第22話:密着必至のオイルマッサージと、一切触れない全自動流体指圧
魔女の塔の地下にある、大浴場に併設されたリラクゼーション・ルーム。
薄暗い照明と、ラベンダーの甘い香りが漂うその部屋で、師匠であるエレノア・ヴェルベットは、マッサージ用の施術台にうつ伏せになっていた。
「さあ、アルド。今日は『魔力回路の深層リンパ・ドレナージュ』の訓練よ。最近、マナの巡りが悪くて肩と腰が凝っているの」
本日の師匠の装いは『経絡開放型・アロマ・タオル』だという。
しかし、その実態は、うつ伏せになった彼女の腰のあたりに、手のひらサイズの小さな布が申し訳程度に乗っているだけという、もはや「全裸に布の切れ端を添えただけ」の絶望的な代物だった。
滑らかで豊かな背中、引き締まった腰のライン、そして双丘の柔らかなふくらみが、施術台の上で完全に無防備な状態を晒している。
「し、師匠……。いくらマッサージとはいえ、その……タオルが小さすぎませんか? 寝返りを打てば大惨事になるのでは……」
「あら、全然分かってないわね」
師匠は艶やかな吐息を漏らし、尤もらしい魔術理論を語り始めた。
「大気中のマナをオイルに溶け込ませて体内に擦り込むには、皮膚呼吸を一切妨げてはならないの。布きれ一枚でもマナの吸収率を下げるわ。つまり、この極限まで布を排除したスタイルこそが、最も効率的に疲労を抜くための究極のデトックス・フォームなのよ」
「な、なるほど……! 己の羞恥心を捨て、素肌を大気に完全開放する究極のリラクゼーション!」
僕は深く頷いた。
常に魔術の効率を追い求める師匠の姿勢には、本当に頭が下がる。
「ええ。だからアルド……この『月雫草の精油』を貴方の手にたっぷりと取って、私の背中から太ももにかけて、ゆっくりと……体重をかけて、素手で擦り込んでちょうだい」
師匠が潤んだ瞳で僕を見上げ、小瓶を差し出す。
その言葉を聞いた瞬間、僕の脳内で最大級の警報が鳴り響いた。
(ば、馬鹿な! この滑るオイルを手に塗りたくり、ほぼ全裸の師匠の素肌を直接揉みほぐすだと!?)
そんなことをすれば、どうなるか。
ただでさえ危険な師匠の柔肌に、オイルという潤滑要素が加われば、僕の男としての『煩悩』はかつてない規模の大爆発を起こす。
手が滑って不用意な場所(急所)に触れてしまおうものなら、僕の邪念が師匠の純粋な魔力回路を完全にショートさせ、取り返しのつかない魔力汚染を引き起こしてしまう!
(これも試練だ……! 『オイルと素肌の密着』という致死量のエロティシズムの中でも、決して己の理性を手放さず、完璧な疲労回復を提供するという、師匠からの超高度な医療テスト!)
僕は覚悟を決めた。
素手で触れれば、必ず煩悩に支配される。
ならば、僕の手を使わず、かつ『ミクロン単位の正確な圧力で、全身のツボを同時に揉みほぐせば』いいのだ。
「承知いたしました、師匠! 最高のデトックスをご提供します!」
僕は師匠から三メートルほど距離を取り、受け取ったオイルの小瓶の蓋を開け、中身を空中に浮遊させた。
「術式展開――水属性魔法『流体支配』及び、無属性魔法『超音波振動』!」
カチリ、と僕の魔力がオイルの分子構造に干渉する。
空中に浮かんだ琥珀色のオイルが、意思を持ったスライムのように形を変え、師匠の肉体の上へと移動した。
「さあ師匠、極上のマッサージの始まりです!」
「えっ? ちょっとアルド? なんで手じゃなくて、オイルだけが空中に――ひゃあっ!?」
師匠の悲鳴が部屋に響いた。
僕が指揮者のように指を振ると、空中のオイルが師匠の背中、腰、太ももに一斉に張り付き、全身を覆う『液体のマッサージ師』と化した。
「甘いです、師匠! 不意の接触による『魔力汚染(色仕掛け)』を完全に防ぐため、オイルそのものを流体力学で操作し、全身の経絡に対して均等に1平方センチあたり2・5キログラムの完璧な圧力を加えます!」
「なっ……!? ひゃんっ、ああっ! ちょっ、す、すごい力で揉まれて、るっ……!」
「さらに! 50ヘルツの超音波振動を付与し、筋肉の深層までダイレクトにほぐします!」
ブイィィィィィンッ!!
部屋の中に、高周波の駆動音が響き渡る。
オイルの流体が激しく振動し、師匠の体を揉み、叩き、さする。僕の手は一切触れていないが、そのマッサージの精度は熟練の指圧師数百人がかりに匹敵する、完璧な『全自動ハイドロ・スパ』である。
「たのもーっ! アルド師範、本日も――な、なんとっ!?」
ガチャリ、と部屋の扉が開き、シルフィア団長が入ってきた。
彼女は、施術台の上で目に見えない力(振動するオイル)によって全身を激しく揉みほぐされ、ビクビクと跳ねている師匠の姿を見て、驚愕に目を見開いた。
「シルフィア団長! 申し訳ありません、今マッサージの最中でして」
僕が三メートル離れた場所から指先だけでオイルを操作しているのを見て、シルフィア団長はまたしてもその場にガクンと片膝をついた。
「見事なり……! 己は一歩も動かず、離れた位置から『気』を飛ばし、経絡の秘孔を正確に突いて肉体を活性化させる『空勁の指圧術』……! アルド師範! 貴殿は武の真理だけでなく、医術の極致にまで達しておられるのか!!」
「えっ? いえ、これはただの密着対策の全自動マッサージでして……」
「謙遜されるな! 女の裸身という最大の誘惑を前にしても、一切の情を交えずに『遠当て』のみで治療を施すその鋼の精神力! 我が騎士団の衛生兵にも、ぜひその技をご教授いただきたい!!」
目をキラキラと輝かせる女騎士団長。
一方で、施術台の上で完璧に全身をほぐされ、ピカピカの肌になった師匠は、虚無の表情で突っ伏していた。
「……信じられない」
師匠は、オイルでツヤツヤになった自身の腕を見つめ、ワナワナと肩を震わせた。
「私……アルドの大きくて温かい手で優しく触られて、『師匠、肌綺麗ですね……』ってイチャイチャするつもりだったのに……。なんで私、最新鋭の全自動洗車機みたいな扱い受けて、またあの金髪鎧女に尊敬ポイント稼がれてるのよ……」
「おや、師匠? どうされましたか? 超音波の出力が強すぎましたか?」
「アンタなんか……アンタなんか、一生マッサージチェアと恋バナしてればいいのよぉぉぉっ!!」
師匠はツヤツヤの肌のまま涙目でタオルを被り、大浴場の方へと走り去っていった。シルフィア団長は「なんと軽やかな足取り! 恐るべき治療効果!」と、的外れな感嘆の声を上げている。
僕のステータス画面には、新たに【流体支配(精密)】と【神の手を持つ男(非接触)】という、どんな複雑な外科手術だろうと遠隔操作で完璧にこなせそうな、伝説の神医クラスのスキルが刻まれていた。
やはり肉体のメンテナンスとは、魔術よりも奥が深い。
僕はさらなる修行の必要性を痛感しながら、目を輝かせるシルフィア団長に、とりあえず肩こりに効く流体力学の基礎理論を教えるのだった。




