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第23話:密着必至の相合い傘と、雨雲を両断する絶対天候支配



 麓の街への買い出しの帰り道。

 僕と師匠であるエレノア・ヴェルベットが森の街道を歩いていると、空が急に暗くなり、バチバチと大粒のゲリラ豪雨が降り始めた。


「きゃっ! 急な雨ね! 天気予報(星占い)にはなかったのに!」


 師匠は手で頭を覆いながら、街道脇の大きな木の下へと駆け込んだ。

 本日の彼女の街歩き用装備は『水溶性マナ・ダイレクト吸収ドレス』だという。

 しかし、その実態は、極めて薄手の純白のサマードレス一枚であった。ただでさえ防御力の低いその布地が、突然の雨をたっぷりと吸い込んだ結果、どうなるか。

 完全に肌に張り付き、下着の有無はおろか、滑らかなボディラインが透け透けのスケルトン状態になっていた。


「し、師匠……! いくらマナを吸収するためとはいえ、そのお姿は……あまりにも目のやり場に困ります!」

「あら、全然分かってないわね」


 師匠は濡れた髪をかき上げ、艶やかな吐息を漏らしながら尤もらしい魔術理論を語り始めた。


「雨の日の大気には、浄化の力を持つ高純度のマナが溶け込んでいるの。布が濡れて透けるのは、繊維の隙間からマナを体内に直接取り込んでいる証拠。つまり、この『濡れ透け状態』こそが、水属性の魔力親和性を極限まで高める究極のフォームなのよ」

「な、なるほど……! 雨という自然の恵みを余すことなく受け取るための、無防備なる儀式服!」


 僕は深く頷いた。

 己の羞恥心を捨てて、自然と一体化する師匠の姿勢には本当に頭が下がる。


「ええ。……でも、さすがにこのまま王都まで歩くのは冷えるわね。ふふっ、こんなこともあろうかと、折りたたみ式の魔力傘を持ってきたのよ」


 師匠はポーチから、一本の小さな傘を取り出してパッと開いた。

 しかし、それはどう見ても「子供用」かと思うほど小さく、大人二人が入るにはあまりにも窮屈なサイズの傘だった。


「ほら、アルド。風邪を引いちゃうから、早くこの傘の中に入りなさい。……傘が小さいから、肩と肩が触れ合うくらい、ぴったりくっついて歩かないと濡れちゃうわよ?」


 師匠が傘を傾け、潤んだ瞳で僕を招き寄せる。

 いわゆる『相合い傘』の要求だった。

 その言葉を聞いた瞬間、僕の脳内で最大級の警報が鳴り響いた。


(ば、馬鹿な! あの雨で完全に透け透けになった師匠の体に、肩が触れ合う距離で密着して歩くだと!?)


 そんなことをすれば、どうなるか。

 濡れた衣服越しに伝わる師匠の体温と、雨に混じる甘い香水が僕の理性を完全に焼き切る。男としての『煩悩』が大暴走を引き起こせば、雨の浄化マナを吸収中の師匠の魔力回路に、僕の邪念という最悪のノイズを流し込んでしまう!


(これも試練だ……! 『相合い傘という究極の青春イベント』の誘惑の中でも、決して相手に触れず、己の魔力を清浄に保つという、師匠からの高度な精神力テスト!)


 僕は覚悟を決めた。

 小さな傘に入れば、必ず煩悩に支配され、肩が触れてしまう。

 ならば、僕たちが傘を差す必要がないように、『雨そのものを消し去れば』いいのだ。


「承知いたしました、師匠! 僕が貴女を雨からお守りします!」


 僕は傘には入らず、土砂降りの空に向かって、静かに右手の手刀を真っ直ぐに振り上げた。


「えっ? ちょ、アルド? 傘に入らないで何をして――」

「術式展開――風属性魔法『大気断層アトモス・ブレイク』及び、極大熱量操作『絶対晴天クリア・スカイ』!」


 僕は全魔力を右手に込め、上空の分厚い雨雲に向かって、一気に手刀を振り下ろした。


 ズバァァァァァァァァンッッ!!!!


