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秘術使いの理想郷─ヴィルヘルミナの物語─  作者: 智慧砂猫


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第90話「言っても聞かないなら」

 バルロアが連れてきたのは、すっかり見慣れた仲間たち。アレックス。フランチェスカ。ジャックの三人。カエデだけが留守番で、残りは全員揃っていた。


「お前たちも来たのか!?」


 想定していないサプライズには嬉しさと同時に困惑も湧く。


「体育祭はどうした、もう今頃なんじゃないのか」


 三人はそろって、やれやれとあきれ顔を浮かべた。


「ダチが大変なときに参加してられるかっての」


「私たちを助けてくれた子を助けないなんて選択肢はないだろう?」


「ヴィルについて行けば、成長もできそうですし」


 本当に課外授業の気分で来てしまったのだろうか、とヴィルヘルミナが苦笑いを浮かべて、バルロアを頼るようにちらっと横目に見る。あろうことか、連れてきた張本人は「何か問題かね?」と何も分かっていない。皆の心遣いは嬉しいものの、やはり置いていくべきなのではと不安が募った。


「お前たちの気持ちは嬉しいよ。でも、これから私が行くのは獣人の国だ。新しい仲間を集めに行くのには、お前たちは連れていけない」


 ヴィルヘルミナが知るだけでも、千年以上を生きる獣人は二人もいる。闘争において人間の枠組みから外れた獣たちの強さは、多くの魔法使いにとっては脅威だ。ヴィルヘルミナでさえ、必要以上に近付きはしなかった。


「事態の深刻さを理解していないだろう。連中の力を借りなければならないほどの状況が差し迫っているはずだ。となれば、獣人が提示する条件はただひとつ。────闘争の勝者になること。ピクニック気分で行く場所じゃない」


 獣人の国は、また修羅の国とも呼ばれた。彼らが島を出ずに大人しくしているのも、自分達より弱いと分かり切っている相手に興味がないからだ。しかし、挑んでくるとなれば話は違う。全力で殺そうとする。それが獣人の性質である。


「それでも行くっつってんの。自分のことくらい自分で守るって」


「……はあ。言っても聞かないって顔だな。困った連中だよ」


 どう足掻いても踏み止まる気配がないと分かると、ヴィルヘルミナは頭痛に額を押さえた。諦めて連れて行くしかない。こうなってはどうしようもないし、わざわざ足を運んでくれたのに無碍に返すのも胸が痛いと。


「良いだろう。ならば私に同行することを許可するが、命の保証はない。バルロア、到着するまでの期間を教えてくれるか?」


「この船の最高速度で向かう予定だ。おそらく三日ほどだろう」


 日程としては十分だ。ヴィルヘルミナは深く頷き、腰に手を当てて。


「しばらく対等な関係を捨てる。到着までの三日間で、お前たちを魔塔主クラス……つまり、ウォルター・フィッツウィリアムの強さに育てる。厳しい訓練になるが疲労回復のポーションもある。────覚悟しておけ」


 三人とも、ごくりと息を呑む。指南を受けられると分かると喜びもあるが、どれほどの厳しい訓練があるのだろう、と一気に緊張の糸が張り詰めた。


「ヴィルヘルミナ。彼らを魔塔主にまで育てると? 三日で?」


 流石にバルロアも耳を疑った。魔塔主どころか、魔塔の中で上位の魔法使いとなるだけでも一朝一夕の努力では到底届かない。ましてや、育てようとしているのは優秀といえども魔法使いとして芽が出たばかりの子供たち。無理だと断じた。


 だが、ヴィルヘルミナは紛れもなく三日だと自信たっぷりに言う。


「ウォルター程度の人間ならば幾らでも育てられる。千年前と比べて世界が衰退したと感じたのは、その部分だ。育てる側の人間がいない。腕のある魔法使いがひとりいるだけで世界の均衡は変わるだろう。とはいえ、それが全てとはならない。育った者の中に新たな邪悪が生まれれば、それは世界の脅威になる」


 かつては魔導書を作り、全ての魔法使いのためになると思っていた。今でもその気持ちは変わらない。しかし、根幹にある考え方は違う。


 正しき者が正しき者のために扱う魔法であってほしい。そう願った。


「私の道を共に歩む人間は、私が選ぶ。その最初の人間がお前たちとなる。フランチェスカ。ジャック。アレックス。……此処にはいないが、カエデも」


 誇らしい。心の底から。かつて共に歩めなかった者がいる。結局、最初の弟子たちとは心が通わなかった。どこかで信じ切れなかった。全てを伝えるには不十分だと、なんとなくの気持ちひとつで連れた弟子とは、道が違えた。


 それでいい。それがいい。たとえ違ったとしても。これまではハッキリしてこなかった自分の目的が。夢が。やっと理解できた。それだけでも十分、感謝できる。ありがとうと言える。次に会ったときには笑えると確信があった。


「バルロア。お前にもこれまでは手解きをしていたが、今回の件で少し見直したよ。少しくらいであれば手合わせもしてやるが?」


 本来なら誰でも飛びつきそうな提案を、バルロアは両手を小さく挙げて、ごめんだと言わんばかりの表情を浮かべた。


「贖罪期間中だ。レオの件で被害者たちと話をすることになってね。赦しを乞うつもりはないが、かといって何もしないわけにはいかんだろう。相手が納得のいく形で話が纏まるまでは、魔法から離れることにした」


 事情が事情だ。ヴィルヘルミナも少し勿体ないと思いつつ納得する。


「うむ、そうか。ではそろそろ出航してくれ。────その瞬間から三日間、こいつらには一睡もせずに修行に励んでもらうことにするから」

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