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秘術使いの理想郷─ヴィルヘルミナの物語─  作者: 智慧砂猫


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第92話「確かな成長」

 ヴィルヘルミナの言葉に目をそらす者は誰もいない。提示された訓練とそれぞれの磨き方は、他にやりようがないほど完璧なものだ。最強の魔法使いの指導とあっては何よりも優先すべきだと三人は休まず毎日訓練に明け暮れた。


「アタシは出発前まで師匠と特訓してたぜ。おかげさまで、前よりずっと体が動かしやすい。速度も出せるようになった」


 懐から取り出したメリケンサックを嵌めて、身体強化と同時に装備にも魔力を流し込む。最後に会ったときとは比べものにならない魔力の密度は、ヴィルヘルミナも頷くレベルの高さだ。


 一方、魔力の少ないアレックスは魔導武拳にもっとも適した形での身体強化を体得しており、魔力のコントロールにおける技術のみでいえば魔塔でも指折りだ。次の段階に進むには十分だと納得する。

────問題はジャックだった。


「……ジャック、お前はどうしてそんなに魔力が乱れてる?」


 以前見たときよりも荒々しさすら感じる魔力のぶれ。才能に溢れた闇の属性を操れる貴重な人間に何が起きたのか。ジャックは悔しそうに言った。


「特訓を始めてから、妙に魔力がざわつくというか……。どうしてか上手くいかないんですよ。緻密に操ろうとすればするほど」


「ふむ……。ちょっと失礼するよ」


 確かめるためにジャックが着ているシャツのボタンをいくつか外して、胸元に手を置く。もしかすると、魔力の器になんらかの異常が起きたのかもしれない。その予想は当たらずとも遠からず。


「……ふふっ。あぁ、そういうことか」


「なんですか。笑うほどおかしなことでも?」


「成長してるんだよ。訓練を経て魔力が増えてる」


 手を離すとボタンを絞めなおしながら、けらけら笑った。


「この年頃にはよくあることなんだ。大体の人間は魔力が二十五歳くらいまでは伸びていく。特に伸びが良いのが十五歳から十八歳で、そこからは徐々に落ちていく。私の訓練方法が切っ掛けになって爆発的に魔力量が伸びたんだよ」


 説明されても不安が拭いきれないジャックが尋ねた。


「それって良いことなんですか?」


「悪い成長なんてないさ」


 ヴィルヘルミナは自信を持てと言って肩を叩く。


「魔力が増えている間は、コントロールも不安定になる。お前は落ち着くまで訓練はしなくていい。今触った感覚で言えば、二日もあれば良くなる」


「二日ですか……。わかりました、それまでは眺めることにしましょう」


 ジャックは何の疑いもなく納得したが、フランチェスカは首を傾げた。


「それってヤバくねえの? 三日しかないんだよな?」


 獣人と戦うためには三日の修行が要る。そう言ったのはヴィルヘルミナだ。なのにジャックが参加できないのであれば、島に降りることができないのではないか? アレックスも同じ意見だとしきりに頷いた。


「それについても問題ない。私の修行が切っ掛けになって魔力が増えれば、これまで以上に安定する。要するに魔法使いとしての完成形に近づく。その時点で、まだ伸びしろがあって不安定になりやすいお前たちよりも高い水準になれる」


 ジャックの魔力が増えたのは、魔力を操るための訓練だけが切っ掛けではない。触れた瞬間に見当はついた。ヴィルヘルミナが施した身体強化と、それに伴った手合わせによる魔力の共鳴。残滓が、奥底に眠っていた可能性を目覚めさせた。


「まあ、だからといって油断されても困る。到着前には安定するし、そのときにはしっかり参加してもらえばいい。ただし、少し厳しめにはなるが」


「……問題ありません。アタシ、これまで独りでやってきましたから」


 これまではすべて独学。秘術に関しても直感で得たものだ。今に至るまで、重ねてきた努力は血の滲むもの。たかが出遅れによる厳しい指導など、背中に突き刺さってきた言葉の矢に耐えながら、休む間なく続けてきたことに比べれば些細なこと。ジャックの信念は揺るがず、さらに強くなれるのであれば楽しみですらある。


「でも、一人だと景色を眺めても退屈ですから、此処で見学させてもらいます。そのほうが得るものも多いでしょう?」


「良い判断だ。では特等席を用意しよう」


 ぱちんと指を鳴らす。ジャックの傍に、テーブルとイスが現れた。温かな紅茶とクッキーが用意されており、その目の前には魔力によるほぼ透明の壁が張られる。激しい戦闘にも耐えうる強度なのは、触れてみればすぐに分かった。


「わ、なんです、これ。もしかして大暴れの予定でも?」


「もちろん。ただのんびりと鍛えるだけでは遅いから……」


 くるりと振り向いて、緊張しているフランチェスカとアレックスを見つめる。どちらもやる気に溢れ、その瞬間を待った。


「では、時間も限られている。そろそろ始めるとしよう」


 手の中には小さな光が形を成して、蒼く輝く宝珠の杖が握られた。


「すでに身体強化の水準は私の想定を満たした。ここからは、命懸けの訓練になると思え。────なに、実際に死にはしないので安心するといい」


 微笑んでからの表情は真剣そのもの。油断も迷いも許さない、殺すつもりでやれという意思表示。身体強化も済ませ、二人とも戦闘態勢を取った。


「うむ、良い心構えだ。では────掛かってこい!」

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