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秘術使いの理想郷─ヴィルヘルミナの物語─  作者: 智慧砂猫


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第73話「仮初の希望」

 決して触れてはならないものがある。決して侮ってはならないことがある。魔法使いの争いは、常に一瞬の油断と傲慢が命を奪う。


 命の天秤は緩やかに死へと傾いていく。女は今まさに、ギロチン台にいるのと変わらない。生殺与奪の権利は既にヴィルヘルミナにあった。


「……アライヤ・アルチーナ。それで、知ったら解放してくれるの?」


「質問は終わらない。罪の糸は決して切れない」


「あら、じゃあ答える意味なかったわね」


「まさか。命は繋いださ、少なくとも今の一瞬だけは」


 ヴィルヘルミナは動けないアライヤに、ぐっと顔を近づけて、鼻が触れ合いそうなほどの距離に詰めてニヤリと笑う。


「質問に答えろ。お前の命を繋ぐのは、ただそれだけだ」


「……ハッ、ガキが。私をナメすぎじゃない?」


 アライヤが僅かに視線を落とす。その先にあるのはヴィルヘルミナの影。わざわざ予備動作などなくとも、影を操る魔法は使える。隙を逃さず、背中から串刺しにしてやろうとした────瞬間。


「小細工を弄して勝てると思ったか」


 実体化した影は、ヴィルヘルミナに触れるか触れないかのぎりぎりで尖端を留め、ボロボロと剥がれ落ちるように崩れた。背中に目でもついているのか、とアライヤも流石に冷や汗がどっと溢れだす。


「見え透いた三流のやり方だ。私の影を操るには千年早かったな」


「こ、この……! このクソガキ……!」


「口の利き方には気を付けろ、二度は言わんぞ」


 顔をぎゅっと鷲掴みにする。見開かれた眼の鋭い殺気は、背筋を凍りつかせた。


「顔が蒼いな、小娘。今まで命を奪う側に立っていたせいで感覚が麻痺でもしていたか? 愛らしい兎を狩ることばかりで、狩られる側になるとは思わなかったらしい。だが諦めろ。勝てるはずだったと言い訳をしても、現実は覆らない。泣き喚いて必死に謝罪の言葉を口にしたとしても、誰もお前を許さない」


 パッと手を放して、ヴィルヘルミナは嘲りを多分に含んだ微笑みで言った。


「よくもまあ強気でいられるものだ。それなら────お前も恐怖を味わいながら死んでみるといい。今まで殺した子供たちのように」


「は……何言って……えっ……?」


 ぷつん、と手足の糸が切れた。それと同時に力が上手く入らず、アライヤは地面に倒れた。指が繋がっている感覚はある。だが動かない。足もそうだ。動けない。糸が切れたことで、何かが奪われたと理解した。


 身動きが取れず、怒り任せに見あげたヴィルヘルミナを罵ろうとして、今度は舌に繋がっていた糸がぷちっと切れる。舌が動かせず、言葉が綺麗に出て行かない。舌足らずの声が、必死に何かを叫んだ。


「よく喋る虫だ、滑稽だな。……さて、それでは少し解説をしてあげよう。哀れなお前のために、私が話してやるから騒がずに、よく聞くといい」


 目の前で膝を突き、アライヤを見下ろす。誰かを殺す人間はどこまで行っても自分を悪人だとは思っていない。自分なりの正しさで生きている。だから殺すことは平気だ。泣き叫ばれても心が痛まない。ヴィルヘルミナは、かつて自分がそれに近い生き方をしていたからよく分かる。アライヤはもっと醜悪だ、と。


「此処には誰もいない。お前と私以外は、誰も。なぜだか分かるか?」


 アライナは、やっとそのとき気付く。ずっとヴィルヘルミナにばかり意識を割いていて時間が掛かった。日の当たる場所にいながら。轟音が響きながら。町が破壊されながら。誰一人として事態を知らないかのようにやってこない。


────違う。誰もいない。さきほどまでは人で溢れていたはずの魔法都市に、人の姿はひとつもない。あるのは無機質な生活の空気のない街並みだけだ。


「最初に使った、お前が失敗したと言ったのは結界魔法だ。私の魔力によって定められた範囲の中を読み取り、模倣された魔法都市のレプリカの中に閉じ込めた。外部との連結は術者である私によって出入りが自由に行える。ただし難儀な結界なもので、魔力が減ってくると範囲も狭く小さくなり、外へ出なければ結界と共に消える。結界という絶対の領域の中で迫りくる壁に骨を砕かれ、肉を潰される」


 ヴィルヘルミナは立ちあがり、背を向けて歩き出す。行く先には光の扉が現れ、潜り抜ければ結界の外だ。アライヤも這い図って必死に追いすがった。扉はすぐそこでも、這っては中々に辿り着けるものではなかったが。


「猶予をくれてやろう。私が外に行けば、結界は徐々に縮小されて最後には消滅する。もし出られたら、お前の勝ち。その前に領域が閉じれば潰されて死ぬ。いずれにせよ、お前次第だ。────せいぜい頑張れよ」


 ヴィルヘルミナが光の向こうへ消えると、僅かな揺れが起きる。結界の縮小が始まった。必死になってもがくが、思ったように体は動かない。まっすぐ行こうとしても、ただの肉の塊になった手足が邪魔をする。


「(ああああっ!! なんで魔法が使えないのよ、さっきの糸のせい!? あのクソガキ、私をこけにしやがって……! 絶対に出てやる、時間はあるんだ、急げ急げ急げ……!)


 どれほど冷静でいようとしても焦りは消えない。揺れが大きくなり、建物も崩れ始めた。アライヤはとにかく出口を目指した。光は目の前。なのに遠い。崩れた建物の破片が飛んできて、頭や体にぶつかる。痛い。何度か目を瞑り、歯を食いしばって痛みに耐えながら進んだ。引き摺った体は既に血だらけだ。


「(死んでやるものか、あのすかした顔をぶん殴ってやる! 私の、私の大切な実験が……上手くいくはずの実験が、ここまでなんて!)」


 すぐ傍の建物が倒壊して砂煙が舞う。目を瞑って顔を伏せた。


 だが、突然の激痛に目を見開く。倒壊した建物の瓦礫が転がったことで、動かない足を押し潰したのだ。動かずとも感覚のある足に走った苛烈な痛みに唇を噛み切ってもなお耐え切れずに叫び声をあげた。


 あまつさえ、瓦礫は重く乗ったままで身動きがとれなくなった。


「あぁ、あぁあ……! そんあ……そんあぁ……!」


 結界が縮んでいく。道が消え、空は迫り、世界が圧縮されていく。足を引きちぎってでも助かろうとして前を見たとき、収縮する世界にかき消され、扉が消えていくのが見えた。自分の努力が無意味だと分かったのは、最後にヴィルヘルミナが放った言葉を振り返った瞬間だった。


『もし出られたら、お前の勝ち。その前に領域が閉じれば潰されて死ぬ』


 ああ、誰が出られると言っただろうか。出られたら、と言ったのだ。光の扉が潜れるものだと思っていたが、違った。選択を誤った。焦り過ぎて他の手段など考える余裕もなかったから。────最初から出口なんてなかった。

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