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秘術使いの理想郷─ヴィルヘルミナの物語─  作者: 智慧砂猫


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第81話「寂しさ」

 納得できるわけがあるかと思う反面、納得せざるを得ない。目の前に広がる無限大にも等しい光景は理解しがたく、しかし揺さぶられる情景だ。たったひとりの人間の荒みきった世界。大切だったのに今はもう手元にない宝物を夢の中で抱き締めるように、ヒュブリスには荒廃していながら温かみがあった。


「好きだったんですね、この都市が」


 わざわざ能力も持たない結界魔法を創るくらいなのだから、さぞや愛していたのだろうと感じた。ヴィルヘルミナは遠くを眺めながら寂しそうに微笑む。


「私の全てが始まった地であり、全てが終わった地でもある。愛情を知らず、生き方を間違えた。私の周りには誰もいないと思っていた。見えていたのに、見えていなかった。……今の私は、その全てとようやく向き合えてる気がするんだ」


 まるで我が子のように世話を焼いたエセル。師匠と仰ぎ、知識と経験に向き合い続けたコーネル。拳ひとつで渡り合ったライバルとも言えるバヌク。たとえ何度の敗北を重ねても挑み続けたレオニード。彼らをなぜ、もっと大切にできなかったのか。もっと言葉を交わせなかったのか。


 遅すぎる後悔も、今は無駄ではない。何が足りず、何が間違っていたかを理解できている。感情は正しく息をして、前よりもずっと豊かな色彩でヴィルヘルミナの世界を満たす。何もかもが鮮やかだった。


「レオニードの腕を奪ったのは、奴が何十回目かの暗殺を試みたときだ。いい加減にしてほしかったから、とりあえず片腕を奪った。すると、奴は二度と現れなくなった。あのとき感じたのが、寂しさだったのだと今は分かるよ」


 何故来ないのだろう。何日も待ち続けた。片腕を落としたくらいで戻ってこないだろうか。それくらい治して来るのではないか。そう思っていた。二度と現れることはなく、再会の機会さえないままに命を落とす、その日まで。


「……あの、ヴィルヘルミナさん」


 ジャックは懐から小さな手帳を取り、差し出す。


「レオニード様の手記です。亡くなる少し前から書かれたもののようで、そこにはアルベルに対する想いを語る部分もあります」


「いいのか、私が読んでしまっても?」


 ジャックは頷く。この手記を持っていた理由は、きっと今にある、と。


 おもむろに開かれた手記を見て、ヴィルヘルミナは釘付けになった。


『本当に腹の立つヤツだった。死んだというのが信じられない。あれほど強い男が、なぜ弟子の気配を感じずに? 急に感情でも芽生えたのか? とにかく、もうリベンジの機会はないのだろう。これほど寂しいことはない。剣と魔法のぶつけ合いは、どこか心が通じていた気がする。恋焦がれた、ただひとつの奪えない命。お前が、あんなガキに殺されるなんて。お前を超えるためには、お前がいなければ意味がないというのに。こんなことなら、少しくらいは酒を酌み交わしてみるのも、悪くなかったと思えてきてしまう。我が生涯で最初の愛しき者、どうか安らかに眠れ』


 思わず笑ってしまいそうなほどの文章を読んで、ヴィルヘルミナはむしろ安堵する。出会ったときから、変わった男だという印象が強かったが、それは何も間違っていなかった。だが、しかし。そうであるからこそ救われた。


「……私は嫌われていなかったんだな」


「むしろ愛されてましたよ。些か偏愛的ではありますけども」


 ジャックはその場に腰を下ろして、足をぷらぷらさせて夜空を見上げた。


「だから、アタシもあなたを尊敬してます。レオニード様が恋焦がれたアルベルに並びたい。レオニード様の悲願をアタシが叶えようと思ったんです。どんな形であれ、アルベルよりも優れた技術を得れば並べるはずだって」


 周囲からどんな言葉を浴びせられようと、前に進んできた。学院での成績は最高。戦闘術を学び、レオニードの技術を独自の解釈でモノにした。後はどこまでも研鑽を積み、祖先が果たせなかった最強の道を上り詰めようと思った。


「そんなとき、あなたが現れた。ヴィルヘルミナさん。会ったときからただならぬ雰囲気を感じていましたが、まさか正体がアルベルだなんて……」


「はは、勝てないのも当然だったな」


 何気なく言ったことにジャックが大きな舌打ちをする。


「分かってたら、もう少し真面目にもなれたんですが」


「誰相手でも真面目であるべきだよ」


「……それはそうなんですけど! そうじゃないっていうか!」


「言い訳は結構だ。本来なら、ここで説教のひとつでもすべきなんだろうが、今は他のことを優先しよう。────私がお前を此処に連れてきた理由がある」


 仰向けにして伸ばした手。小さな光が渦巻いて集まり、弾けると杖が現れた。大きな青い宝珠を握りしめた聖樹の杖。見る者はたとえ赤子でも、その神秘に触れた瞬間に理解させられるほどの凄まじい魔力を纏っていた。


「これはトリムルティの杖といってな。あらゆる魔法に必要な魔力を半分以下にしてくれる。遥か昔は数本あった貴重な品だが、現存はこれのみらしい」


 何の意図があるのか分からず、ジャックは黙って耳を傾けた。ヴィルヘルミナが、そんな空気を察して、杖を両手に握りしめる。


「────手合わせしようと話しただろう。せっかくの機会だ、お前にレオニードが見ていた世界を体験させてやろう」

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