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秘術使いの理想郷─ヴィルヘルミナの物語─  作者: 智慧砂猫


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第87話「胎動」

 言われた通りに皆がその場でやってみるも、存外に難しい。すぐさまヴィルヘルミナが、ひとりずつ指差して言った。


「フラン、お前はジョーの指導を受けているだけあって他の三人に比べれば上手いが、やはり大雑把だ。知識ではなく体で覚えるために、お前は見て学んだ方が上達が早いだろう」


「押忍! そんなら師匠にがっつり付き合ってもらうかな!」


 それぞれには向き不向きがある。フランチェスカは理論よりも実践タイプだ。何度も繰り返して学んだ方が成長性が高い。


「それからアレックス。魔力が少ないお前は工夫することを覚えろ。全てを満たせないのであれば外側だけを強靭に保てるように魔力を薄く巡らせるんだ。それでは手だの足だの、部分的に強化されるだけで身体がついていかない」


「ハハ、なるほど。キミのような発想力の高さには助けられるよ」


 魔導武拳を使う以上はリスクの高い戦い方を要求される。カウンターを主体として求められるのであれば、衝撃を緩和させて極限までリスクを減らすために、外殻となる皮膚の強度と柔軟性を高めなければならない。


「そしてジャック。お前は魔力の流れが繊細すぎて遅い。誰もが真正面から挑んでくるわけじゃないんだ、もっとスピードを意識しろ」


「あなたの身体強化が異質すぎるだけだったりしません?」


「しない。千年前の魔法使いなら理由がない限り誰でも使えた初歩だ」


 それぞれに丁寧に指摘と改善策を提示してから、最後にカエデを見て────。


「お前はやめておけ。才能はあるが向いてない」


「えっ、で、でも……! 私も出来た方がいいんだよね……?」


 不安そうな笑顔で尋ねるカエデに、ヴィルヘルミナは首を横に振った。


「確かに出来た方が良い。だが、それは同時に人形を手放すのと同じことだ。お前が練習するべきは、いかに自分と五感を直結させてもうひとつの体を操るか。他の誰にも真似できない素晴らしい技術だろう。強化するならばそちらだな」


 指を差したのは、カエデの大切にする魔導人形。通称アルレッキーノくん。


「お前の人形に注ぐ魔力の配分を変えろ。それから魔力の糸は、もっと細く強度の高さを意識するんだ。お前自身は安全な場所を探せばいい。安全な場所から五感を共有して遠隔操作を行うべきだろう。行動範囲は?」


「魔法都市だったら全域を歩き回らせることはできる、かな」


 ある程度の予測は立てていた。だが、ヴィルヘルミナの想定を大きく上回る範囲に、流石に目を見開いて驚かされる。カエデは魔力が多い方ではあるが、その独特な運用方法により本来あるべき限界を超えた行動範囲を可能にしていた。


「……ふむ、そうか。魔力の量から考えて都市内をそれなりに動けるとは分かったが、まさか全域を移動させられるとは……」


 人形師は希少すぎてヴィルヘルミナが記憶する限りでも指折りで数えられるほどだ。その中にはカエデも入っている。技術的な面では多くの魔法使いを凌駕するのは知ったことだが、カエデのそれは歴代の人形師たちを遥かに上回ったものだ。千年先にも才能の怪物がいるのだな、と嬉しくなった。


「ではやはり、魔力の糸は強度を上げた方がいい。今のままでは切れやすすぎる。遠隔操作が強みの人形師が、糸を簡単に切られましたでは話にならない」


「う、うん。それはすごく分かる。……ありがとう、私にも教えてくれて」


 カエデには師がいない。学院では三年の中でも順位が高いが、人形師であるがゆえに異質とされ、周囲の環境にも恵まれているとは言えなかった。


 なにより大きな問題だったのが、親でさえ人形師ではないこと。見知らぬ大人から譲り受けたアルレッキーノくんが最初の人形になった。


『いいかい、レディ。この人形は君にあげよう。俺は師匠になれないけれど、いつか君の本質を見抜く素晴らしい魔法使いが現れてくれるはずだから』


 庭に突然現れた魔法使いは、ただそう言って人形を置いていった。


「私、この子と出会ってから運命が変わったんだ。アルベル……ううん、ヴィルヘルミナ。あなただけが、私のことを理解してくれる。私に人形をくれた人の言った通りになったの。本当にありがとう」


 嬉しそうに微笑み、微かに頬が紅くなる。コミュニケーションが苦手なカエデなりの、せいいっぱいのお礼の気持ちが詰まっていた。


「ふむ。お前には人形師の才能があると思ったんだろうな。実際、私が知る誰よりも才能に溢れている。いったい、どんな奴だったんだ?」


「えっと……。名前を聞いたんだけど、小さい頃だからどうかな……」


 思い出そうと眉間を揉みながら、う~ん、と苦しんで────。


「あっ、そうだわ。シャーロット・ベイリーよ、内緒だよって言ってたけど」


「シャーロット……。うむ、知らん名だな。だが、千年前にジェラルド・ベイリーという人形師がいたから、もしかすると関係があるかもな」


 大して有名な魔法使いでもない。ただ数が少ないので名前を覚えていただけ。素性もよく知らないが、ヴィルヘルミナはその名前をレオニードから聞いたことがある。自らの身体を人形にした男、と。


「ま、その話はまた今度だ。各自、今伝えた通りのことを意識して訓練しておけ。フランは今回は合格としよう。私は魔塔に用があるから、また夜に会おう」


 リロイに頼んでいた調査の結果が魔塔に届いているかもしれない、と直接確かめたかった。だが、部屋を出ようとした直後に、扉は外から開かれた。


「おっと、失礼。ノックくらいはすべきだったよな?」


「ジョー? どうした、お前が此処へ来るなんて珍し────」


 懐から取り出した書簡をヴィルヘルミナに差し出す。ジョーはいつになく口数が少ない。何かあったのだろうか、と書簡を手に取った瞬間。


「────リロイの首が魔塔に届いた。警告の文書と一緒にな」

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