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秘術使いの理想郷─ヴィルヘルミナの物語─  作者: 智慧砂猫


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第99話「もてなし」

 そうして天狐が去った数分後に、町には二人の魔法使いが乗り込んでくる。瞬く間に大騒ぎとなり、そして多くの獣人が倒された。幸いにも死者はいない。というのも、その魔法使いのひとりに手加減されていたからだ。歓楽街のような騒がしく愉快な町はたった数十分で壊滅状態。それでも領主は常に、自分の敷地から動かない。静かに料理をしながら、魔法使いたちがやってくるのを待った。


「……おう、来たな」


 エプロンを脱ぎ捨てて、庭に出た。門は開け放たれ、二人の魔法使いが立っている。だが、ひとりはおまけだ、と獅鬼はすぐに敵を一人に絞った。


「随分と派手に暴れてくれよったのお。ここまでご苦労さん」

「お前が領主か。町を荒せば出てくるかと思ってたんだが」

「まあ、せやろな。しゃあけどオレは興味あらへんからよう」


 首を傾けて音を鳴らす。獅鬼はリラックスして、屋敷を顎で指す。


「上がっていけや。せっかく作ったメシも喰わんて、お館様は帰ってもうた。ここまでよう無傷で来た褒美や思て、酒の席にでもついていけ」


「……私の仲間がこちらに来たはずだが。魔力の痕跡が残っていた」


 睨まれると獅鬼はあごをさすりながら答えた。


「あぁ、おったなぁ。金髪と黒髪のガキやろ。お館様が連れて帰ってしもたわ。安心せえ、相手にもならん奴らなんざ殺す価値もあらへん。ゆっくりしてけや、焦らんでもすぐに会える。ま、お前がオレに勝てたらの話やけどな」


 どんっ、と胸を張り、強く拳で叩いて声を張った。


「メシ喰う前に、まずは名乗っといたる! オレは獅鬼、お前は!?」


「ヴィルヘルミナだ。こっちがジャック、私の連れだ」


「……ヴィルヘルミナ。ほーん。なんぞ、どこかで()うたことあるか?」


「似た雰囲気の誰かだろうさ。私はお前に覚えがないんでな」


「ま、せやろな。とりあえず、こっち来い。メシの支度するから」


 獅鬼の案内を受けて、ヴィルヘルミナは当たり前のようについていく。なんの警戒心も持たないので、ジャックが慌てて袖を引っ張って耳元で囁いた。


「ちょっとちょっと。罠かもしれないんですよ、いいんですか?」


「食べ物に毒を盛るとでも? 呆れるほどの戦闘馬鹿だよ、アイツは」


「あれっ、さっき知り合いじゃないみたいなこと言ってましたよね!?」


「どうせ言っても信じないし、愚弄するなと荒れるだろうから」


 千年前、確かにヴィルヘルミナは獅鬼と戦っている。当時の水準からすると、それなりに強い程度の相手だった。それで言えば、バヌクやレオニードの方が明らかに強かったのは記憶にある。千年経った今でさえ変わらないと思った。


 それと同時に、獅鬼が自分に対して敬意を抱いてくれていることも理解している。獣人は人間が嫌いだが、強き者であれば敬意を示す。もし『自分はアルベルだ』と話そうものなら、あってはならない侮辱だと揉めるのは分かっている。あえて今は口を噤み、それとなく気付いてもらう方が良い。


「変に刺激を与えて休む暇もなくなるのは嫌だろ」


「ですね。アタシはできるだけ大人しくしときますね」


 余計なこと言いそうだと口を手で押さえると、ヴィルヘルミナが笑った。


「なんや、ヒソヒソと。オレの陰口でも叩いてんとちゃうやろな?」


「お前を馬鹿にできる奴は天……なんでもない。たわいない話をしてた」


「……? 最後まではっきり言えや、煮え切らんやっちゃなあ」


「別に、天に誓って此処にはいないと思っただけだ。そうだろう?」


「がっはっは! 当たり前じゃ、オレはそないに弱ないからなあ!」


 獅鬼が少し上機嫌になり、ホッとする。


「さあさ、この部屋や。もう準備はできてるから、ちょお待っとれ。椅子じゃなくて座敷やねんけど平気か? そっちの文化やと座りなれてないやろ」


 気遣われてジャックは確かにと頷いたが、ヴィルヘルミナは半ば聞いておらず、当たり前のように座布団に座ったので、獅鬼は意外そうな顔をする。


「……なんや、お前。知ってるんか?」


「え? 獣人の国では……うむ、前に聞いたことがあるだけだ」


「変な奴やなあ。まあ、ええわ。後で聞く」


 二人を残して獅鬼は厨房に戻った。ひとまず隣に座ったジャックが、ヴィルヘルミナを肘で小突いて「何やってるんですか」と叱った。刺激はしたくないと言って身分を明かさなかった張本人が、何を失態を晒しているのかと。


「すまない。千年前の人間とはいえ、時間的な感覚だとひと昔ほど前のことなもので……。この十五年で馴染んだつもりだったんだが」


 しょんぼりするヴィルヘルミナに、肩を竦めてため息を吐く。


「勘弁してくださいよ。アタシも強くなったとはいえ、アレには勝てる気がしません。他の領主よりも格段と強くないですか、彼女。色々と大きいし」


 ジャックの評価は間違っていない。ウォルターの強さを基準にして鍛えられたというのに、獅鬼とは大きな実力の隔たりを感じた。ヴィルヘルミナも獅鬼を強者と考えていて、ジャックではとても無理な相手だとは察している。


「他の連中は私も知らない顔だったから、入れ替わったんだろう。私の記憶だと残り二人は元々年老いていた。今の獣人の頂点である天狐より古い世代だ。獅鬼たちより後の世代と入れ替わるのは自然なことなのかもしれない」


 いくら長生きといっても不老ではないし、不死でもない。それが獣人の常識。まったく年老いないのは天狐を中心とした城綱と獅鬼の三人だけだった。


「天狐には霊薬を作る技術もある。城綱と獅鬼の二人は奴に心酔しているところがあるから、共に不老不死の道を歩んだ可能性もゼロでは────」


 襖が開き、大きな盆に料理を乗せてきた獅鬼が険しい顔を浮かべた。


「よう知っとるやないか。大陸にも随分と知られとるらしいな」


「……霊薬が創れた人間は、この世に二人だけだ。大陸にも文献はあるさ」


 ヴィルヘルミナが自然に取り繕う。


 真偽がどちらにせよ、獅鬼はあまり良い気がしなかった。


「まあええわ、話をするのはメシ喰いながらにしようや。色々と聞きたそうな顔しとるし……ここまで戦い通しやったんやろ?」


「あぁ、それなりには……。私は疲れてないんだが」


 ついでの修行だとひたすら戦わせたジャックは、見目こそ元気ぶっているが戦えるほどの状態ではない。むしろ、よくここまで負けずに来たなと驚くほどの戦果を挙げており、一時休戦は願ってもない申し出だった。


「ほんならまあ、喰おう。気になっとんねん。他の連中を倒すのが早すぎるやろ。ここまででも、人間なら三日は歩く距離やし……お前、ほんまに子供か?」

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