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第28話:熱病の看病と、汗を奪い去る絶対真空パッケージ



 魔女の塔の最上階、師匠であるエレノア・ヴェルベットの私室。

 分厚いカーテンが引かれた薄暗い部屋の中で、師匠は大きなベッドに横たわり、荒い息を吐いていた。


「はぁ……はぁ……アルド……」


 どうやら昨夜、僕の修行に付き合って薄着で夜更かしをしたのが原因で、風邪を引いてしまったらしい。

 だが、こんな体調不良の時でさえ、彼女の『破廉恥の探求』は留まるところを知らなかった。

 本日の師匠の看病待ち装備は『解熱促進型・極薄シースルー・ネグリジェ』だという。

 しかし、その実態は、熱で火照る肌を冷ますためという名目のもと、ほとんど裸に透明なラップを巻いたような代物だった。ただでさえ防御力皆無なその布地が、発熱による汗をたっぷりと吸い込み、滑らかな肌にピッタリと張り付いている。

 熱を帯びて潤んだ瞳と、汗ばんだ双丘の谷間が、看病する者の理性を容赦なく削り取ってくる。


「し、師匠……! いくら熱を下げるためとはいえ、そのお姿は……あまりにも目のやり場に困ります! 逆に風邪が悪化してしまうのでは!」

「あら、全然分かってないわね、ゲホッ」


 師匠は艶やかな吐息を漏らし、尤もらしい魔術理論を語り始めた。


「体内の熱と共に、毒素を含んだ古いマナが汗となって排出されるの。この極薄のネグリジェは、その毒素を滞りなく大気へ逃がすための究極のフィルターよ。……でも、汗が肌に残っていると、気化熱で魔力回路が冷えすぎてしまうわ」

「な、なるほど……! 己の羞恥心を捨ててでも、毒素の排出と魔力の循環を最優先する病床の儀式!」


 僕は深く頷いた。

 大魔女たるもの、病魔に冒されてなお魔術の真理を追い求めるのか。その姿勢には本当に頭が下がる。


「ええ。だからアルド……お願い。この柔らかいタオルで、私の首筋から、胸の谷間、そして背中の汗まで……貴方の手で、隅々まで優しく拭き取ってちょうだい。……熱くて、苦しいの……」


 師匠が潤んだ瞳で僕を見つめ、濡れた素肌を艶かしくくねらせる。

 その言葉を聞いた瞬間、僕の脳内で最大級の警報が鳴り響いた。


(ば、馬鹿な! この甘い香りと熱気を放つ密室で、完全にスケスケの師匠の肌に触れ、僕の手で直接汗を拭うだと!?)


 そんなことをすれば、どうなるか。

 熱で火照った師匠の柔らかな体温と、汗ばんだ肌の感触が、僕の理性を瞬時に焼き切る。看病という大義名分の下で男としての『煩悩』が大暴走を起こし、弱っている師匠の魔力回路に、僕の邪念という最悪のウイルスを感染させてしまう!


(これも試練だ……! 『病床の看病』という男の庇護欲を刺激する最強の誘惑の中でも、決して相手に触れず、完璧な解熱と清拭せいしきを行うという、師匠からの超高度な医療テスト!)


 僕は覚悟を決めた。

 タオルで拭けば、必ず煩悩に支配され、手が震える。

 ならば、僕の手を使わず、かつ『ミクロン単位の汗を、物理的な接触ゼロで一瞬にして気化(乾燥)させれば』いいのだ。


「承知いたしました、師匠! 完璧な汗拭きと解熱をお約束します!」


 僕はベッドから三メートルほど距離を取り、両手を大きく広げて構えた。


「えっ? ちょ、アルド? タオルを持たないで何をして――」

「術式展開――風属性魔法『空間排気エア・ドレイン』及び、氷属性魔法『絶対真空冷却バキューム・フリーズ』!」


 カチリ、と僕の魔力が、師匠のベッドを覆う空間座標に干渉する。


「さあ師匠、一瞬で古い汗を大気へと昇華させますよ!」

「昇華!? ちょっと待っ――ひゃああっ!?」


 シュゴォォォォォォォォンッ!!!!


