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第15話:捻挫によるお姫様抱っこの要求と、患部を微塵も揺らさない絶対拘束ストレッチャー


 古代魔術文明の遺構とされる『崩石の遺跡』。

 無数の瓦礫と岩肌が剥き出しになった険しい足場を、僕と師匠エレノア・ヴェルベットは調査のために歩いていた。


「きゃっ!」


 その時、前を歩いていた師匠が小さな悲鳴を上げ、バランスを崩してその場にへたり込んだ。


「師匠! 大丈夫ですか!?」

「う、うぅん……。どうやら、瓦礫の隙間に足を取られて、足首を捻ってしまったみたい……」


 師匠は痛ましげに顔をしかめ、自身の足首をさすった。

 本日の彼女の装いは『遺跡探査用・高機動アーマー』であるらしい。

 しかし、その実態は、機動性を極限まで高める(布を減らす)という名目のもと、ビキニのような上下のインナーに、申し訳程度の革のベルトを巻きつけただけの代物だった。膝や肘などの関節部はおろか、腹部も背中も完全に剥き出しである。


「だから言ったではありませんか! いくら高機動でも、足場が悪い場所でその露出度は危険すぎると!」

「仕、仕方ないじゃない……。遺跡に残留した魔力トラップを肌で感知するには、これくらい薄着じゃないとダメなのよ」


 師匠は上目遣いで僕を見つめ、涙ぐんだ瞳で訴えかけてきた。


「ごめんなさい、アルド。これじゃあ、歩けないわ。……悪いんだけど、私を抱き上げて、塔まで運んでくれないかしら?」

「抱き上げる、ですか。背負うのではなく?」

「ええ。背負われると、揺れで足首に響きそうだから……。アルドの腕の中で、お姫様のように優しく抱え上げてほしいの。……お願い、できる?」


 師匠が両手を僕の方へ差し出す。

 いわゆる『お姫様抱っこ』の要求だった。

 その言葉を聞いた瞬間、僕の全身の血液が沸騰するような錯覚を覚えた。


(ば、馬鹿な! 今の師匠は、ほぼ下着姿に等しい装いだぞ!? その体を両腕で抱え上げれば、僕の胸には師匠の柔らかな双丘が密着し、腕には滑らかな太ももの感触が直接伝わってくる!)


 そんなことをすれば、どうなるか。

 師匠の吐息が僕の首筋にかかり、甘い香りが理性を焼き切る。男としての『煩悩』が大暴走を引き起こし、治療どころではなくなってしまう!


(これも試練だ……! 怪我という緊急事態に乗じた『究極のスキンシップ』という誘惑。これに屈することなく、いかにして完璧な救護活動を行えるかという、師匠からの医療的抜き打ちテスト!)


 僕は覚悟を決めた。

 僕の腕で直接抱き上げれば、必ず煩悩に支配され、腕が震えて患部に悪影響を及ぼす。

 ならば、僕の手を使わず、かつ『足首を1ミリたりとも動かさない完璧な移送』を実現すればいいのだ。


「承知いたしました、師匠! 僕に全てお任せください!」


 僕は師匠の前にしゃがみ込むと、彼女の体には一切触れず、地面に向けて両手を広げた。


「術式展開――土属性魔法『全身硬直化パーフェクト・ギプス』及び、風属性魔法『自律浮遊担架エアロ・ストレッチャー』!」


 カチリ、と術式が発動した瞬間。


「えっ? ……んんっ!?」


 師匠の体が、カッチカチの石像のように硬直した。

 首から下の全ての関節、筋肉の動きが完全にロックされ、指一本動かすことができない状態となったのだ。

 そして次の瞬間、ガチガチに固まった師匠の体は、仰向けの姿勢のまま、フワリと地面から一メートルの高さまで浮き上がった。


「さあ、師匠! これでもう足首に負担がかかることは絶対にありません! 塔まで安全に移送します!」


 僕は浮き上がった師匠の隣に立ち、歩き始めた。

 僕が歩くと、空中に水平に浮いたままの師匠の体が、まるで透明なベルトコンベアに乗せられた荷物のように、スーッと横にスライドしてついてくる。


「ちょ、アルド!? 何これ! 体が、首から下が全然動かないんだけど!」


 首だけは動かせるように調整してあるため、師匠が空中でバタバタと抗議の声を上げた。

 しかし、体は一切曲がらない。真っ直ぐな板のようになっている。


「ご安心ください! 捻挫の応急処置の基本は『患部の固定と安静』です! 僕の腕で抱き上げるなどという不安定な方法では、歩くたびに振動が足首に伝わってしまいます!」

「だ、だからって、全身をカチンコチンに固めて空中に浮かせることないじゃない! これじゃお姫様抱っこじゃなくて、ただの丸太の運搬よ!」

「丸太だなんて、ご自身を卑下しないでください! これは最高級の『無重力医療ストレッチャー』です!」


 僕は胸を張り、ドヤ顔で言い放った。

 完璧な救護だ。僕と師匠の間には一ミリの物理的接触もなく、煩悩が入り込む余地は皆無。そして師匠の足首は、重力からも振動からも完全に解放されている。


「……信じられない」


 空中で仰向けのまま、師匠は絶望的な声を出した。


「私……わざと痛いふりして、アルドの胸の中で『心臓の音、早いね』ってからかおうと思ってたのに……。アルドの腕の逞しさを感じたかったのに……。なにこの、工事現場の資材みたいな運ばれ方……」

「おや、師匠? 何か仰いましたか?」

「アンタなんか……アンタなんか、一生重機と恋愛してればいいのよぉぉぉっ!!」


 師匠の悲痛な叫びが、古代の遺跡に空しく響き渡った。

 首から下が動かないため、涙を拭うことすらできない師匠の姿は、ひどく不憫に見えた。


 僕のステータス画面には、新たに【完全状態保存(物理)】と【無機物搬送(極)】という、どんなに壊れやすい美術品でもノーダメージで長距離輸送できそうな、凄腕の運び屋スキルが刻まれていた。


 やはり医療魔術とは、魔法の探求よりも奥が深い。

 僕はさらなる修行の必要性を痛感しながら、スゥーッと宙を滑るように運ばれていくカチカチの師匠に並走し、塔への帰路を急ぐのだった。


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