第78話「調査は任せてください」
魔力の器は強引に拡張すると、九割は死に至るとされる禁忌だ。安定させられるのはただひとり、ヴィルヘルミナだけだ。魔導武拳の技術の流用で他者の魔力の器に干渉する手段を得ている。フランチェスカの過剰な魔力の生成を抑えたのも、膨大な魔力と繊細な技術を持っているからこそできたこと。
それを技術も持たない人間が強引な手段で行えば、人体は崩壊する。ゆえに遺体が凄惨な姿で発見されるのも当然だ。できるはずがない。
「本来、死後に時間が経てば遺体から魔力は失われるはずだが、私の遺体に限っては状況的に魔力が残っている可能性は否定できない。なにしろウォルターが遺体処理をせずに保存したと言うのだから、記憶の抽出のために魔力が脱け出さないようにも細工してあったはずなんだ。連中は、それも含めて実験を────」
「待ってください。ウォルターの名前がなぜ出てくるんです?」
余計なことを言ったか、と手で口を押えて視線を逸らす。
少しの沈黙が通り過ぎていき、ヴィルヘルミナは口を開く。
「あれは私の弟子でな。エセルの名は知っているだろう」
「この寮の名前ですね。かつてアルベルの弟子だった……彼が?」
「奴の秘術は魂の記録を消失させず転生させること。だから私が此処にいる」
「……なるほど。それなら話は分かります。ではなぜ彼が遺体の保存を」
必要ないだろう、というのがリロイの考えだ。いずれアルベルが転生すると分かっているのであれば、転生を繰り返して出会うときを待てばいい。単純な思考をすればそれが正しい。だが現実はもっと複雑になっている。
「遺体にはあらゆる記憶が残る。ウォルターは私の遺体から記憶を抽出して、私が創ろうとしていた魔導書の代筆をしようとした。……だが、残念ながら遺体は何者かに盗まれた。幸いにも私の弟子たちが悪用を防ぐために封印術を使っていたおかげで、今の今まで平和だったが、今後はそうもいかないだろう」
解呪しようとする人間が単独ではなくなった。複数の人間が呪いを解き、魂を転移させる手段を得たときには、取り返しのつかない大惨事が起きかねない。かつて戦争が起きたように、邪法使い同士で遺体の奪い合いが始まる。場所も時間も問わず。そして遺体を手に入れた者が、大勢の命を奪う未来は、すぐそこに見えていた。
「早急に手を打たねばならん。今の私とウォルターでは考え方が対極にある。もしよければ、お前が手を貸してくれないか?」
「それはもちろん。彼とも話しましたが、僕も彼の考え方には賛同できない」
命を懸けて守るべきものを犠牲にして、その屍の上を歩こうとするウォルターの進み方にはリロイも拒絶を示す。あってはならない、と。
どうあっても、何かを解決するには何かを犠牲にする必要がある。それは理解できる。だが、人材育成を進めることが対抗策だと言われても、子供の命を軽視してまで優先すべきことではないと感じた。
「既に僕も信頼できる仲間を失っています。次は僕の番……と考えるのが筋でしょう。邪法使いの拠点については心当たりもあります」
「では、私も同行して────」
ぱっ、と手で制してリロイは首を横に振った。
「あなたほどの腕があるのは問題です。彼らの行動を抑制して、より深い闇へ隠れてしまうかもしれない。追い詰めるはずが逃がしてしまったでは話になりませんよ。彼らの動向を探る愚か者が必要でしょう?」
ヴィルヘルミナにとっては大した敵ではないとしても。邪法使いたちが繋がっている以上は、誰かが死ねば遺体は再び闇の中へ消える。確実に在処を突き止めるためには少ない犠牲で大きな情報を得るべきだとリロイは力説する。
「……うむ、そうか」
なんとなく、容認しがたい気持ちにあごを擦ったが、ヴィルヘルミナには否定する材料が見当たらない。自分が動けばどうなるかは理解している。アライヤの死は魔法都市内で起きたことだ。簡単に排除できるほど弱くはないにしても『場所が場所だったのだから、死んでも不思議ではない』と片付けられた。
だが、それ以外の場所となれば話は変わる。何人も死ねば異常事態だと察して、雲隠れされてしまう。彼らの計画に遅れは出ても、時間さえあれば、また解呪のために動くのは明白だ。それも、より慎重に。
「まあ理解はした。しかしだな、お前は魔塔から派遣されたエセル寮の指導員だろう。ここでの仕事があると思うのだが」
「ハハハ。それはあなたでも出来るでしょう?」
適当に誤魔化して代わりに指導してくれればいいとでも言わんばかりの堂々とした笑顔に圧されて、ヴィルヘルミナは言葉を返すことができなかった。
「……はぁ。わかったよ、その件はお前に任せる」
「ありがとうございます。調査の方が僕も気合が入ります」
「部下を亡くしたことに責任を感じているのか?」
問われると、リロイはカップに残ったコーヒーを飲み干してから────。
「殺したいと思うほど憎んでいます。ですが、それでは報いることにはならない。僕は、この件を真正面から解決することが弔いになると思っているんです」




