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第17話:闇夜の暗殺者と、一切の接触を許さず敵をへし折る絶対防衛



 深夜。魔女の塔は静寂に包まれていた。

 僕が自室のベッドで瞑想による魔力回復を行っていると、不意にドアが開き、甘い香水と夜風の匂いが漂ってきた。


「……起きてるかしら、アルド」


 月明かりに照らされて現れたのは、師匠であるエレノア・ヴェルベットだった。

 本日の夜間装備は『魔力共鳴型・保温スリーパー』だという。

 しかし、その実態は恐るべきものだった。極薄のシースルー素材でできた丈の短いネグリジェの下には、どう見ても下着が着用されていない。月の光が透け、滑らかな肌の起伏が影となってくっきりと浮かび上がっている。


「し、師匠……。いくら夜間とはいえ、そのお姿で出歩くのは……魔力の放出量が多すぎるのでは?」

「あら、全然分かってないわね」


 師匠は艶然と微笑み、僕のベッドの端に腰を下ろして魔術理論を語り始めた。


「夜間は気温の低下と共に、大気中のマナが沈殿するの。この停滞したマナを活性化させるには、波長の合う魔術師同士が極限まで肌を重ね合わせ、互いの体温で魔力回路を直接温め合う『添い寝』が最も効率的なのよ」

「な、なるほど……! 睡眠時の無意識下における、究極の魔力循環システム!」


 僕は布団を胸まで引き上げ、深く頷いた。

 だが、僕の背筋には大量の冷や汗が流れていた。このまま師匠が布団に入ってくれば、僕の『煩悩』が大暴走を引き起こし、師匠の純粋な魔力回路を邪念で完全に汚染してしまう。


(これも試練だ……! 『夜這い』という最強のシチュエーションを前にしても、己の理性を――)


 僕が『絶対斥力アンチ・グラビティ』の結界を展開しようと魔力を練り上げた、その瞬間だった。


 パリンッ!!


 自室の窓ガラスがけたたましい音を立てて砕け散った。

 月明かりを背にして、黒装束に身を包んだ何者かが音もなく室内に侵入し、床に着地する。

 手には、毒々しい紫色の光を放つ二振りの短剣が握られていた。


「大魔女エレノア・ヴェルベット……。裏社会の懸賞金、頂かせてもらうぜ」


 低くしゃがれた声。その身のこなしと放たれる濃密な殺気から、彼が熟練の暗殺者であることは明白だった。


「きゃあっ! あ、暗殺者!? 怖いっ! アルド、私を助けて!」


 師匠は悲鳴を上げ、僕の胸に飛び込もうと両手を広げた。

 恐怖に震えるか弱い乙女……を完璧に演じているが、大魔女である師匠がこの程度の暗殺者に遅れをとるはずがない。

 おそらく、これは『吊り橋効果』を狙った高度な罠だ。僕に「俺が守ります!」と言わせて抱きしめさせ、そのまま密着状態を既成事実化しようという目論見に違いない!


(甘いです、師匠! 緊急事態に乗じた密着など、僕の自制心が許さない!)


「ご安心ください、師匠! 僕が指一本触れずに撃退してみせます!」


 僕は布団から飛び起きると、師匠と暗殺者の間に立ち塞がった。

 そして、師匠のシースルー姿が視界に入るのを防ぐため、静かに両目を閉じた。


「あぁ? 目ぇ閉じて何ができるってんだ、坊主。死にたくなきゃソイツを差し出――」

「遅いですよ」


 僕の脳内にはすでに、『絶対空間感知』による暗殺者の完璧な3Dモデルが構築されていた。

 暗殺者が踏み込み、毒刃を僕の首筋へと薙ぐ。

 だが、僕は『完全無重力ホバリング』の要領で足元の摩擦をゼロにし、風に舞う木の葉のようにスッと体を後方へズラした。刃は僕の鼻先一ミリの空間を虚しく通り過ぎる。


「なっ……!?」


 暗殺者は驚愕に目を見開いたが、すぐさま連続攻撃に転じた。

 縦、横、斜め。常人には視認すら不可能な神速の斬撃の雨。

 だが、どんな攻撃も僕には当たらない。視覚によるノイズ(師匠の破廉恥な姿)を完全に遮断し、マナの流れだけを読む僕の『心眼』の前では、彼の動きは止まって見えるほど遅かった。


