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秘術使いの理想郷─ヴィルヘルミナの物語─  作者: 智慧砂猫


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第75話「未来への価値」

 腐っても、弟子は弟子だ。自分のせいで荒んだのだと思うと胸が張り裂けそうな気持になる。千年前に大切なものに気付かず、多くのものを滅茶苦茶にしてしまった。今になって、何をいまさら。


 それでもこれからは違う。誰かの知るアルベルではなく、アルベルだった誰かとして生きていく。千年前の出来事は既に終わったことなのだ。ヴィ。ヘルミナは自分をそう納得させるしかなかった。


「僕はウォルターと少し話してから行きます。お気を付けて、邪法使いが単独で潜伏することは少ない。大抵は二人か、三人。我々が近くにいても今回のようなことがあっては対処しきれないかもしれないので」


 いくら最強の魔法使いといえども、千年前に死んだことは間違いない。最強というだけで無敵ではない。ましてや、アレックスが動けないのだから、守りながら戦うとなれば、さらに高度なことだ。無理はしないでほしいとリロイは伝え、煙が外へ逃げる空き家へ小さく駆けていった。


「……帰ろう、アレックス。今日は嫌な目に遭ったな」


 身体強化さえしていれば貧弱な身体でも人をひとり背負うくらいは簡単だ。ヴィルヘルミナはアレックスを背負って、とぼとぼ歩きだす。


「私も中々に悩みが尽きないよ、アレックス。親しい誰かと道を分かれるのは、中々に辛いものだ。それでも、あれは歩み寄ってはいけないことだと思った。誰かを犠牲にして大勢を助けよう。そのために目を瞑ろうなど……あってはならない」


 必要なのは自己犠牲だ。他者を助けるために最も重要な、自分を顧みないこと。それが全てでないとしても、誰かが誰かを(・・・・・・)助けるために(・・・・・・)自分が生き残ること(・・・・・・・・・)が正しいとはどう考えても思えなかった。


「私はキミの言うことに賛成だよ、ミナ」


「……! 起きてたのか?」


「少し前からさ。キミにはまた助けられてしまったね」


 アレックスは力の入らない体でヴィルヘルミナに抱き着く。


「かなり怖かった。誰にも助けてほしいと伝えられない状況だったんだ。あのままキミが助けに来ずに連れ去られていたらと思うと、ゾッとする」


 これまで大勢の人間が誘拐され、帰ってきたときには原形すら留めていないような遺体で見つかることばかりだった。しかし、そんな現実に触れることもなく、耳に聞くだけで自分が当事者になるとは露とも思わずに生きてきた。


 思い出すだけで気分が悪くなり、全身が震える。もし戦ったとして勝てる見込みもなかっただろうと分かる、否定のしようがない実力差だった。


「キミが何を話していたかまでは分からないけどさ。私もそう思うよ。誰かが助かるために誰かが泣くのなら、その涙は自分のものであるべきだ。犠牲には意志が伴わなければ意味がない。犠牲者の人たちに犠牲になってくれてありがとうなんて、口が裂けたって言えやしないさ」


 これまで見ず知らずに生きてきた現実の当事者となると、途端に臆病になる。アレックスは今、魔法使いになるべきなのかどうかを考えるほどに絶望している。邪法使いは強く、利己的で、救いようがない。


 だが、そんな相手に太刀打ちできない自分が何のために魔法を学ぶのか。学んだ技術も活かせない臆病者に何が成せるのか。迷いが胸の中に渦巻く。


「ヴィルヘルミナ。千年前、キミは私たち以上に命を狙われてきたんだろう。伝説の魔法使いアルベルとして」


「ああ。誰もが私の体得した秘術を欲しがった」


 秘術使いと二つ名で呼ばれるほどヴィルヘルミナには独自の魔法が多い。基本的な属性の及ぶ魔法に縛られない。召喚魔法。魔導武拳。あるいはアライヤのように影を操る魔法でさえ当たり前に使いこなす。


 知らない魔法はないのではないかとすら言われた。その度に命を狙われた。殺せば、その肉体に宿る情報から秘術を抜き出せると考えたのだ。


────そして、誰もが最強に挑んで命を落とした。


「私の秘術は誰にも使いこなせない。いや、ただの魔法でさえそうだろう」


「……キミに師匠はいなかったの?」


「いたよ。でも早くに死んでしまった。元々、病弱な方だったから」


 どちらかと言えば、ヴィルヘルミナの恩師は生活魔法に長けていた。他の魔法使いと比べて突出はしていなかったが、他にない分野として独自の技術を創り、周囲からは『無害の極み』とまで言われていた。


「哀れなものだよ。自分はそうまでして生活魔法に拘っていたのに、弟子の私は他人を殺すための、戦うための魔法ばかりを創ったんだから。……まあ、それが時代に合っていたというべきか。たかが四十年ほどの人生だったが」


「どうして生活魔法を学ばなかったんだい。平和に生きる道もあったろ?」


 う~ん、とヴィルヘルミナは少し苦笑いをしながら────。


「師は良い人だったが、当時の私は感情が乏しくてね。生活魔法などなくとも生きていけるのに、わざわざ未来を想って研究する意味が分からなかった。非効率に見えたんだよ。────それが偉業だと気付いたのは私が死んでからさ」


 水道を捻ればきれいな水が出た。温かいお湯でシャワーを浴びられた。火を使って料理が出来た。冷蔵庫を作ることで、多くの食べ物が長持ちするようになった。季節ごとに色とりどりの花が咲く。干上がった土地に雨を降らせられる。


 生活魔法は人間や、あらゆる動物の命を未来へ繋いでいく。その先駆者に倣い、今の時代では大勢の人々が生活魔法を学んでいる。千年前には想像だにしなかった世界が広がっているのを見て、それなりに感動したのを強く覚えていた。


「……そんな世界を繋いでいこうというのに、簡単に見捨てられるウォルターの価値観は既に古いものだ。そして、私にはアイツを変える術がない。魔法を作るのは得意なくせに、他人との関係を作るのは難しいな」


 情けなさもありつつ、そこに自分の成長も感じられる。ヴィルヘルミナは、以前に比べてよく笑うようになった。よく哀しむようになった。アレックスやフランチェスカ、友達を通じて、ようやく学んだのだ。感情を。


 だからこそウォルターと相容れないことに気付いてしまった。気付かなくてはならなかった。たとえ愛する弟子であり、慕ってくれる弟子であっても。その根幹にある意志の違いがある以上は仕方のないことだ。


「でもまあ、これで良かった。出会ったのであれば、いつかは別れる。それがたまさか今で、他の誰よりも早かっただけなんだから」

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