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秘術使いの理想郷─ヴィルヘルミナの物語─  作者: 智慧砂猫


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第71話「焦燥」

 自信満々に腕をバシッと叩いてアピールするジャックに、そうあることを祈るとヴィルヘルミナは笑いかけた。最初は険悪だったが、稽古場の一件の後、自室でゆっくりと話をして打ち解けられた。


 なにしろジャックは魔法使いマニアで、歴史に殆ど名が残っていないような魔法使いについても詳しく調べてある。千年前のアルベルと周囲の人物から、つい百年前の高名な魔法使いまでずらりと名を挙げられるほどだ。


 また帰りに話でもしようと別れて、ヴィルヘルミナは校舎に向かう。結局、あとからアレックスが追い付いてくることはなく、何となく寂しい気分のままホームルームが始まった。遅刻癖は今に始まったことではないので、あと数分もしたらやってくるだろう、と頬杖をつきながらぼんやりと外を眺めた。

────アレックスは登校してこなかった。


「(アイツ、遅刻どころか欠席だなんて。今朝は元気そうだったんだが)」


 心配に思いつつも、授業が始まり、意識の隅に追いやった。なのに、一限目、二限目と過ぎていってもアレックスが現れず、段々と心配がイライラに変わる。気になって仕方ないのだ。授業が終わるなり、ヴィルヘルミナはすぐに教壇でプリントの整理をしているウォルターに声を掛けてアレックスが体調を崩していないかを尋ねた。何かあったのなら看てやりたい、と。


 だが、帰ってきた答えは予想外なものだった。


「リロイからの連絡待ちです。今朝は寮を出たところまではフランチェスカさんとカエデさんが見ていたそうなんですが、そこから行方が分からないそうです」


 唖然とした。ウォルターも、どうなっているのかと難しい顔をする。


「行方が分からないってどういうことだ」


「それが分かっていれば私も頭を抱えたりはしませんよ」


 がっくりと肩を落として深いため息を吐く。ただどこかでサボっているだけの可能性も捨てきれず、授業を疎かにはできないとは思いつつも、ウォルターとて生徒の安否で頭がいっぱいだ。


「最悪の場合、邪法使いに誘拐された可能性もあります」


「……そのときはどうなる。もちろん探すんだろう?」


「ええ、当然。ですが私が言いたいのはそうではありません」


 これを言っていいものかどうか、と眉間にしわを寄せて真剣な眼差しを向ける。ウォルターは、それがヴィルヘルミナの行動を大きく変える理由になると思った。かなり荒っぽい意味で、だ。


「邪法使いに誘拐されていた場合、生きていたら奇跡だと思ってください」


「これまでにも誘拐はあったんだろう。見つかった生徒の状態は?」


 目に明らかな怒りと焦りが滲んでいる。こうなっては何を言っても無駄だ。素直に伝えるしかない、とウォルターは唇の端をぐっと噛んだ。


「最もひどいケースで、とある女子生徒が全身の皮膚が蕩けて原形を留めていませんでした。魔力反応が残っていたので、なんらかの実験に使っ────」


「早退する」


 最後まで聞かずに、ぴしゃりと言って荷物も持たずに教室を飛び出す。途中、呼び止められる声が背中にぶつかったが、振り向くことはなかった。


 不安と焦燥に駆られてエセル寮に戻ったとき、いつもと違う空気を感じてゾッとする。なぜ誰も気づかないのだと思うほどの黒い魔力の痕跡が漂っている。誰かが入り込み、音も立てずにアレックスを連れ去ったのだ。


「ヴィルヘルミナさん。戻られたんですか?」


「リロイ。お前はここで何をしている」


「それは調査ですが。アレックスさんの部屋は特に異変もなく……」


「違う! これほどの魔力の痕跡があってなぜ気付かないと聞いてるんだ!」


 怒鳴られて、リロイはぐっと押し黙った。そして、同時に驚きもした。


「すみません、僕が不甲斐ないばかりに」


「……怒鳴って悪かった。どうしても落ち着いていられなくて」


「お気持ちは分かります、御友人のことですから。ですが、」


 周囲を見て、リロイが複雑な表情で首を傾げる。


「魔力の痕跡など僕には微塵も感じられません。おそらく認識阻害の魔法が掛かっているのではないかと」


「それなら私が感知できているのは、おか……し、い……?」


 そう。おかしい。だから強い違和感を覚えた。自分にだけ知覚できるわけがない。何か理由がある。見落としがある。ヴィルヘルミナはしばらくの思考の末に、リロイに尋ねてみた。


「フランチェスカたちも気付いている様子はなかったのか」


「ええ。尋ねましたが、それらしい話はしていませんでしたよ」


「……そうか。どうやら、私が焦り過ぎていたようだな」


 ふう、と息を吐いて呼吸を整える。状況は把握した。追い詰める方法も。


「お前の言う通り、おそらく認識阻害の魔法が使われたのだろう。そして、その対象を絞っている。────私のような子供を誘い込む(・・・・・・・)ための罠だ(・・・・・)


 リロイほどの魔法使いが気付けない認識阻害の魔法を使っておきながら、魔力の痕跡を堂々と残していくなど詰めが甘すぎる。ともすれば、理由は明白。魔力の痕跡をわざと残して子供にだけ見えるようにすることで獲物を選別し、緩やかに誘い込み、捕えてしまう。子供は経験の浅さから慎重さに欠けた。最も若い新芽はなおさらだ。先にあるのは蜘蛛の巣だとも知らずに、その痕跡を追い掛ける。


「狙いは一年の最も若い子供。エセル寮なら質の良い餌があるというわけだ。リロイ、お前はウォルターにこのことを伝えておいてくれないか」


「わかりました。ですが、あなたは……」


 瞳には憎悪が煮え滾っている。自分の大切な友達に、感情をくれた仲間に手を出した者を許すわけにはいかない。許してはならない。


「私は、この痕跡を追う。誰に罠を仕掛けたのか、思い知らせてやらねばならん。────たとえ殺してでも、な」

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