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秘術使いの理想郷─ヴィルヘルミナの物語─  作者: 智慧砂猫


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第80話「故郷の景色」

 ヴィルヘルミナが、黙ってしまった。レオニードの剣と聞いて、記憶の中から拾い上げた彼の姿を思い出してみる。いつも紳士を気取った格好をして剣を振り回す狂人のイメージが強く、わざわざ剣のデザインなど気にしたこともない。


 ただ、ジャックが振り抜く姿が完璧に重なった理由としてはぴったりだ。


「すまない、ちょっと見せてくれるか。本物であれば剣に文字が刻んであるだろう。アルルカンと書いてあれば、間違いなく奴の所有物だが……」


 思わず早口になってしまい、踏み込んでしまったことに恥ずかしくなる。我に返ったらごほんと咳払いをして自分の行いを省みたが、ジャックが想像以上に引いた顔をしているので戸惑った。そんなに気持ち悪かったかな、と。


 違う。ジャックが驚いて引いた理由は、もっと別の場所にある。


「なんで知ってるんですか? この刻印を知ってる人間はもう全員死んでます。近くで見ない限り、何が刻んであるかも分からない。ましてや、それが本物である証拠だと知っているはずがありません。貴重な品ゆえに盗まれないよう、そういった事実は隠されて来たんです。────いつ、どこで知ったんです?」


 知る機会はなかった。出会ったのも遠い昔ではなく最近の話だ。目にする機会は二度あったが、だからといってそれが本物の証拠であると分かるはずがない。ジャックはヴィルヘルミナの言葉にゾッとしたのだ。


「記憶を覗く魔法でもあるなんて馬鹿なことは言わないでくださいよ」


「いや、そういう魔法自体はある。使ったことはないが」


 あるんだ、とジャックがさらに引き攣った顔をする。


「あっ、違うぞ。動物で試したことはあるが人間に使ったことはなくて、それはほら、覗かれたくない記憶とかあるだろう。他人のプライバシーを覗き込むような趣味は昔からなくて……いや、何を言い訳してるんだ、私は?」


 もはや何を言っているのか分からなくなってきて、一旦呼吸を整える。胸に手を当てながら、しっかり息を吸い込んでゆっくり吐き、落ち着きを取り戻す。


「うむ。まあ、どのみち話すつもりだったから都合が良い。はやく稽古場に行こう。そこで、お前にも見せておきたいものがある」


「……? アタシの質問には答えてなくないですか?」


 前を歩こうとするヴィルヘルミナを呼び止める。剣の刻印について知っている理由をまだ教えてもらってもいないのに、先にそちらの用件は進められない。そのつもりだったが、返ってきた答えに従わざるをえなかった。


「心配はいらない。この先で、お前に見せるものが答えになる」


 確信を感じる言葉にジャックは仕方なくついていく。稽古場に着くなり、ヴィルヘルミナは広い部屋の真ん中で、困り顔で立ち尽くす少女を振り返った。


「今日からしばらくリロイは帰らない。とある事情で調査に出てしまってな。その代役を頼まれた。お前たちを鍛えるのが私の仕事だ」


 ジャックがきょとんとする。ほんの数秒して我に返り、鼻で笑った。


「いやいや。お強いのはわかりますけど、無理があるでしょう」


 圧倒的に強い。それは分かる。だがリロイは魔塔から派遣された超のつく優秀な魔法使いだ。それを差し置いて生徒であるヴィルヘルミナが指導の代役など、とても務まるわけがない。期待した分、呆れて肩透かしを喰らった気分だった。


「世迷言のように聞こえるかもしれないが、世界はお前が想像するよりずっと複雑だ。あらゆる魔法を極めた私でさえ未来の予測がつかない」


「極めたって……。あの、そもそもなんの話をしているんです?」


 突然、神託でも授かったと言いだしそうだと思うほど訝しげな視線を向ける。ヴィルヘルミナの言葉は、とても常識的なものから逸脱している。信じろという方が無理な話だ。ジャックが静かに警戒心を抱く。


「まあ、本題に入る前に、お前にも見せておこう。私は結界魔法が得意でな。既に他の仲間には話したが……お前も、こちら側と判断させてもらった」


 胸の前でばしっと固く手を組む。瞬く間に稽古場の景色はヴィルヘルミナの魔力に支配され、その空間を巨大な廃都ヒュブリスが現れる。


 美しき雲ひとつない夜空の下にありながら、ヒュブリスはまるで昼間のように明るく視界を与える。特殊な空間の中でジャックは周囲を見渡して驚愕する。結界は人間が、たったひとりで創れるはずがない。創れたとしても維持などできはしない。許容の魔力を超えれば命に係わるからだ。


 だがヴィルヘルミナはどうだ。汗ひとつ掻いていない。しかし魔力は紛れもなく彼女のもので、否定しようがない。ジャックは息を呑んだ。


「な、なんなんですか、これは……!?」


「廃都ヒュブリス。私の心象風景であり、結界そのものに能力はない」


 遠くに見える大きな時計塔をヴィルヘルミナが指さす。


「一緒に行かないか。いい景色なんだ」


 寂しそうに、そして嬉しそうに。微笑む姿を見て、ジャックは何も言葉が出てこなかった。これまでの疑問などすべて吹き飛ばすような顔だった。


 案内された時計塔は螺旋階段で頂上まで昇れる。どこまでもヒュブリスを見渡せる場所で、結界の中では風も吹かないので気楽に過ごせた。


「酷い有様だな。昔はもっと美しい都市だったんだが」


「どうして廃都に?」


「千年前に戦争で滅んだそうだ。私の故郷だったのに、寂しくなるよ」


「……故郷って。千年前の都市が、ですか?」


「ああ。滅んだ姿を見た記憶はないが。レオニードはよく生き残ったものだな」


 遠くを見つめ、思いを馳せながらヴィルヘルミナは言った。


「かつて私が暮らした世界は美しくもあり、醜くもあった。今よりずっと荒れていて、だがそれでも魔法使いたちは他人を見るより前を見て歩いた。実力主義などではなく、それぞれがそれぞれの役割に生きられた」


 視線がジャックの腰に提げられた剣に映る。とても懐かしくなった。


「あの頃の世界には、凄腕の魔法使いが何人もいた。戦い方はそれぞれ違った。魔導武拳を操るバヌク・マルス。両手に剣を持ったレオニード・バラライカ。私と同様に古くから使われてきた魔法を操るエセル。召喚魔法で精霊を操ったコーネル。私を超えようとした者は、まだ何人もいる」


 髪を指でさらい、耳にそっと掛ける。ヴィルヘルミナは、ただ黙って聞くばかりのジャックをまっすぐ見つめて名乗った。


「私のかつての名はアルベル・ローズライン。お前の祖先であるレオニードの片腕を奪った男の転生体だ。これで、少しは納得してもらえただろうか」

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