第79話「余裕をもって」
何人も犠牲がでた。それは仕方のないことだとリロイも考えている。その点に関してはウォルターと共通するところではあったが、犠牲はいつだって自分たちだ。先に同僚や部下が逝ってしまっただけで、リロイ自身もこれまで死地に赴いたことはある。皆で繋いできた結果なのだから、ここで諦めるわけにはいかない。
「僕たちがこれまでに集めてきた情報は正確なものです。彼ら邪法使いは二十人程度の規模ですが、最近になって魔物を操る秘術を持つ者が現れたようです。近々、大きな戦いが起こる可能性もありますから、追加の調査は必要だったので、ちょうど良い機会でしょう。良い報告をお待ちいただければと思います」
「期待してるよ。お前の腕は確かだ、連中にやられることもないだろうさ」
手を組んでいるとはいえ邪法使いなど統制の取れない烏合の衆、というのがヴィルヘルミナの感想だ。アライヤでさえ邪法使いとしては名が知れ渡ってるほどの実力者だというのに相手にもならなかったのだから。
「ですが、まあ、ひとまずは余裕を持って調査してみます」
「派手に動くと勘付かれるだろうしな。無理だと思ったら逃げろよ」
「ハハハ! それはもちろんですとも!」
飲み干したカップを置き、席を立って襟を正す。リロイは眼鏡の奥にある瞳を自信に輝かせながら、ヴィルヘルミナに微笑んだ。
「それでは、さっそく準備を済ませて行ってきます。ウォルターにも事情を話しておきますから、問題はありません。代理の指導員についても監督役として、誰かを派遣するように伝えておきましょう。実際はあなたが指導の仕事をするのですが」
「責任重大だな。分かったよ、任されよう」
ヴィルヘルミナも席を立って固い握手を交わす。ホールまでリロイを見送ったら、ようやく落ち着いたのか、ほっと息が漏れた。
「さて、魔導書の続きでも仕上げておこうか」
ぐぐっと背を伸ばしてリラックスする。気苦労も重なって随分疲れてはいたが、かといって眠りに就くほどでもない。退屈しのぎには丁度良い、と思ったところで玄関が開いてジャックが帰ってきた。
「あれ? 一年は授業終わったんですか?」
「ん。私はアレックスの付き添いだよ、調子が悪くなってね」
「な~んだ、そうだったんですね。てっきりサボったのかと」
「それほど気分屋じゃないさ。登校しておいてバックレたりはしないよ」
「でしょうねえ。ま、丁度いいから手合わせでもしません?」
制服のリボンタイを解きながらジャックがニヤッとする。絶対にリベンジがしたいのだろう、とヴィルヘルミナは察して付き合うことにした。
「構わないが、今度はむくれたりするなよ」
「まさかあ。もう吹っ切れましたし……何より、強くなりたいんです」
腰に提げた愛用の剣の柄に手をぽんぽんしながら。
「アタシはレオニード様を超える。生まれたからには最強を名乗りたいでしょう。────バラライカ家は闘争本能の塊みたいなところ、ありますので」
純粋過ぎる闘争への意欲。他人を傷つけることを楽しんだレオニードとは違い、ジャックは競い争うこと自体を楽しんでいる。受け継がれてきた血に混ざった感性が、より豊かな考え方を持たせたのだろう、とヴィルヘルミナも感心した。
「いいだろう。その代わり、今日は負けたら私の言うことを聞いてもらう」
「えぇっ!? それズルくないですか、この間のも本気じゃないでしょ!?」
「ならば少しは私の本気が見れると思えばいいじゃないか。悪くないだろう」
「それはそうですけどぉ……! いいでしょう、受けて立ちますよ!」
戸惑いがないと言えば嘘になるが、良い機会なのも事実。ジャックはジャックなりに技術を磨き、ヴィルヘルミナへの対策も考えた。そうと決まれば善は急げと稽古場へ引っ張っていく。
「さあさあ、行きましょう! 今日はぎゃふんと言わせますよ!」
「う、うん……。気合が入ってるのは良いことだな……?」
自信家なのか単純なのか。いずれにしてもヴィルヘルミナの勝ちは揺るがない。相手が誰であるかを知らないがゆえに、純粋なジャックを騙しているようで、どうしても申し訳ない気持ちが込みあげた。
「なあ、どうして最強に拘るのかだけ聞いてもいいか」
「え。う~ん……。やっぱり家門が家門なだけに馬鹿にされるんですよね。どれだけ実力を付けても、分からせても、皆がアタシを指差して言うんですよ。所詮は殺人鬼の娘だって。それってなんかすごくムカつきません?」
残酷な運命を背負わされた人間が辿った道は険しい。加害者である父親と被害者である母親を持ち、ただひとり地獄から生還した少女。周囲は彼女を善ではなく悪と判別した。そうするのが当たり前だとばかりに、口汚く罵って。
「レオニード様は、伝説の魔法使い、アルベルと拮抗した。なら、アタシは祖先を超えて行く。アルベルすら倒せる戦士になりたい。この剣はまさにその証。────レオニード・バラライカの代から受け継がれてきた名剣なんです」




