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秘術使いの理想郷─ヴィルヘルミナの物語─  作者: 智慧砂猫


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第95話「侵略者じゃない」

 色濃い殺気に満ちる。獣人たちも、ジャックも、誰も動けない。ヴィルヘルミナと城綱の両名が身動きもせずに、自分たち以外の全てを圧倒する。


「なんと、小娘にしては見事な殺気。さぞ名のある魔法使いとみる」


「私の若さが飾りに見えたか?」


「否。若き見目など獣人にはよくある。だが……」


 品定めでもするかのように、ジッとつま先から頭の天辺へ視線が動いた。


「拙がそなたを殺す光景は見える」


「そうか。それは随分と安っぽい目だ、捨てた方が良い」


 一歩。また一歩と互いに距離を詰めていく。体が触れあいそうな距離まで近づき、互いに目を合わせる。


「拙の名は文屋(ふみや)城綱(たちつな)。名を聞こう、魔法使い」


「ヴィルヘルミナ・デヴァル」


「よかろう。その若さで我らが作法を知る者よ」


 二人は背を向けあい、元の位置まで戻ってから武器を構えた。


「言うた通り、先の踏み出しはそなたに譲ろう」


「そうか? では遠慮なく────」


 光の中から手にしたトリムルティの杖を差し向け、素早い雷撃を放った。城綱は身を低く構え、躱すと瞬時に一歩を踏み込んで懐に潜り込もうとする。魔法使いの多くは接近戦が苦手とされ、杖を手に握ったときに『やはり並みの魔法使いに過ぎない』と即座に断じて、相手が苦手とする間合いを選ぶ。


 だが、刀を振りぬいた場所にはヴィルヘルミナの姿がない。重みを感じる刀に目を向ければ、刀身に立っていた。宝珠が青く輝き、冷気と共に氷柱が射出される。その瞬間がまさしく獣人。身体能力は人間とは比べものにならない機敏さと豪快さで以てして、至近距離による高速射出された氷柱を身のこなしひとつで躱した。


「(早いな。ジョーと比べればさほどじゃないが、判断力は実戦で培われたそれだ。今の一撃なら躱しきれないと判断したのは早計だったか)」


 着地して、服についた土埃を払う。距離を取った城綱が姿勢を低く構えるのを見て何か仕掛けてくると感じたヴィルヘルミナは自信の周囲に魔力の壁を作った。


「────抜刀。《八咫(やた)(つるぎ)》」


 目に見えない斬撃が壁を断ち切った。それとほぼ同時に踏み出した城綱の第二撃がやってくる。狙うは首。確実に切り落とすという殺意に満ちた瞳。刃が確実に首を捉え────斬れなかった。


「な、硬……っ!?」

「狙いが単純すぎるんだよ」


 カウンターに腹へ叩き込まれた杖が赤く光り輝き、爆炎が襲った。もろに喰らった城綱は吹き飛ばされ、地面を転がった。


「身体強化というのは何も常に全身を満たす必要はない」


 自分の首をとんとん指で叩きながら、ヴィルヘルミナが得意げに言った。


「女狐の飼い犬風情とは格が違う」


「くっ……! おのれ……拙だけでなくお館様まで愚弄するか!」


 刀を地面に突き立て、震える足を支える。城綱は怒りに満ちた顔で叫んだ。


「侵略者めが、偉そうに! 皆の者、こやつらを殺せ!」


「それは無理だろう、城綱。人質がいては(・・・・・・)誰も手は出せまい」


 城綱は理解できなかった。人質などどこにいようものか。そう思った矢先、自身の背後に気配なく忍び寄った者に気付く。


 皆が戦いに気を取られる中、ジャックだけは冷静に自身の影の中に潜り込み、決着がつくと同時に城綱の背後を取った。影の中から影の中へ移り、ゆっくりと姿を現して、剣を首筋にあてがったのだ。


「……な、拙が人質……いつの間に……!」


「んふふ。実は気配を消すのって得意でして。すみませんねぇ、お兄さん」


 場の空気を一気に支配する。身動きが取れなくなると、殺気立っていた獣人たちも大人しくなった。卑怯だという言葉にもヴィルヘルミナは耳を貸さない。


「言っておくが侵略しに来たわけじゃない。あの女狐……宵姫(よいひめ)天狐(てんこ)はどこだ。色々と複雑な事情があって奴と話がしたいだけでな」


「敬意すら示せぬ者になど、お館様は会わぬぞ」


 鼻で笑う城綱を皮切りに獣人たちはそうだそうだと嗤った。強くとも子供。考えることは浅慮であると言って。


「やかましい連中だな。じゃあ会う方法を教えろ、城綱」


『断る。たとえ命を捨てようとも……」


「お前の命など安い価値だ。だが、そこにいる獣人は違うだろう」


 冷酷な瞳が告げた。無駄な抵抗はやめておけ、と。


「別に、ここにいるお前たちを殺しても殺さなくてもいい。なんなら殺したくはない。お前たちに協力を仰ぎたい。しかし、それも叶わないならば私たちは最後まで戦うことになる。────もしやだが、一匹残らず死にたいのか?」


 あくまで脅し。そうでもしなければ獣人は話さない。そもそも、殺したとしても口を割らないのが当たり前だ。城綱のように、仲間意識を強く持つ者以外は。


「……何を考えている。そなたには出来ぬであろう」


「よく分かったな。だがいざとなれば違う。私は交渉に来ただけだ」


「だとしても、この島にあるそれぞれの領主に認められなければ……」


「なるほど。試練を乗り越えてこそ、という話か」


 獣人らしい仕組みだとヴィルヘルミナはくすっと笑って杖を片付ける。


「わかった、お前たちの習わしに従おう。領主の居場所を教えてくれ」

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