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秘術使いの理想郷─ヴィルヘルミナの物語─  作者: 智慧砂猫


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第93話「過酷な修練」

 魔法使いの頂点。誰もが憧憬を抱く存在。名を知らぬ者など一人もいない。それがアルベル・ローズライン。その転生した姿であるヴィルヘルミナは子供でありながら、見る者を圧倒する強者の気配に満ちた。弱者であれば恐れ、強者であれば息を呑む。たとえ指導の名の下にあっても、足が竦んだ。


 それでも。それでも、だ。これまで何度も諦めそうになってきた中で、どれほど救われただろうか。強く立ち上がれただろうか。


「いくぜ、ヘルミーナ! 手加減はナシだ!」


「お膳立てされてジッとしてるようじゃ、キミに申し訳が立たないね!」


 目指すは最強の自分。ヴィルヘルミナは杖を握りしめて、嬉しさに笑みが隠せない。下を向いていた二人が、今は、誰よりも強い。


「フッ……。加減はしないが」


 杖を横に薙ぐ。瞬時に強烈な風が吹き荒び、二人の足を止めた。


「おっと。この程度で立ち止まっていていいのか?」


 ヴィルヘルミナは一瞬にして間合いを詰め、アレックスを蹴り飛ばす。いくつもの建物を倒壊させるほどの威力。フランチェスカはそれを見ても焦らず、冷静に、風が弱まると同時に雷を纏って高速で背後に回った。


「一発くらいは入れたいよなァ、ヘルミーナ!」


「あぁ、入れられたらな」


 フランチェスカの拳は空を切った。


「(避けた……!? 今の速度で!?)」


 ジョー直伝の雷電を纏った高速移動。人間の目ではまともに捉えられず、身体強化をしてなお反応が間に合わないのが殆ど。だが、ヴィルヘルミナは違う。多くの魔法使いとは比べものにならない強化魔法の極地はあらゆるものの動きを正確に捉え、ゆうに凌駕してしまう。


「甘く見すぎだな。それで掠りでもすると本気で思ったのか?」


 ふわりと跳ねたヴィルヘルミナの体は羽根のように軽く舞い、フランチェスカの背後に降り立った。杖の宝珠で頭をコツンと叩く。


「油断は死を招く。もっと本気でやれ」


「へへっ、やったつもりなんだけどな!」


 唐突に襲った回し蹴りをヴィルヘルミナが指一本でぴたっと止めた。


「呆れて言葉も出ない。身体強化が乱れている。集中力を切らすな」


 フッ、と短く息を吹く。全身を衝く突風にフランチェスカは立っていられない。体は簡単に浮き、大通りを抜けて聳え立つ時計塔に直撃した。


「先が思いやられる。あの程度の風で立ってもいられないとは」


「では私はどうだい、ミナ。こう見えてまだ元気なんだけど?」


 ほぼ無傷で、フッ飛ばされた先からアレックスが戻ってくる。服についた砂を払いながら、まだまだやれると気合に満ちた笑みが浮かぶ。


「驚いたな、あれでまだピンピンしてるのか。お前はよく魔力が澄んでいる。……そうだな、ここからは素手で相手してやろう」


 杖を手放すと光になって散り散りに消える。アレックスがそれを見て、引き攣った笑みでこぶしを強く握りしめた。


「随分と手加減してくれるんだね、嬉しいよ」


「言葉と顔が一致してないが……?」


「いやあ、実力に差があるとはいえ馬鹿にされてる気がして」


「見下すほど落ちぶれていないさ。だが手は抜かないと」


「それが嫌だって言ってるんだよ。私だってそれなりには鍛えて────」


 視界からヴィルヘルミナが消えた。話して気が緩んだのか、一歩の踏み込みを許す。腹部に触れた魔力を伴う掌底に、全身を衝撃が貫く。


「これでも加減をしたんだが、もう少し本気を出した方がいいかな?」


「……ハハッ、結構ですぅ」


 腹を抱えるように庇いながらアレックスはその場に頽れた。その場に戻ってきたフランチェスカが、頭から流れる血を手で拭って払い、ため息を吐く。


「これで手加減してるってマジかよ。今の、マジで死ぬかと思ったぜ」


「安心しろ。きちんと死なない程度に調整してある」


 自信満々の笑みに、そうじゃねえだろと言いそうになったが、本人が嬉しそうなので、フランチェスカはあえてそれ以上は何も口にしなかった。


「いやあ、みなさん楽しそうですね。アタシも参加できなくて残念です」


「思ってもねぇこと言いやがって……」


「あら、本気ですよ。これでも、アタシもっとすごい体験しちゃいましたから」


 ねっ。とウィンクされたヴィルヘルミナが、そういえばそんなこともあったなあ、とぼんやり思い出す。


「言っておくが、この二人がやってるのはあれよりキツいぞ。加減してるとはいえ、ウォルターの実力を参考に出力調整してあるんだから」


「……あれ。それってちょっと殺しに掛かってません?」


 そうでなければ三日間で鍛え上げられるはずがないのに、何を頓狂なことを言っているのか。全員が明らかに苦笑いを浮かべる中で、ヴィルヘルミナにはそれが理解できなかった。これくらいは当然の努力では、と。


「大丈夫、お前たちなら耐えられるさ。それにほら……」


 ゴソゴソとローブのポケットをまさぐり、手のひらに乗る布袋を取り出す。中には薄青の錠剤がたっぷり詰まっていた。


「これを飲めば三日三晩を飲まず食わずで戦い続けた後でも、よく眠れた日の朝のように元気になれる。────というわけで、安心して無理をしてくれ」

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