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第31話:王都への旅路と、馬車内の密着を分断する絶対空間隔離


 魔女の塔に、王室騎士団長シルフィアが仰々しい書状を持ってやってきたのは、数日前のことだった。

『王立魔術学院における、大魔女エレノア・ヴェルベット殿の特別講演の依頼』。

 王国最高峰の魔術教育機関が、直々に師匠を特別講師として招きたいというのだ。

 普段なら面倒くさがって断る師匠だが、今回はなぜか「たまには王都の風を浴びるのも悪くないわね」と快諾した。


 その真の理由は、王都へ向かうための『馬車での泊まりがけの移動(密室空間での二人きり)』にあったと、僕が気づいたのは出発の日の朝だった。


「さあ、アルド。王都までは馬車で丸二日の道のりよ。狭いけれど、我慢してちょうだいね?」


 揺れる馬車の向かいの席で、師匠は妖艶な笑みを浮かべて僕を見た。

 本日の彼女の外出用装備は『魔術学院・特別講師用アカデミック・ドレス』だという。

 しかし、その実態は恐るべきものだった。漆黒のローブの形こそ保っているものの、胸元はおへその上まで大胆にV字に開き、スカートのスリットに至っては腰骨のあたりまで裂けている。馬車が揺れるたびに、豊かな双丘と雪のように白い太ももが、これでもかとばかりに主張してくるのだ。


「し、師匠……! いくら講師用のドレスとはいえ、その……知性よりも破廉恥さが前面に出すぎているのでは!?」

「あら、全然分かってないわね」


 師匠は艶やかな吐息を漏らし、足を組み替えながら尤もらしい魔術理論を語り始めた。


「高度な魔術理論を構築するには、脳内に大量のマナを循環させる必要があるの。この極限まで通気性を高めたドレスは、大気中の『知のマナ』を直接肌から吸収し、脳細胞を活性化させるための究極のインテリジェンス・フォームなのよ」

「な、なるほど……! 己の羞恥心を捨ててでも、生徒たちに最高の授業を届けるための教育者の鑑!」


 僕は深く頷いた。

 だが、僕の背筋には冷や汗が流れていた。この馬車は完全に密室。しかも、王都へ続く街道は舗装されておらず、かなり揺れるのだ。


「きゃっ!」


 案の定、馬車の車輪が大きな石に乗り上げた瞬間。

 師匠の体がふわりと宙に浮き、向かいに座る僕の胸元へと、一直線に倒れ込んできた。


(ば、馬鹿な! この逃げ場のない密室で、あの露出度MAXの師匠を真正面から受け止めろだと!?)


 そんなことをすれば、どうなるか。

 僕の男としての『煩悩』が大暴走を起こし、理性のタガは完全に吹き飛んでしまう。神聖な教育機関へ向かう道中で、僕の邪念が師匠の「知のマナ」を完全に汚染し、明日の講演を台無しにしてしまう!


(これも試練だ……! 『揺れる馬車でのハプニング密着』という王道の誘惑の中でも、決して相手に触れず、己の精神を清浄に保つという、師匠からの超高度な自制心テスト!)


 僕は覚悟を決めた。

 手で受け止めれば、必ず煩悩に支配される。

 ならば、僕と師匠の間に『絶対に越えられない空間の断層』を作り出せばいいのだ。


「術式展開――空間魔法『絶対空間隔離ディメンション・ウォール』及び『衝撃完全吸収ショック・アブソーバー』!」


 カチリ、と馬車内の空間座標が真っ二つに分断された。


「えっ? んんっ!?」


 僕の胸に飛び込んできた師匠の体は、僕の鼻先わずか一ミリの空間に展開された『見えない断層(スライムのような弾力を持つ見えない壁)』にボヨンと激突し、そのままの姿勢で空中にピタリと固定された。


「ご安心ください、師匠! 不意の接触による『魔力汚染』を防ぐため、馬車の中央に絶対不可侵の空間断層を配置しました! これでどんなに揺れても、僕にぶつかることは絶対にありません!」

「は……?」


 見えない壁に顔と胸を押し付けられた状態のまま、師匠は虚無の表情で僕を見た。


「私……馬車の揺れを装ってアルドの膝の上に倒れ込んで、『ごめんなさい、揺れるから……このまま座っててもいい?』ってイチャイチャする予定だったのに……。なにこの、面会室のアクリル板みたいな壁……。私、護送中の危険人物か何か……?」

