第18話:女騎士の来訪と、嫉妬の抱擁を置き去りにする超振動・残像分身
昨夜の暗殺者襲撃事件から一夜明けた、魔女の塔の応接室。
僕たちは、王都からやってきた王室直属騎士団の団長を客人として迎えていた。
「この度は、指名手配中の凄腕暗殺者を無傷で捕縛していただき、王国を代表して感謝申し上げる。大魔女エレノア・ヴェルベット殿、そして……そちらの御仁」
凛とした声で頭を下げるのは、騎士団長シルフィア・アークライト。
輝くような金髪を後ろで束ね、全身を白銀の重厚なフルプレートアーマーで包んだ、堅物と名高い美しい女騎士である。
彼女の視線は、師匠ではなく、斜め後ろに控える僕へと強く注がれていた。
「報告によれば、あの暗殺者を『一切の物理的接触を行わず、空中で知恵の輪のように絡ませて制圧した』と聞く。到底信じられん業前だ。貴殿、一体何者なのだ?」
シルフィア団長が、探るような、しかし熱を帯びた尊敬の眼差しで僕を見つめてくる。
その視線の交差に、誰よりも早く反応したのは師匠だった。
「ちょっと、団長さん? 彼は私の、たった一人の大切な愛・弟・子よ」
師匠は、僕とシルフィア団長の間にスッと割り込んだ。
本日の師匠の来客用装備は『魔力威圧型・フォーマルドレス』だという。
しかし、その実態は、胸の谷間からおへそまでがV字に大胆にカットされ、スカートは歩くたびに太ももの付け根まで露わになるという、フォーマルの概念を粉砕するような破廉恥極まりない代物だった。
全身を鎧で覆った女騎士と、ほぼ全裸の大魔女。応接室には凄まじいギャップと緊張感が漂っている。
「愛弟子……。しかし、魔術師の細腕であの暗殺者を体術(?)で制圧するなど……」
「ウチのアルドは特別なのよ。それに、私たちは魔力回路の奥深くまで繋がっているんだから。……ねえ、アルド?」
師匠はチラリと女騎士へ優越感に浸った視線を送ると、くるりと僕の方へ向き直った。
そして、甘い声を出して両腕を広げ、僕の胸へと飛び込んできた。
「ちょうど『日課の魔力譲渡』の時間ね。さあ、私を強く抱きしめて、貴方のマナを注ぎ込んでちょうだい?」
それは、女騎士に対する明確なマーキング(牽制)だった。
「この子は私のものよ」と見せつけるための、濃厚なハグの要求。
だが、その言葉を聞いた瞬間、僕の脳内には最大級の警戒警報が鳴り響いた。
(ば、馬鹿な! この神聖なる王室騎士団長様の御前で、師匠のその破廉恥な体に密着し、あまつさえ抱きしめ合うだと!?)
そんなことをすれば、どうなるか。
僕の男としての『煩悩』が大暴走し、顔は真っ赤になり、鼻血の一つも出しかねない。
国の重鎮である騎士団長の前で、そんな邪念にまみれた醜態を晒せば、偉大なる師匠の顔に泥を塗ることになる!
(これも試練だ……! 『他者の目がある公の場』という社会的プレッシャーの中でも、決して誘惑に屈することなく、大魔女の弟子としての威厳と冷静さを保つという、究極の抜き打ちテスト!)
