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秘術使いの理想郷─ヴィルヘルミナの物語─  作者: 智慧砂猫


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第85話「虚無の人生」

 決着がつき、ひとしきり泣いた後、二人はまた時計塔からの景色を眺めながら休んだ。廃都ヒュブリスに詰まった歴史にヴィルヘルミナは黙って思いを馳せた。遠い昔に最盛を誇った愛する都市。


 今に思えば、人々の行き交う姿でさえ愛しかった。誰の邪魔もされたくなければ、どこか遠い森で静かに暮らしていればよかったのだ。にも拘らず都市を選んだ。賑やかさがあった方が、どこか心が落ち着いたから。


「気付かなかったよ。私はこんなにも人間が好きで、なのに愛し方を知らなかった。愛されたこともなかったんだ。仕方ないとは言わないが、なるべくしてそうなったのかもしれない。勿体ない人生だった」


 しん、と静かになる。ジャックは横目に尋ねた。


「どんな人生を過ごしてきたのか、聞いても」


 ヴィルヘルミナは目を瞑りながら、どこか嬉しそうに「ああ、いいよ」と答えた。足をぷらぷらさせて、思い出せもしない両親の顔を浮かべようとする。


「遠い、遠い日のことだ。私が生まれた頃、両親は喜びもしなかったのを覚えている。白い髪に赤い瞳。今と同じ凶兆の証を伴って生まれてきたからか、愛情など欠片ほども注がれたことがない。むしろ疎まれていたよ」


 幸せ、という言葉が遠い人生だった。少なくとも、コミュニケーションがないだけでまともな生活は送った。魔法に触れる五歳までは。


「私は五歳になると、魔法に興味を持ち始めた。親は本でも読ませていたら大人しくしているだろうと思って、私に魔導書を与えた」


 最初の魔導書は二日で暗記した。魔法の解析と構築は完璧で、自分の体に膨大な魔力が宿っていることを理解した子供は、その日から魔法という技術に取り憑かれた。寝食も忘れるほどの没頭ぶりだった。


 それからあらゆる魔導書を手に入れては読み漁り、八歳になる頃には知識量だけでも指折りの魔法使いに匹敵する。最強の魔法使いとなっていく最初の一歩。


「────そして私の十歳の誕生日に、両親は私を殺そうとした」


 恐ろしかった。成長速度が異常な子供の存在が。何か悪いことが起こる前に始末してしまおう、と。たった十歳の子供に毒を盛った。


「……死ななかったんですか?」


「死ねなかった、というのが正しいかな。私は自分から毒を喰らったんだ」


 あらゆる魔法の実験の最中、解毒の実験もやっていた。子供ながらに恐怖心らしいものは微塵もなく、むしろ好奇心が勝ったことで蛇や虫の毒を使っての実験が、子供の身体にも関わらず強い耐毒性を植え付けた。


 結果がどうなったのかは、言うまでもない。失望が胸中で膨らみ、思考は反撃を選んだ。愛情を知らずに育った人間が、自分に敵意を向ける者への同情など持つはずもない。血の繋がった家族でありながら殺し合い、そして生き残った。


「殺したとき、何の感情も湧かなかった。咬みつこうとしてきた蛇の頭を叩き潰すくらい、当然のことだと思ったんだよ。……人間なんてそんなものだと思っていた。だが、そのうち色んな奴らと出会った。エセル。コーネル。バヌクに、レオニードも。あいつらといるときは、そう、なんとなく、居心地は良かった。今思えばの話さ。当時は考えもしなかったから、意味はないのかもしれない」


 失ったものの大きさを失ってから理解したところで、もう二度と手に入らない輝きなのだ。当時のことは、当時に終わっているのだから。


「似た者同士ですね。アタシも愛情なんて知らずに育ちましたから」


「そうかもな。お互いに、何かしらの光は見つけたようだ」


 立ちあがって、ヴィルヘルミナはぐぐっと体を伸ばす。


「そろそろ戻ろうか。いつまでも、この風景に浸っていると気が狂いそうだ。ここから出たくなくなってしまう」


「フフ、そうですね。皆さんも、そろそろ来てるでしょうから」


 結界が解けていく。空から罅割れて崩れていき、やがて世界は小さな稽古場へ帰ってきた。戦いと語らいの余韻を抱いたまま。


「────い、いたのね、二人共?」


 稽古場で人形の衣装を着せ替えてスケッチしていたカエデが握っていた鉛筆をばきっと折った。スケッチに歪な線がぐにゃりと走らせて。


「ああ、ちょっと。……あの、それは大丈夫なのか?」


「えっ。あっ、あああぁっ!? アルレッキーノくんのスケッチが……!」


「すまん。私たちがいきなり現れたせいだな」


 涙目になりながら、カエデはぶんぶん首を振った。


「ううん、大丈夫よ。また描き直せばいいから。それより、大事なことがあったんだよね? だって、結界魔法を使ってたってことでしょ?」


「ああ。私のことをジャックにも話した。理解はきちんと得られたよ」


 ヴィルヘルミナの清々しさ溢れる表情にカエデも頬が緩んだ。


「そ、よかった! ヴィルヘルミナちゃんのこと心配だったから。これからはジャックちゃんもお友達、でいいんだよ、ね?」


 思い出される数々の恐ろしいジャックの姿。不安が沸々と湧く。


「やだなぁ。過去は水に流してください。アタシは生まれ変わったのです!……まあ性格はそんなに変わってませんけど、荒っぽいことはしませんよ」


「わぁ、こんなに安心できないことってあるんだぁ……」


 仲が良いな、とヴィルヘルミナは腕を組んで満足げに頷いた。

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