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秘術使いの理想郷─ヴィルヘルミナの物語─  作者: 智慧砂猫


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第101話「決闘、獅鬼!」

 せっかく美味しく食べているのだ。もうしばらく待とうか、とヴィルヘルミナが座りなおそうとして、ジャックは察して箸と皿をしっかり持って立った。


「じゃ、じゃあ持っていきます! これだけでも!」

「ほんなら米はどうすんねや。手はふたつしかないぞぉ」

「えっ、あっ……えーと! う~ん……!」


 本気で悩んで苦しむジャックを見て、獅鬼が豪快に笑い飛ばす。


「アホやなあ! さっきお盆使って持ってきたの見えてへんかったんか?」

「……あ。あれに乗せて持っていけば結界内で食べれます!」

「おう、そうや。偉いぞぉ。ほれ、使え」


 微笑ましく思うべきなのか、それとも呆れるべきなのか。ヴィルヘルミナは手を額に当てて、やれやれと首を横に振った。


「すまない、獅鬼。つまらないことで迷惑を」

「純粋でええ。子供っちゅうんはこうあるべきやろ」


 じろっ、とみられたヴィルヘルミナが首を傾げる。元の人間がどうであれ、ありえなかった子供時代を過ごせているというのに、子供らしく振る舞うこともない。まだまだ人間としては生まれていないなと獅鬼は鼻を鳴らす。


「そら、庭へ出ろ。そこで始めよう。それともここで使うか?」

「万が一にも影響が出ないとも限らないから、庭の方がいいだろう」

「わかった。せやったら庭にしよう。池の傍ではやるなよ、鯉が驚く」


 ジャックだけがお盆を手に持ち、トテトテと二人の後ろを歩く。庭先に出たら、ヴィルヘルミナは全員の準備ができたかを確認する。町の獣人たちも──獅鬼の部下も町民も関係なく──様子を見にやってきていた。


「どうする、獅鬼? 連中、観戦したそうだが……」

「おう。ちょい待ちィ」


 門の向こうで心配そうにする獣人たちの一人を撫でて、獅鬼が声を張った。


「観てえってんならオレが許可したる。ただし邪魔はすんな。オレの客や、手ぇだけは出すなよ。負けてもや。勝手なことしたら、そのときは覚悟せえ!」


 ヴィルヘルミナを振り返ってニカッと笑い、親指を立てる。獅鬼が相変わらず誇り高いことが分かると、自然と笑みが零れた。


「良いだろう。今回ばかりは恩を返すときだ、全員連れていく!」


 胸の前で手を組み、魔力を解放する。強い光が周囲に満ち、その場に居た者たちの視界は消え失せた。眩しさは感じず、やがて視界が開けると彼らを待ち受けていたのは広大な魔法都市。大陸にあるヴィルヘルミナの愛する土地。


「────魔法都市アルベル。これが私の新たな心象結界だ」


 これにはジャックも言葉が出てこなかった。どこまでも美しい澄んだ青空。並ぶ建物の全てはキレイで、誰もいないのが不思議なくらい整った町。すべてを悔いた魔法使いたちによって造られ、すべてを紡いできた魔法使いたちの町。


 廃都ヒュブリスがアルベル・ローズラインの荒廃した心を表すのであれば、魔法都市アルベルはヴィルヘルミナの温かな物語に満ちた心を表す。かつては手の中に何も持たなかった者が、今は多くのものを抱いている。


「ほー、今はこんなところがあるんか。昔はヒュブリスやったよな?」

「愛するものを得てみると、こちらの方が心地よいことに気づいたんだよ」


 腰に手を当て、楽に姿勢を崩しながら獅鬼はヴィルヘルミナを見下ろす。


「遅すぎや。そない当たり前のもんに気付くのも、オレらに会いに来るんも」

「事情があったのさ。天狐には言うなよ、くだらないサプライズだ」

「……おう、せやな。その方がええ。女を泣かすんは全部終わってからや」


 獅鬼が拳を突き合わせ、いつでも戦えるぞと構えを取った。ヴィルヘルミナも同様に杖を両手に握りしめて、どちらが先に仕掛けるかの様子を窺う。


「懐かしいなあ。千年前はオレがボロ負けやった」

「今回もそうしてやるよ。楽しみだろう?」

「ぬかせ! 千年も待たせておいてからに、舐めたこと言うなや!」


 巨躯とは思えぬ一歩の速度。ヴィルヘルミナ以外の誰にも、その動きの速さは捉えられない。加えて剛腕の一撃は、何もかもを形も残らぬほどに打ち砕く。掠るだけでも致命傷になる破壊力。にも関わらず少女の体は身体強化によって、フッ飛ばされたもののかすり傷も負っていなかった。


「やれやれ、少し怒らせたか?」

「当たり前やろ。千年も経って誰を負けさせるって!?」


 体勢を整えるやいなや、背後に回り込んできた獅鬼の拳を屈んで躱す。


「お前以外にいるか? 今の体の方が昔より魔力があるんだ」


 杖の先は標的を正確に捉えて紅く光り輝き、爆炎を放った。距離を取り、冷静に杖を構え、もうもうと立ち上る煙の中を歩いて抜ける獅鬼を見つめる。


「(さすがに硬いな……。今までの奴らとは格が違う)」


 獣人の中でも上澄み中の上澄み。天狐が寵愛を授ける、最強格の獣人。かつては一方的に倒したとはいえ、それはあくまでヴィルヘルミナが無傷だったに過ぎず、獅鬼の常軌を逸した頑丈さは本気を出してもそう簡単には倒れてくれない。


「なんや、小手調べか? もっと本気出さんかい、これくらいじゃ倒れんぞ」

「当時と変わらんと思っていたが、前より頑丈になったな?」


 おそらく結界ごと吹き飛ばしても致命傷にはならない、と分かる硬さ。分厚く柔軟で、衝撃を逃がす肉体。筋骨隆々な肉体は刃を通すのも一苦労だと分かる。一点集中の高威力技を叩き込んで抉り抜くか、あるいは内側に衝撃を届かせるか。倒す手段はその二択だけ。称賛に値する強さにはヴィルヘルミナも気合いが入った。


「ハッハッハ! 当たり前や、あれから千年やぞ。お前みたいに実力は隠せるようなったわ。お前はどないやねん。まさか弱なったんちゃうやろな」


 切れた口端からつうっと血が垂れたのを指で拭う。傷は瞬く間に塞がり、獣人の治癒力の高さが一目に分かる。獅鬼はにぃっと笑って言った。


「────ほんなら、続きやろか。もっと愉しませてもらうで」

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