「クソッ、ちょこまかと! なら、これでどうだ!」


 暗殺者は刃を引くと、懐から真っ黒な球体を床に叩きつけた。

 ボスンッ、という音と共に、致死性の猛毒ガスが室内に充満し始める。


「アルド! 毒ガスよ、息を止めて!」

「問題ありません。術式展開――『局所ワームホール』及び『直接胃壁転送』!」


 僕は空中の座標を書き換え、部屋に広がる毒ガスをすべて『亜空間胃袋』へとダイレクトに転送した。

 どんな猛毒だろうと、僕の『概念摂食』スキルの前ではただの栄養素に過ぎない。ガスは一瞬にして消え去り、僕の胃がキュルッと小さく鳴った。


「ば、馬鹿な……!? 俺の特製猛毒ガスを、食い尽くしただと……!? お前、人間じゃねえのか!?」


 暗殺者はガタガタと震え、後ずさった。

 ようやく気づいたようだ。大魔女を狙うなどという行為が、いかに無謀であるかに。


「貴方の殺気は、マナの滞り(ノイズ)を生み出しています。そんな乱れた精神で師匠に近づくことなど、僕が許しません」


 僕は静かに指先を突き出し、印を結んだ。


「術式展開――無属性魔法『空間歪曲』及び『ベクトル操作』!」

「ヒィッ!?」


 カチリ、と空間の座標が書き換わる。

 逃げようと背を向けた暗殺者の周囲の空間が、物理的な圧力となって彼を襲った。


「な、何だこれ!? 体が、勝手に……ッ!?」


 見えない空間の圧力が、暗殺者の四肢を強制的に折り曲げていく。

 腕が背中に回り、両脚が複雑に交差する。

 そのまま彼の体はフワリと宙に浮き上がり、空中で『超・高難易度のアクロバティックなヨガのポーズ(知恵の輪状態)』のまま完全に固定された。


「ぐああああっ! 関節が! 関節が極まってる! 無理! 俺の体はそんな方向に曲がらねええぇっ!」

「安心してください。これは関節の可動域を広げ、マナの滞りを解消するペアストレッチの応用です。そのまま一時間ほど空中で反省していれば、殺気も綺麗にデトックスされるでしょう」

「ひぃぃぃっ! 化け物ぉぉぉっ! ごめんなさい、もう二度と近づきません!」


 空中で複雑に絡まり合ったまま涙を流す暗殺者を放置し、僕は振り返った。


「終わりましたよ、師匠。僕の手は一ミリも彼に触れていませんが、見事に制圧しました。もちろん、師匠にも一切触れておりません!」

「…………」


 ベッドの上に座ったまま、師匠は虚無の表情を浮かべていた。


「……アルド」

「はい! 物理接触を伴わない完璧な防衛の極地に――」

「バカァァァァッ!! 普通ここは『怪我はないかい?』って肩を抱いて安心させるところでしょ!! なんで敵を空中で知恵の輪にしてドヤ顔してんのよぉぉぉっ!!」


 師匠は枕を僕の顔面に全力で投げつけ、シースルーのネグリジェを翻して自室へと逃げ帰っていった。


 僕のステータス画面には、新たに【絶対迎撃(非接触)】と【理不尽なる暴君】という、もはや魔王すらドン引きするような最凶の戦闘スキルが刻まれていた。


 やはり女心の防衛とは、暗殺者を退けるよりも奥が深い。

 僕はさらなる修行の必要性を痛感しながら、空中で泣き喚く暗殺者を衛兵に引き渡す手配をするのだった。


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