僕は覚悟を決めた。
受け止めれば、必ず煩悩に支配される。
しかし、あからさまに避ければ、師匠が女騎士の前で恥をかくことになる。
ならば、僕が『そこに存在しているように見せかけつつ、実は一ミリも触れていない』という矛盾を成立させればいいのだ。
「承知いたしました、師匠! 魔力譲渡を開始します!」
師匠の柔らかな体が、僕の胸にぶつかるコンマ一秒前。
「術式展開――風属性魔法『超高速振動』及び、光属性魔法『光芒屈折』!」
僕は自らの肉体の細胞一つ一つを、視認不可能な速度で振動させた。
「んんっ……!」
師匠は目を閉じ、愛する弟子(僕)の体をギュッと抱きしめた。
……かに見えた。
「――お熱いところ申し訳ありません、団長殿。お茶が入りましたよ」
僕の声は、師匠の胸の中ではなく、数メートル離れた『部屋の隅のティーワゴン』から発せられた。
「……は?」
「なっ!?」
師匠とシルフィア団長が同時に驚愕の声を上げる。
無理もない。
師匠が今、腕の中で抱きしめているのは、僕の『超高速振動によって大気中に焼き付けられた、硬質な空気と光の残像』なのだ。
僕は師匠がハグをしてきた瞬間に残像を置き去りにし、一瞬で部屋の隅へと移動して、優雅にティーカップにお茶を注いでいたのである。
「えっ……? アルド、あっちにいる? じゃあ、私が今抱きしめてるこの硬い空気の塊はなに!?」
「ご安心ください、師匠! 公の場での魔力汚染(色仕掛け)を完全に防ぐため、僕のマナを練り込んだ『質量のある残像』を身代わりとして配置しました! マナの譲渡は、その残像を経由して行われます!」
僕は紅茶のポットを掲げながら、ドヤ顔で言い放った。
完璧な対応だ。師匠の「抱きつきたい」という外面を保ちつつ、僕自身の煩悩を完全にシャットアウトする神業である。
「ば、馬鹿な……ッ!!」
突如、ガタッと激しい音を立てて、シルフィア団長が椅子から立ち上がった。
彼女はワナワナと震えながら、僕の残像と、遠くにいる僕の本体を交互に見比べた。
「我が騎士団の動体視力をもってしても、全く見えなかった……! 自らの残像に質量を持たせて囮とし、瞬時に死角へ回り込んで茶を淹れるだと!? これほどの『超神速の縮地』と、一切の隙を見せない『絶対の武の境地』……!」
シルフィア団長は、ガチャリと音を立ててその場に片膝をつき、僕に向かって深々と頭を垂れた。
「アルド殿! いや、アルド師範! その神業、恐れ入った! どうか我が王室騎士団の武術指南役として、その『欲望を断ち切る絶対回避の歩法』をご教授願えないだろうか!!」
「えっ、武術? いえ、これはただの煩悩対策の――」
「謙遜されるな! 女の裸同然の誘惑すら一切の感情を交えず『残像』で躱すその精神力! 貴殿こそ、王国が求めていた真の求道者だ!!」
目をキラキラと輝かせる女騎士団長。
一方で、残像(ただの硬い空気の塊)を抱きしめたまま放置された師匠は、虚無の表情で立ち尽くしていた。
「……信じられない」
師匠は、残像をペシッと叩き落とし、ワナワナと肩を震わせた。
「私……他の女にマウント取るために、わざと大胆に抱きついたのに……。なんで私がただの空気を抱きしめてる間に、アルドが別の女から告白(指南役の勧誘)みたいなの受けてんのよ……」
「おや、師匠? どうされましたか? 残像の硬さが足りませんでしたか?」
「アンタなんか……アンタなんか、一生その金髪鎧女と素振りでもしてればいいのよぉぉぉっ!!」
師匠は僕の淹れた紅茶を一息に飲み干すと、バンッ!と扉を閉めて自室に引きこもってしまった。
僕のステータス画面には、新たに【分身生成(物理)】と【神速の茶汲み】という、一人で軍隊を無力化できそうな超次元の暗殺(給仕)スキルが刻まれていた。
やはり他流派(騎士団)との交流は、魔術よりも奥が深い。
僕はさらなる修行の必要性を痛感しながら、目を輝かせて弟子入りを志願してくる騎士団長に、とりあえず美味しい紅茶の淹れ方を教えるのだった。