「おや、師匠? 空間の反発力が強すぎましたか?」

「アンタなんか……アンタなんか、一生透明な壁と見つめ合ってればいいのよぉぉぉっ!!」


 僕のステータス画面には、新たに【空間断絶パーテーション】と【絶対拒絶の結界師】という、どんな軍隊の進軍すらも無傷で食い止める、難攻不落の要塞構築スキルが刻まれた。


     * * *


 翌日。

 絶対の空間隔離によって一切の接触(と会話)がないまま、僕たちは無事に王都へと到着した。

 王立魔術学院の正門前では、先行して到着していたシルフィア団長が僕たちを出迎えてくれた。


「お待ちしておりました、エレノア殿、そしてアルド師範! さあ、学院長がお待ちです!」


 大理石で造られた壮麗な学院の廊下を歩いていると、すれ違う生徒たちが一様に足を止め、師匠の姿を見て息を呑んだ。

 無理もない。格式高い学院の中で、あそこまで破廉恥なドレスを着て堂々と歩いている女など、師匠以外に存在しないのだから。


「――おいおい、冗談だろう? あれが、今日特別講演を行うという『大魔女』だと?」


 突如、前方からひどく冷ややかな、そして傲慢な声が響いた。

 現れたのは、高級そうな金糸の刺繍が入った特注のローブを纏う、金髪の若い男だった。その後ろには、取り巻きらしき数人の生徒が付き従っている。


「ユリウス・フォン・グランツ……学院の首席にして、有力貴族の御曹司か」


 シルフィア団長が不快そうに眉をひそめた。

 ユリウスは、師匠の露出度の高いドレスをジロジロと舐め回すように見つめ、鼻で笑った。


「下品な娼婦かと思えば、大魔女エレノア・ヴェルベットとはな。いくら辺境で名が売れているとはいえ、このような神聖な学舎に、そんなふしだらな格好で足を踏み入れるとは。王国の魔術のレベルが知れるというものだ」

「なっ……! 貴様、大魔女殿に向かってなんという無礼な!」


 シルフィア団長が剣の柄に手をかけるが、師匠は「いいのよ、団長さん」と手で制した。

 師匠は全く気にした様子もなく、ただ退屈そうにユリウスを見下ろしている。大魔女たる師匠にとって、学生の戯言など路傍の石と同じなのだ。


 だが、ユリウスの嘲笑は、さらに後ろに控えていた僕へと向けられた。


「それに、なんだその従者は? 大した魔力も感じられない。そんな凡人を連れ歩くなど、やはり大魔女の称号も名ばかりのようだな。おい、そこの無能。お前のようなゴミが歩いていい廊下ではないぞ」


 ユリウスが指を鳴らすと、彼の取り巻きたちが僕を取り囲むように前に出た。

 一触即発の空気が廊下を支配する。


 ――しかし、僕の心は驚くほど静かだった。

 怒りなどない。ただ、彼らの発する『傲慢』という強い感情が、マナの乱れ(ノイズ)を生み出し、師匠の神聖な「知のマナ」の吸収を著しく阻害している事実だけが、どうしても看過できなかった。


「……師匠」


 僕は一歩前に出て、静かに口を開いた。


「この学舎の『空気』は、少々淀んでいるようです。貴女の素晴らしい講演の妨げにならぬよう、僕が少しばかり……『清掃』をしてもよろしいでしょうか?」


 僕の言葉に、ユリウスは顔を真っ赤にして激昂した。

「無能の分際で、首席の私を清掃するだと!? いいだろう、そこまで言うなら、明日の特別講演の前の『模擬戦』で、私の炎で口の利き方を教えてやる!」


 僕は、日々の「煩悩退散修行」によって極限まで研ぎ澄まされた己の両手を見つめた。

 果たして、僕が接触を避けるために編み出したこの『密着回避魔術』は、対人戦闘においても通じるのだろうか。

 いや、迷う必要はない。師匠の魔力を守るため、僕はただ、迫り来るすべてを『拒絶』すればいいだけなのだから――。


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