第74話「衝突」
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光を潜り、薄暗い場所へ帰ってくる。既にウォルターとリロイが駆けつけており、アレックスは保護されていた。近くの建物から見つかったのだろう、とヴィルヘルミナは安堵する。もし死んでいたらと思うとゾッとした。
「ヴィルヘルミナ!」
戻ってきた姿を見て、ウォルターが呼び捨てにするほど焦って駆け寄った。
「安心しろ、傷ひとつ付いてないよ」
「良かった。姿が見えないので心配したんです」
「私が誰かに殺されるとでも」
「まさか。あー、ところで犯人はどちらに?」
ヴィルヘルミナが首を傾げて、眉を顰めた。
「殺した。以前、そうした方が良いとお前が言っていたから」
「……そうですか、殺しましたか」
なんの罪悪感も見えないヴィルヘルミナを見て、ウォルターはホッとした。感情を強く芽生えさせ始めたので、もしかしたら後悔しているかもと不安だったのだ。そうなれば戦わねばならない状況で躊躇が生まれてしまう。どれほど人々の生活が互いの不可侵と協力で成り立っていたとしても、邪法使いには関係ない。僅かな油断が、最悪の場合は命を落とす結果に繋がってもおかしくない。争うばかりの醜い人間の思考は千年前と何も変わっていないのだから。
「私のことはいい。それよりも、アレックスの容態は?」
「急所を外して体のあちこちを貫かれていましたが、命に別状はありません」
「リロイが治療をしてくれていたようだな、礼を言わねば」
気を失っているアレックスに治療の魔法を施していたリロイが顔をあげた。
「僕こそ、ろくにお手伝いも出来ず。これくらいのことはさせてください」
「ふふ、そうか? では頼もう。大した怪我でもないようだし」
アレックスを何人もで眺めている必要はない。目を覚ますまでの少しの間をリロイに任せて、隣に立っていたウォルターを軽く肘で小突く。
「少し話がある。こっちへ来てくれ」
「……ふう。胃が痛くなりそうなのは勘弁してくださいよ」
場所を離れて、近場の空き家の中に入る。窓の外にリロイとアレックスの姿を眺めながら、ヴィルヘルミナは言った。
「アライヤ・アルチーナ。この名前に聞き覚えは?」
「あぁ、それなら邪法使いとして指名手配されています。彼女が?」
「肉片ひとつ残っていないよ。私の結界ごと潰れて消えた」
「中々グロテスクな殺し方しますね」
思わず口を押えて、おえっ、とウォルターがわざとらしく嘔吐く。
「あの女は子供だけを狙っていた。出来は悪いが巧妙に影を操る魔法を使って、存在そのものを隠せるほどの腕だ。並大抵の者ではそうはならん」
「わかります。ですから、魔塔でも指名手配を行って……」
振り向いたヴィルヘルミナがぎろっと睨む。
「それで、お前は何をしていた。魔塔でのんびりお茶でも飲んで、良い結果が伝わってくるまで椅子に座っていたのか?」
明らかな怒りだった。お前なら探せただろう、とウォルターへの強い信頼の表れでもあり、彼の明らかな怠慢を指摘する痛い言葉。
「否定できません。私がやってきたのは魔塔での他の魔法使いの育成です。彼らはあまりにも脆弱で、邪法使いのように大きな力を持たない者が殆どです。抑止力にならない。そう思って、多少の犠牲には目を瞑りました」
煙草を取り出して咥え、眉間にしわを寄せながらウォルターは息を吐く。
「正直言って、魔塔で邪法使いに対抗しうる魔法使いは数人しかいません。私を含めても、十人に満たないんです。育成は最重要課題。私はそう見ています。……この世界に産まれてから、もう何人と仲間を失ってきましたので」
多くの現実を目の当たりにしてきた。何人も死んだ。邪法使いとの戦闘になり、帰らなかった者はいくらでもいる。その屍を乗り越えて前に進むしかない。そうでなければさらに犠牲は増えるばかりだ。最小限の出来事には目を瞑り、多くを助ける術を身に付けさせるしかない。ウォルターの心は荒んでいた。
「この世界で恋人が出来たんです。可愛いくてカッコいい子でした。あなたのように凛々しい性格で、どことなく惹かれたんでしょうね。────でも、ある日。私のもとに帰って来たのはいつものクールな彼女ではなく、無惨な死体でした」
言葉にするのも悍ましい、惨い殺され方をした。そうなるだけの落ち度もないのに殺された。それは荒む切っ掛けに過ぎず、その後に何人もの同僚を失った。ほんの僅かに目を離したばかりに目の前で死なせたこともある。
「……言ったでしょう。私は優しい大人ではないのです。もう、その枠組みのにはいない。どうあれば正しいのかも分からない。あなたには優しくあってほしいと言いながら、その優しさを欠片ほども持てなくなったんです」
火を点けた煙草が、ふわりと煙を儚げに漂わせる。ウォルターの精神は限界に近い。むしろ壊れていた。ヴィルヘルミナの存在が、かつての師の存在が、彼の砕けた心を取り繕った。ただ、それだけなのだ。
「あらゆるものごとを効率で見ていた頃のあなたにソックリだ」
「それが間違っていることは、既に理解しているものだと思ったが?」
「だとしても、私の仲間は帰って来ない。であれば効率を重視するほかない」
「……そうか。わかったよ、お前の考えはよく理解できた」
ヴィルヘルミナは、できれば力を貸してほしかった。未来の自分が創る世界のために。だが、今のウォルターに賛同は得られない。形だけでも協力してほしいとさえ思えないほどに弟子を愛せなかった。
「それで自分と同じ痛みを他人に背負わせるのが効率と呼ぶのであれば、もうお互いに違う道を生きよう。私の抱いた夢に、お前の思想は必要ない」
これ以上は話すだけ意味がない、とウォルターを見もせずに空き家を出た。今は顔を見るだけで腹が立ちそうなくらいに嫌な気持ちだった。
「(再会できたときはあれだけ嬉しかったのに……。私も、お前も。何かが変わってしまうには十分すぎる時間だったのかな……?)」
近くて遠い心の距離に腹立たしさと悲しさが押し寄せた。どこまでも痛む胸の奥。愛した弟子と袂を分かつ瞬間は、永遠に記憶に刻まれる。これが最善だと、互いに干渉をしないことが、最も良き道だと分かったから。
「リロイ。アレックスは?」
「眠っています。治療は終わりましたけど、連れて帰りますか?」
ヴィルヘルミナはこく、と小さく頷く。
「私が背負っていく。……ウォルターのこと、よろしく頼む」




