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第19話:女騎士の御前試合と、接触を禁ずる絶対反射の理外合気



 魔女の塔に併設された、広大な中庭の訓練場。

 そこでは今、銀色のフルプレートアーマーに身を包んだ王室騎士団長シルフィアが、木剣を構えて熱い視線を僕に向けていた。


「さあ、アルド師範! 我が剣撃、遠慮なくその『神速の歩法』で躱していただきたい! いざ、尋常に!」

「ええと、シルフィア団長。僕はただ中庭の掃き掃除をしていただけで、武術の心得など一切――」


 僕が手にした竹箒を置こうとした、その時だった。


「ちょっと待ちなさい! 私の大切な愛弟子を、野蛮な剣術の稽古なんかに付き合わせないでちょうだい!」


 訓練場の入り口から、鋭い声と共に師匠であるエレノア・ヴェルベットが姿を現した。

 本日の師匠の戦闘装束は『近接防衛型・耐摩擦スライム・スーツ』だという。

 しかし、その実態はあまりにも目に余るものだった。極薄の透明なスライムを全身に薄く纏わせただけの、事実上の「全裸にローションを塗った状態」である。陽光を反射してテカテカと光る豊満な肌は、防御力ゼロどころか、見る者の理性を直接削り取ってくる凶悪なデバフ効果を放っていた。


「し、師匠……! いくら近接格闘の訓練とはいえ、その……あまりにも滑りやすそう(破廉恥)なお姿は……!」

「あら、全然分かってないわね」


 師匠は艶やかな太ももをヌラリと光らせながら、尤もらしい魔術理論を語り始めた。


「魔術師が騎士に接近戦に持ち込まれた場合、最も恐れるべきは『拘束』よ。この特殊スライムのコーティングは、あらゆる物理的な摩擦係数をゼロにするの。敵の腕力からつるりと抜け出すための、生存を賭けた究極のサバイバル・スーツなのよ」

「な、なるほど……! 自らの羞恥心を捨ててまで、生存確率を極限まで引き上げる物理無効化の極致!」


 僕は深く頷いた。

 だが、師匠の狙いは別のところにあった。彼女はチラリとシルフィア団長へ牽制の視線を送ると、不敵に笑って僕へと向き直る。


「というわけで、アルド。団長さんに魔術師の恐ろしさを見せてあげるわ。私に向かって組み付いてきなさい! そして私が逆に貴方を床に組み伏せて、関節技マウントをきめてあげるから!」


 それは、女騎士への強烈なマウント宣言だった。

 「私の愛弟子と、今から地面で濃厚に絡み合って密着するわよ」という、嫉妬に狂った師匠の暴走である。

 師匠は両腕を広げ、無防備な胸を張って僕の突撃を待っている。


 だが、その言葉を聞いた瞬間、僕の脳内で最大級の警報が鳴り響いた。


(ば、馬鹿な! あの摩擦係数ゼロの、テカテカに光る師匠の素肌に組み付くだと!? 万が一、僕が上に乗られて関節技などを掛けられれば、滑り気のある柔肌が僕の全身に密着することになる!)


 そんなことをすれば、どうなるか。

 僕の男としての『煩悩』が大爆発を起こし、理性のタガは完全に吹き飛んでしまう。

 神聖なる訓練場、しかも騎士団長が見ている前で、己の邪念に負けて獣に堕ちるなど、大魔女の弟子として万死に値する失態だ!


(これも試練だ……! 『滑りやすい肌への密着(ローション格闘)』という異常な誘惑の中でも、決して相手に触れず、かつ相手の攻撃を無力化するという、師匠からの超高度な実戦テスト!)


 僕は覚悟を決めた。

 「来ないなら、私から行くわよ! 飛びつき三角絞め!」


 師匠が大きく跳躍し、その滑らかな両脚を大きく開いて、僕の首元へと飛び込んできた。

 太ももで僕の首を挟み込み、そのままグラウンドへと引きずり込むという、密着度200%の恐るべき関節技セクハラだ。

 受け止めれば、僕の顔面は師匠の太ももの間に完全に埋もれてしまう。


「甘いです、師匠!」


 僕は一歩も動かず、迫り来る師匠に向かって静かに掌を向けた。


「術式展開――無属性魔法『運動ベクトル反転キネティック・リフレクト』及び『絶対摩擦係数操作ゼロ・フリクション』!」


 カチリ、と僕の周囲の空間座標と物理法則が書き換わった。


「えっ……?」


 僕の首に絡みつこうとした師匠の太ももが、僕の体から『一ミリ離れた空間』の見えない壁に触れた瞬間。

 師匠の飛び込んできた『運動エネルギー(勢い)』が、完全に真逆のベクトルへと反転し、増幅された。


「きゃあぁぁぁっ!?」


 師匠の体は、僕に一切触れることなく、空中でコマのように猛烈な回転を始めた。

 そして、僕が展開した摩擦係数ゼロの空間のせいで、彼女は一切の抵抗を受けず、自らの勢いだけで訓練場の床をツルツルと滑り出したのだ。


「ちょっ、止ま、止まらないぃぃっ! 目が回るぅぅぅっ!」


 シュルルルルルッ!

 師匠は仰向けの姿勢で、ボウリングの球のごとく凄まじい速度で中庭を滑走し、そのまま隅にある干し草の山へと『ストライク!』とばかりに綺麗に突っ込んでいった。

 僕は一歩も動いていない。指一本触れていない。

 ただ、相手の力を利用して完全に受け流すという、究極の『合気』を魔術で成立させただけである。


「な、なんという……ッ!!」


 その光景を見ていたシルフィア団長が、木剣を取り落とし、ワナワナと震えながら僕を見た。


「己は一歩も動かず、敵の殺気と運動エネルギーの『流れ』を完全に支配して投げ飛ばすだと……! しかも、相手に一切触れることすらない『無接触の合気』……! アルド師範! 貴殿は魔術だけでなく、武の真理すらも超越しているというのか!!」


 シルフィア団長は、再びガチャリと片膝をつき、僕に向かって信者のような熱い眼差しを向けた。

 彼女の勘違い(尊敬)のゲージが、さらに限界を突破してしまったようだ。


「……信じられない」


 一方、遠くの干し草の山に突っ込んだまま、師匠はワラまみれになりながら絶望的な声を出していた。


「私……女騎士に見せつけるために、アルドと地面でイチャイチャ寝技するつもりだったのに……。なんで私が、一人で人間カーリングみたいに滑っていって、干し草に突っ込んでるのよ……」

「おや、師匠? どうされましたか? スライムスーツの滑りが良すぎましたか?」

「アンタなんか……アンタなんか、一生その堅物騎士と『武の真理』でも語り合ってればいいのよぉぉぉっ!!」


 師匠はワラを頭に乗せたまま涙目で走り去り、またしても自室へと引きこもってしまった。


 僕のステータス画面には、新たに【完全反射カウンター】と【理外の合気道】という、どんな物理攻撃もノーモーションで相手に跳ね返す、格闘ゲームのチートキャラのようなスキルが刻まれていた。


 やはり他流派の前での実戦訓練は、魔術よりも奥が深い。

 僕はさらなる修行の必要性を痛感しながら、目を輝かせて「今の技の理を教えてくれ!」と迫ってくるシルフィア団長に、とりあえず中庭の掃き掃除のやり方を教えるのだった。


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