第94話「突入」
満面の笑みによる死刑宣告のような言葉は戦慄した。だが、反抗的な想いはひとつも湧いてこない。他の誰もが得られない特別な機会を逃すまいと死すらも覚悟する。だから、どれだけ厳しくとも耐えられた。
そして三日間、フランチェスカとアレックス──最終日にはジャックもきっちり参加した──たちの厳しい修行は終わった。何度も死にかけた。時には容赦なく内蔵を破壊されたし、腕は千切れた。身体強化のおかげで痛みの軽減があるとはいえ、悲鳴さえ上げられないほどの激痛に動けないことは多々あった。
だが死ななかった。死ねなかった。いくつもの死を経験するような怪我も、ヴィルヘルミナの結界の中では瞬く間に回復する。一方で都市はどんどん破壊され、最終日にはすっかり廃都の姿に戻っていた。
「私、生きてるんだね」
「そりゃアタシもだよ。何回かチビったかも」
「汚い話しないでくださいませんか」
三人ともが、これから獣人の島に降りようとする前に気力は喪失寸前だ。特にフランチェスカは一番ひどい。目が虚ろで、大の字に倒れたまま動けなかった。修行中、最も命を懸けて無謀と分かっていても挑み続けた結果、ただの一度もヴィルヘルミナに触れることさえできなかったのだから。
「本当に成長したのかねえ、アタシたちは……?」
「さあ、どうかな。優雅に紅茶を飲んでる私たちの友達に聞こう」
椅子に座って足を組み、のんびり紅茶を飲んでクッキーを齧る。まるで一仕事終えたかの如き優雅さをして、ヴィルヘルミナは三人の疲れ具合に満足げな笑みを浮かべながら、カップに口を付けた。
「お前たちはきちんと成長してるさ。私が強すぎるだけだから」
「腹立ちません、この人? バカにしてますよね?」
「してないよ。バカにするほど実力が近くないだろう」
「こンの……人は! そういう優しくないジョークはメッ、ですよ!」
「ハッハッハ。だがのんびり余韻に浸ってる場合じゃないぞ」
そのとき、タイミングよく扉が開かれてバルロアが顔を出す。
「到着した。相手は警戒心の強い獣人だから岸には着けられないが問題ないか?」
ヴィルヘルミナはカップをテーブルにそっと置く。席を立ち、椅子に掛けていたローブを手にして肩に掛けた。
「問題ない、行こう」
とうとうそのときが来たと分かると、フランチェスカたちも黙って立ち上がり、それまでは疲れた顔だったのが、今は真剣そのもの。これから先に起こるのが命のやり取りだと理解している。たとえ死ぬとしても、それは自分の責任だ。
彼女たちの心の中にあるのは、ただ足を引っ張らないことだけ。最強の魔法使いと肩を並べられること以上の栄誉など他にはない。
甲板に出ると、遠くには砂浜が見える。ヴィルヘルミナは目を細めた。
「真正面から行くのは難しそうだな。いくらか、こちらを警戒している」
「わかるのかね、ヴィルヘルミナ?」
「ああ。おそらく十数人。戦力で言えば大したことはないが……」
下っ端の獣人が待機しているのはわかる。真正面から行けば戦闘になるが、ヴィルヘルミナでも即座に全員を倒すのは難しい。増援まで相手にするとなると、本丸を目指すよりも先に大きな消耗を強いられる。それは避けたかった。
「バルロア、これから私たちは獣人の島に空から突入する。見えている場所ならポータルを開いて空から侵入できるだろう。船を警戒している状態なら、連中も私たちの侵入にはすぐに気付かないと思う」
「では、お前たちが降下してしばらくは我々が注意を逸らそう。すぐに下がっては不自然だ。多少の攻勢も受け止める程度は必要ではないかね?」
頼もしい言葉にヴィルヘルミナは思わず笑みが零れた。
