかき消されただと!?」


 ユリウスは目を見開き、信じられないというように自身の杖を見つめた。

 マナの残滓すら残っていない。完璧なゼロである。


「貴方の炎は、すでに『過去の出来事』として処理されました。これなら熱風も発生せず、師匠が汗をかく心配もありません」

「ふざけるなッ! どんな奇術を使ったかは知らんが、ならば魔力に頼らず、この魔法剣で貴様を直接斬り伏せるまで!」


 ユリウスは杖を放り捨て、腰の魔法剣を抜いて僕に向かって突進してきた。

 怒りで顔を歪め、唾を飛ばしながら迫ってくる。


(彼がこのまま近づけば、その見苦しい汗と唾液が周囲の空気を汚染してしまう!)


「術式展開――『遠隔運動神経支配リモート・マリオネット』」


 カチリ、と僕の魔力が、突進してくるユリウスの運動神経を完全にジャックした。


「さあ、お掃除の時間です」

「なっ!? 体が、勝手に……ッ!?」


 僕の鼻先わずか一メートルの距離で、ユリウスの体はピタリと静止した。

 そして彼は、自身の意思とは全く無関係に魔法剣を鞘に納めると、懐から真っ白なハンカチを取り出し、ガバッと四つん這いになった。


 キュッキュッキュッキュッ!!


 静まり返った訓練場に、ハンカチで石畳を猛烈な勢いで磨き上げる音だけが響き渡る。

 学院の首席たるユリウスが、残像が見えるほどの速度で床を拭き掃除させられているのだ。彼の目からは、屈辱と恐怖の涙がボロボロとこぼれ落ちている。


「な、なんという……ッ!!」


 観客席の脇で待機していたシルフィア団長が、またしても石畳にガクンと片膝をついた。


「敵の最大魔法を、弾くでも避けるでもなく『時間ごと斬り捨てる』という神の如き時空間干渉! さらに、迫り来る刃を触れずに止め、敵の肉体を支配して『清掃(反省)』を強制する絶空の傀儡術……! アルド師範、貴殿の武術はついに、概念すらもねじ伏せる不条理の領域へと至ったというのか!!」


 目をキラキラと輝かせる女騎士団長。その言葉に、周囲の生徒たちも「じ、時間を消しただと!?」「首席が四つん這いで床を磨かされている……バケモノか……!」と戦慄し、訓練場は水を打ったような静けさに包まれた。


 一方で、観客席の最前列に座る師匠は、頬を真っ赤に染め、潤んだ瞳で僕を見つめていた。


「アルド……。あんな男の戯言、私は気にしてなかったのに……私のために、あそこまで本気で怒ってくれるなんて……(きゅんっ)」


 師匠は両手で顔を覆い、完全に恋する乙女の顔になっていた。

 ……なぜか激しく勘違いされている気がするが、結果として師匠の周囲の空気は清浄に保たれ、無事に知のマナを吸収できる環境が整ったのだから良しとしよう。


 僕のステータス画面には、新たに【事象消去】と【強制労働(清掃)の絶対王】という、どんな国の軍隊だろうと一瞬で雑用係に転職させられる、恐るべき支配スキルが刻まれていた。


 やはり魔術学院の空気清浄とは、魔術よりも奥が深い。

 僕はさらなる修行の必要性を痛感しながら、涙目で床を磨き続けるユリウスに、とりあえず汚れが落ちやすいハンカチの動かし方を遠隔で教えるのだった。


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