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秘術使いの理想郷─ヴィルヘルミナの物語─  作者: 智慧砂猫


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第100話「千年の事情」

 見目は子供。だが気配は熟練。あるいは歴戦の猛者を思わせた。天狐をして『ぬしでは勝てぬ怪物やもしれぬぞ』と言うだけはある、と獅鬼も目をギラつかせた。千年も会わぬ、人間の強者。戦ってみたいという気持ちが湧く。


「あのお、すみません。これってなんていう料理ですか?」


 目をキラキラ輝かせる少女には『こっちは弱そうやなぁ』と期待はできなかった。事実、獅鬼とジャックでは大きな実力の差があった。


「魚を甘辛く煮しめたもんや。海でええのが獲れてなぁ。骨は喰うなよ、人間の喉は弱いから刺さったら大変やぞ。他のも作ってたんやけど思ったより予定が早まってしもうて、出すにはちいとばかし味が染みてないからなぁ」


 獣人の島ではよくあるものだが、大陸ではまずお目にかかれない。その外見も土地の特色もジャックには目新しいものばかりで、ようやく腰を下ろして休息をとれたからか、すっかり観光気分だった。


「にしても、お前の方は随分と手慣れとんなぁ、箸使うの」


 当たり前のように箸を使う姿は、まるで慣れ親しんだ人間のようだった。


「む。そうか?」


「おお、そうやな。オレら獣人も、お前ら普通の人間も……」


 じろりと見つめて、獅鬼はニヤリとする。


「本性だの経験だのっちゅうんは、よっぽど隠すんが上手くできんと所作に出る。そもそも、大陸にオレらの文化は流れてない。そらもう、千年前の話や。メシを振る舞ってやったのも限られとる。────誰や、お前?」


 しんと静まり返る中、ジャックだけが箸に苦戦する。ヴィルヘルミナは慣れた手つきをして、箸でそっと口に運ぶ。


「……ずっと昔、私に料理を振る舞ってくれた者たちがいる。また会おうと約束したが、結局、再会することはなかった。あのときの私は人間的な感情などなかった。大したことのない数ある日常に過ぎないと」


 懐かしい味がした。大陸へ渡ってきた獣人たちの戦いで勝利を収めたとき、どうして命を奪わなかったのか。自分でも分かってはいなかった。なんとなく殺すべきではないと感じたからそうしただけ。


 その結果が、獣人たちと唯一の友好的な関係を持つ者となった。今となっては遠い昔のような話。そして後悔もあった。また再会しよう、いつかはそちらへ足を運ぼうと約束をしたのも忘れてしまった。リロイから言われるまでは。


「船にいた者たちは死んだのか?」


「まさかぁ、生きとる。威力は抑えとった。それに魔法使いが一人乗っとったやろ。腕の良いジジイや。見た目ほど老けてはなさそうやったが」


 やはりな、とヴィルヘルミナは笑みが浮かぶ。自身に挑む者があれば容赦なく殺す天狐と言えども、明らかに自分よりも弱い者や、子供の命を奪うことはしない。獣人同士であればそれも違えど、彼女なりの誇りがあるのをよく知っている。


「お前、私が誰なのか答えを言えば、食事どころじゃなくなるだろう。せめてジャックはゆっくりさせてやりたいんだ。期待はせずに、今は耐えてもらえないか?」


「……。まあ、ええやろ。その分、オレを楽しませろ」


 ゆっくりと、深く。ヴィルヘルミナは懐かしむように頷く。


「そうしてもらえると助かるよ。ありがとう」


「はっ、礼は要らん。とにかく喰え、冷めてしもたら味が落ちる」


「酒は飲まないのか?」


「下戸やろ、お前。そういう奴の前では飲まへん」


「変わらないな。てっきり荒れるかと思ったが……」


「事情があんねやろ。あとで聞く。にしても、ええ弟子やな」


 ジャックの強さは獅鬼から見れば知れたものだ。だが、年齢を考えれば逆に可能性の塊とも言える強さ。獣人の島でも指折りの実力者になれる。なぜそこまでの腕があるのかは、ヴィルヘルミナを見れば言わずとも知れたことだった。


「分かるか? ここへ来るまでの間に、よく成長してくれたものだよ」


 嬉しさにジャックは「にひひ……」と照れ笑いを浮かべる。魔力が上手く安定しなかったときは不安で仕方がなかったが、ヴィルヘルミナの言葉通りに三日目にはしっかりと落ち着いていて、以前よりも体が軽くなっていた。


 強くなった、という実感はあった。それをヴィルヘルミナにも褒められたことが、なおさらに自分の成長を認められたのだと喜びを表情に滲ませた。


「そんなに褒めても何も出ませんよぉ~?」


「可愛い弟子の成長は嬉しいものだ。純粋な気持ちだよ」


 食べ終えたら、ヴィルヘルミナは箸をそっと置いて手を合わせた。


「ごちそうさまでした。……美味しかったよ、獅鬼」


「ヘッ、お粗末様。どうする、すぐやるか?」


「私はそれで構わない。食後の運動には丁度いいだろう」


 二人は揃って、まだ食べ終わらないジャックへ視線を流す。


「すっ、すみません……。お箸って食べにくくて、あの……アタシがいなくてもいいんだったら、ここで食べてたりしてもよかったりしません……?」


 存外にも図々しい性格をしているんだな、と呆れたため息がふたつ。とはいえ食べているのに引っ張り出すのも違う。獅鬼は肩を竦めて────。


「ヴィルヘルミナ。お前、どうせ結界術使うんやろ。建物ごとできんか」


「う、む……。そこまで都合の良いものは、さすがに用意がないなぁ……」

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