「お願いしよう。必ず良い報告を持って帰還する」
杖を手に持ち、高く掲げると甲板に光の渦が現れ、空間を繋げた。飛び込めば即座に獣人の島、その上空から落下することになる。それぞれ常に戦える状態を保つために身体強化の魔法を最大限まで性能を高めてから、顔を見合わせた。
「────では出発だ、私に続け!」
ヴィルヘルミナが飛び込むと、三人が後に続く。光を抜けた先は、広大な森を足下に、高い空のど真ん中。着地の準備をしながら、ふと船の方へ振り返った。バルロアが無事に船を遠ざけるのを見届けようとして────。
「あれは……!」
砂浜から無数の薄桃色の何かが渦巻きながら船へ向かっていく。ヴィルヘルミナだけが、それを理解した。花びらだ。無数の薄桃色の花びら。その一枚ずつの全てに魔力が込められている。まるで意志を持つ生物の如くうねり、花びらが船を飲み込んだ直後、花びらに込められた魔力の一枚が小さく燃えて爆発した。
一枚をきっかけに、無数の花びらは魔力が共鳴して大爆発を起こす。
「バカな……船が……いや、マズい!」
爆風に煽られ、落下中だった四人は体勢を保てずにバランスを崩す。
「やべっ……、ヘルミーナ!」
「私はいい! 全員、着地を優先しろ! 後で必ず合流する!」
手を伸ばすフランチェスカから、ヴィルヘルミナは離れていく。なんとか風を起こして落下速度を落としたが、フランチェスカとアレックスは遠くへ吹き飛ばされてしまった。同じ場所に着地できたのはジャックだけだ。
「くっ……。流石に想定外だ……」
体についた葉っぱや木のくずを払う。
「無事ですか、ヴィル!?」
「問題ない。そっちこそ異常はないか?」
ジャックは腰に手を当てながら、ふふーん、と得意げに鼻を高くする。
「全然元気ですよ。最終日のキツめの調整が効きましたかね!」
「ならいい。では行こう、留まっていては、いつ敵が来るか分からない」
「ええ、行きましょう。……あ、でも。さっきのはなんだったんです?」
「分からない。似たようなのを千年前に見たことがあるが……」
確信が持てなかった。獣人にも知っている者たちはいるし、何人かとは戦ったこともある。そのうちの一人が使うものに似ているだけで、果たして本人かどうか。もしそうだとしたら、随分と悩ましいことになったと頭が痛くなった。
「ジャック、色々と大事な説明もあるんだが、まず最初に、この国では魔法のことを『妖術』と呼ぶ。呼び名が違うだけで同じものではある。しかし、彼らは魔法という呼び名を好まない。私たちのものとは区別して話せ」
「話さなければどうなるんです?」
森を抜けた先。開けた場所に出た瞬間に、背筋が凍りつく。出てくるのを待っていたとばかりに獣人たちが集まっていて、その先頭には見慣れない服を身に纏い、刀を手に待つ人間に最も近い姿をオオカミの獣人が彼女たちを睨んだ。
「話さずともよい。いずれにせよ、そのそっ首、此処で落とすのみ」
片目は潰れ、開いている一方の青灰色の瞳が殺意にギラつく。ヴィルヘルミナは、その獣人を見てチッと舌を鳴らす。
「生きていたとは驚いたよ。今は獣人たちの纏め役か、城綱?」
「笑止。拙を知る者で、そなたのように若き娘は知らぬ」
「ああ、そうだな。殺しあえば思い出すだろうさ。やるか?」
オオカミの獣人は鍔を指で押し、鞘から刃を僅かに見せる。周囲にいた部下たちを顎で下がるように指示をして、鋭い眼光でヴィルヘルミナを捉えた。
「……哀れに首を叩き落とすだけでは胸が痛む。初撃くらいは譲ろう」
杖を手放したヴィルヘルミナはローブを脱ぎ捨て、指の関節を大きく鳴らす。
「────その言葉、後悔するなよ」