 静かな病室に、魔術とは思えないような、工業用の巨大吸引機のような凄まじい排気音が響き渡った。

 僕が魔力で作り出した『透明な結界(袋)』がベッドごと師匠を包み込み、その内部の空気を一瞬にして外へと吸い出したのだ。


「ぎゅむぅぅぅっ!?」


 真空状態となった結界の中で、分厚い羽毛布団がペチャンコに圧縮され、師匠の体は『布団圧縮袋に詰められた冬物の毛布』のようにカチカチにパッケージングされてしまった。

 気圧が極限まで下がったことで、師匠の肌に張り付いていた汗は沸点が下がり、一瞬にして気化。さらに真空冷却の効果により、火照っていた体温も完璧な平熱へと強制的に戻されていく。


「たのもーっ! アルド師範、お見舞いの品を――な、なんとっ!?」


 その時、ガラッ!と部屋の扉が開き、見舞いの果物籠を持った王室騎士団長のシルフィアが飛び込んできた。

 彼女は、三メートル離れた場所から真剣な顔で魔力を放ち続ける僕と、ベッドの上でカチカチの真空パック状態(布団圧縮袋)にされ、ピクピクと痙攣している師匠の姿を見て、持っていた籠を落として片膝をついた。


「な、なんという……ッ!!」


 シルフィア団長はワナワナと震えながら、真空パックされた師匠を指差した。


「己の周囲の空気を完全に断ち、呼吸と気配を極限まで殺す『絶対真空の仮死の法』……! これならば、いかなる強敵の索敵からも完全に逃れ、息の根を止めた状態で時をやり過ごすことができる! アルド師範、貴殿はついに、大魔女殿を実験台にして『死線を越える究極の隠密術』を完成させたというのか!!」

「えっ? いえ、これはただの密着対策の汗拭きでして……」

「謙遜されるな! 女の裸身という最大の誘惑を前にしても近づくことすらよしとせず、大気を操作して強制的に熱と気配を奪い去るその絶対の支配力! 我が騎士団の生存訓練にも、ぜひその『真空仮死パック』を取り入れさせていただきます!!」


 目をキラキラと輝かせる女騎士団長。

 一方で、僕が術式を解除し、プシューッという音と共に空気が戻ってきたベッドの上で、完璧に汗が引き、熱も下がった師匠は、虚無の表情で天井を見つめていた。


「……信じられない」


 師匠は、ぺちゃんこになったシーツを握りしめ、ワナワナと肩を震わせた。


「私……わざと薄着で風邪引いて、アルドに優しく汗拭いてもらって、『アルドの手、冷たくて気持ちいい……』ってイチャイチャする予定だったのに……。なんで私、衣替えの季節の冬用カーペットみたいな扱い受けて真空パックにされて、またあの金髪女の隠密術の参考にされてんのよ……」

「おや、師匠? どうされましたか? 真空の圧力が強すぎましたか?」

「アンタなんか……アンタなんか、一生保存食のパッキングでもしてればいいのよぉぉぉっ!!」


 師匠は完璧に平熱に戻ったツヤツヤの肌のまま、涙目でベッドに潜り込んでしまった。シルフィア団長は「なんと迅速な体調回復! これも仮死状態からの蘇生による細胞の活性化か!」と的外れな感嘆の声を上げている。


 僕のステータス画面には、新たに【真空支配バキューム】と【究極の圧縮保存(鮮度維持)】という、どんな腐敗しやすい伝説の霊薬だろうと永遠に品質を保てそうな、世界一の倉庫番クラスのチートスキルが刻まれていた。


 やはり病床での看病とは、魔術よりも奥が深い。

 僕はさらなる修行の必要性を痛感しながら、目を輝かせるシルフィア団長に、とりあえず果物を長持ちさせるための真空保存のコツを教えるのだった。


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