第13話:手作りスイーツの「あーん」と、間接キスを絶対回避する胃袋への直接空間転送
魔女の塔に併設された、ガラス張りの温室植物園。
色とりどりの魔法植物が咲き誇るその場所で、師匠であるエレノア・ヴェルベットは、小さなテーブルに手作りのスイーツを並べていた。
「さあ、アルド。午後のティータイムにしましょう。今日は特別に、私が『月光蜜のパフェ』を作ってあげたわ」
木漏れ日の中で微笑む師匠の姿は、今日も今日とて目のやり場に困るものだった。
本日の彼女の装いは『光合成・同化エプロン』であるらしい。
しかし、その実態は、素肌の上にフリルのついた薄いエプロンを一枚着け、要所を魔法植物の蔓や葉っぱで申し訳程度に隠しているだけの、いわゆる「裸エプロン」の植物進化版だった。横から見れば、豊かな胸の膨らみも、腰の滑らかなラインも丸見えである。
「し、師匠……。いくら温室で気温が高いとはいえ、その格好は……肌が日に焼けすぎてしまうのでは?」
「あら、全然分かってないわね」
師匠は艶やかなため息をつき、パフェのグラスを引き寄せながら魔術理論を語り始めた。
「植物由来の魔法素材を調理・摂取する際、術者自身が植物の生態に近づくことで、マナの吸収率は飛躍的に高まるの。つまり、極限まで衣服を減らして全身で太陽光を浴びるこのスタイルこそが、最も自然の理に適った『食事の正装』なのよ」
「な、なるほど……! 自らを植物と同化させ、素材への敬意とマナの循環を体現しているのですね!」
僕は深く頷いた。
料理一つをとっても、己の羞恥心を捨てて魔術の真理を体現する。さすがは僕の尊敬する師匠だ。
「ええ、その通りよ。……だから、アルドにもこの素晴らしいマナを味わってほしいの」
師匠は銀色のスプーンを手に取ると、パフェを一口すくい、自らの艶やかな唇へと運んだ。
ペロリ。
小さく舌を出してパフェを味わった彼女は、恍惚とした表情を浮かべた後、そのスプーンで再びパフェをすくい直した。
そして、身を乗り出して僕の口元へと突き出してきたのだ。
「私が味見したから、毒は入ってないわよ? ほら、口を開けて。……あーん」
師匠が潤んだ瞳で僕を見つめ、小首を傾げる。
その言葉の意味と、目の前の状況を理解した瞬間、僕の全身の産毛が総毛立った。
(ば、馬鹿な! 今、師匠はそのスプーンを自分の口に入れたぞ!? そこに残った師匠の唾液――すなわち『超高濃度の生体マナ(残留思念)』がたっぷりと付着したスプーンを、僕の口に入れようというのか!?)
そんなことをすれば、どうなるか。
他者の生体マナを粘膜から直接体内に取り込む行為は、魔術において『隷属契約』や『精神汚染』に等しい。
師匠の強大な魔力と甘い香りが僕の体内を直接駆け巡れば、僕の精神防壁は内側から食い破られ、男としての『煩悩』が大暴走を引き起こしてしまう!
(これも試練だ……! 『体内への直接侵入(間接キス)』という最悪のノイズを前にしても、決して己の魔力を乱さず、かつ師匠の手作り料理を残さず完食するという、極限の抜き打ちテスト!)
僕は覚悟を決めた。
スプーンを口に含めば、必ず煩悩に支配される。
ならば、僕の口や粘膜を一切経由せずに、このパフェの栄養とマナだけを「体内」に収めればいいのだ。
「いただきます、師匠!」
僕は大きく口を開けた。
師匠が嬉しそうに「あーん」とスプーンを僕の唇へと近づけてくる。
あと一センチで、スプーンが僕の口に触れる。
「術式展開――時空魔法『局所ワームホール』及び『直接胃壁転送』!」
僕は極小の詠唱を脳内で完了させた。
僕の開いた口のわずか数ミリ手前、空中の座標に、目に見えない『空間の裂け目』が形成される。
「えっ……?」
シュポンッ。
マヌケな音と共に、師匠が差し出したスプーンの上のパフェだけが、忽然と姿を消した。
スプーンは僕の口に一切触れていない。パフェの冷たさも、甘さも、僕の舌は微塵も感じていない。
「……ふぅ。ごちそうさまでした、師匠。月光蜜の芳醇なマナが、五臓六腑に染み渡ります」
僕は満足げに自分のお腹をぽんぽんと叩いた。
「は……? えっ? 消えた? パフェが、消えたんだけど!?」
師匠は空になったスプーンと僕の顔を交互に見比べ、パニックに陥っていた。
「ご安心ください、師匠! スプーンに付着した貴女の残留魔力(唾液)による精神干渉を完全に回避するため、パフェのみを空間の裂け目を通して、僕の『胃袋』のど真ん中へと直接転送しました!」
「……は?」
「これぞ究極の摂食術! 味覚という肉体的な快楽(煩悩)を完全にスキップし、純粋な栄養とマナだけを胃酸でダイレクトに分解・吸収するのです! これなら間接キスによる魔力汚染の心配は一ミリもありません!」
僕は胸を張り、ドヤ顔で言い放った。
完璧な防御だ。口腔内での咀嚼という無駄なプロセスすら省いた、魔術師として最も効率的な食事法である。
「……信じられない」
師匠は震える手でスプーンをテーブルに置き、両手で顔を覆った。
「私……徹夜でレシピを調べて、アルドに『美味しいね』って笑ってほしかったのに……。間接キスでちょっと意識してほしかったのに……。味も感じずに、いきなり胃袋に転送……?」
「おや、師匠? どうされました?」
「アンタなんか……アンタなんか、一生点滴で生きていけばいいのよぉぉぉっ!!」
師匠は涙目で立ち上がり、温室の出口へと走り去ってしまった。裸エプロンの背中がひどく悲しげに見える。
「師匠!? まだパフェは半分残っていますよ! 次の一口も転送の準備ができています!」
僕のステータス画面には、新たに【亜空間胃袋】と【概念摂食】という、どんな猛毒だろうと味わうことなく安全に消化できそうな、魔王クラスの捕食スキルが刻まれていた。
やはり食事の作法とは、魔術よりも奥が深い。
僕はさらなる修行の必要性を痛感しながら、残されたパフェを空間転送で次々と胃袋へと送り込み、その「胃壁から直接伝わるマナの温もり」を静かに堪能するのだった。