 天地を揺るがすような轟音が鳴り響いた。

 僕の手刀から放たれた不可視の巨大な風の刃が、上空を覆っていた分厚い雨雲を、文字通り『真っ二つに両断』したのだ。

 割れた雲の裂け目から、強烈な太陽の光(絶対晴天の熱量)がレーザーのように降り注ぎ、残った雨雲を一瞬にして蒸発させていく。


 数秒後。

 先程までの土砂降りが嘘のように、僕たちの頭上には雲一つない、抜けるような青空が広がっていた。強烈な日差しが、濡れた地面を急速に乾かしていく。


「終わりましたよ、師匠! 完璧な天候制御です!」


 僕は手刀を下ろし、ドヤ顔で言い放った。

 これなら傘を差す必要もなく、肩が触れ合って煩悩が暴走する危険も一ミリもない。


「……は?」


 師匠は、小さな傘を差したまま、真っ二つに割れて消えていく雨雲をポカンと口を開けて見上げていた。


「――アルド師範! ご無事ですか!」


 その時、街道の向こうから、王室騎士団長のシルフィアが馬に乗って駆けつけてきた。どうやらパトロール中だったらしい。

 彼女は馬から飛び降りると、僕が手刀を振り下ろした姿勢のままなのを見て、ガクンとその場に片膝をついた。


「な、なんという……ッ!!」


 シルフィア団長はワナワナと震えながら、真っ青な空と僕の右手を交互に見比べた。


「今、王都全域を覆っていたゲリラ豪雨の雲が、一筋の閃光と共に両断されたのが見えた……! よもや、剣すら持たず、素手(手刀)の一振りで天空を断ち割り、天候すらも支配したというのか……! これぞ伝説の神技『空断ち』!! アルド師範、貴殿の武術はついに神の領域(気象操作)にまで達したのですね!!」

「えっ? いえ、これはただの相合い傘対策の――」

「謙遜されるな! 雨粒一つすら己の肌に触れさせない、その絶対不可侵の間合い! 我が騎士団の剣士たちにも、ぜひその『天を裂く手刀』をご教授いただきたい!!」


 目をキラキラと輝かせる女騎士団長。

 一方で、小さな傘を虚しく握りしめたままの師匠は、強烈な日差しに照らされながら虚無の表情で立ち尽くしていた。


「……信じられない」


 師匠は、全く意味のなくなった傘を地面に投げ捨て、ワナワナと肩を震わせた。


「私……わざと小さい傘持ってきて、濡れた透け透けの服でアルドの腕にピッタリくっついて『寒いね……』ってイチャイチャする予定だったのに……。なんで私、一人で日傘みたいなの差して立ってる間に、アルドが素手でモーセの奇跡みたいなこと起こして、またあの金髪女に崇拝されてんのよ……」

「おや、師匠? どうされましたか? 日差しが強すぎましたか?」

「アンタなんか……アンタなんか、一生空に向かって素振りでもしてればいいのよぉぉぉっ!!」


 師匠は完全に乾いてゴワゴワになったドレスのまま、涙目で王都の方へと走り去っていった。シルフィア団長は「なんと猛烈なダッシュ! これも雨を断つための足腰の鍛錬か!」と的外れな感嘆の声を上げている。


 僕のステータス画面には、新たに【天候支配】と【天空を断つ者】という、どんな伝説の剣聖だろうと絶対に勝てない、神話クラスの武力(魔力)スキルが刻まれていた。


 やはり青春の相合い傘とは、魔術よりも奥が深い。

 僕はさらなる修行の必要性を痛感しながら、目を輝かせるシルフィア団長に、とりあえず手刀で薪を割る方法を教えるのだった。


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