表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
秘術使いの理想郷─ヴィルヘルミナの物語─  作者: 智慧砂猫


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

70/96

第70話「良くないうわさ」

 抵抗しなかった。何度も刺された。それでも手は出さなかった。殺されるなら仕方ない。殺されるだけの理由があった。殺されても良かった。それが弟子によるものであれば、なおさらに認められた。諦められた。受け入れられた。────なにより、救われた気分だった。


「アルベルはコーネルという弟子に殺された。だが、それで良かったと思った。周囲から向けられ続ける刃に心を病んでいた。魔法の研究を続けられなかったのは残念だと思いながら、ずっと胸につかえていた夥しい数の死の苛みから解放されたんだ。血塗れの手で続ける魔法の研究は、どこか息苦しかったのを覚えてる。向けられた最後の言葉は『ほんの少しでも優しい心があれば』というものだった」


 アルベルに、優しいという言葉は理解できなかった。その優しさを向けられないまま育ってきたから。大人になっても、多くの人間が命を奪おうとした。魔法の研究を横取りしようとした。その度に殺し合いになり、何人も葬ってきた。


 優しさなど、感じられるはずがない。そうするしかないから殺してきた。正しくないことは分かっていても、その選択肢以外がなかった。逃がせば、また襲ってくる。何度も、何度も、何度も。


 そのせいで、本来であれば心を許していた者たちにまで冷たくなった。エセル。コーネル。バヌク。レオニード。彼らに、なんと謝罪をすればいいのか。今になって理解した優しさと温かさに、どう報いれば良いのか。


「ジャック。これは関係ない話だが、重ねてきた後悔は、そう簡単に降ろせるものではない。お前は若いんだから、優しい人間になりきれないのであれば誰かを参考に真似をしてみるといい。私のように手遅れになってはいけない」


 溢れ出す後悔に、胸がぎゅっと締め付けられる。自分だけが、こうも幸せで良いのだろうか。そんなふうに思ってしまいそうだった。


「ふふ、まるで自分のことみたいに話すんですね。そんなに立派な夢を?」


「どうだかな。いつかお前にも見れるといいな」


「あははっ、そうですね! それにしても……皆さん遅いですねぇ」


 まったく追い付いてくる気配がないので、ジャックが歩きながら振り返る。ヴィルヘルミナが肘で小突いて前を見るように促す。


「気にしなくていい。遅いときはとことん遅いんだ。あれで認定戦をよく勝ち抜けたなと思うよ。それだけ魔法には真剣なんだろうな」


「才能がある方はマイペースでいいですね。こっちは努力してるのに」


 ぶー、と頬を膨らませて不満を漏らす。


「お前も十分に才能がある。そもそも、努力できる奴というのは才能があるものだ。どれほどの時間が掛かっても最後までやれる奴だけが前へ進めるんだよ」


 ドロップアウトする奴のどれだけ多いことか。どんな魔法を学ぶにしろ、最後までやり遂げられる者は少ない。自分には才能がない、時間が足りない、自分よりも適任がいる。そんな言い訳を並べて平凡な道に縋り、大した夢も持てないまま生きていくのが魔法使いを諦めてしまった人間の行く末だ。その中でジャックは自身の環境に負けず邁進を続けている。決して簡単ではない。


「年下の子とは思えませんね、ホントに。それだけ強いと自信もつくものなんですかねぇ。……そういえば、強いというと最近のうわさ聞きましたか?」


 他人の話には疎いヴィルヘルミナが首を傾げた。


「うわさってなんだ、また認定戦みたいな大会でもあるのか」


「違いますよぉ。魔力の質が高い子を狙った誘拐が相次いでるって話です」


「例の邪法使いとやらか。まだ捕まっていないんだな」


「ええ。この町も万全じゃないんだそうで、あなたほどなら狙われやしないかと」


「……別に、狙われても返り討ちにできると思うが」


 堂々と言い放つヴィルヘルミナに、ジャックがやれやれと肩を竦めた。


「あなたは確かに強いですけど、所詮は学生ですよ。あっちは経験豊富な大人。魔塔の冠位五名がいて、なおも見つからないんですから」


「ん? 冠位って言うと、審判団の奴らみたいな?」


 もの知らずが過ぎやしないかと心配すら覚える。しかし、これは自分が知識でヴィルヘルミナに勝てる点ではないだろうか、と急に得意げになった。


「まったくもの知らずさんですねぇ。アタシが教えてあげましょう。魔塔の冠位、とはずばり! 魔塔の中でも選ばれた最も優秀な魔法使いを指します!」


「……お、おお。それで?」


 仕方ないから聞いてやるか、と話を振るとジャックが嬉しそうに続けた。


「冠位は五人しか選ばれないんです。その栄誉に輝ける魔法使いは、いわば現代最強クラスと言っても良いでしょう。中でもウォルター・フィッツウィリアム教授は魔塔主もされており、実力は申し分ありません。魔塔主になったのは十九歳のときで、学院を卒業してすぐです。アルベルの再来とまで言われた大天才なんですよ」


 ヴィルヘルミナは噴き出しそうになり、咄嗟に顔を背けて口を押えた。ぷるぷると全身が震え、必死に笑いを堪える。いったいそれを言われたとき、彼がどんな気持ちだったのかを考えるとより面白かった。


「こ、今度、本人にも……ぐっ……ふふっ……聞いてみるよ……!」


「何がそんなに可笑しいんですか」


「いいや、なんでも……ふふっ、ははは! 駄目だ、我慢できん!」


 絶対に何とも言えない苦い表情で必死に笑顔を作ったに違いない。想像するだけで腹がよじれそうになり、我慢できずに笑いだしてしまう。ジャックが不思議なものを見つめる目で首を傾げつつも、話は続けられた。


「なんで笑ってるかよくわかりませんが……冠位の二人目はジャクリーン・ラッセルさんですね。魔塔の副塔主で盲目の魔法使いですが、魔力を可視化できる特異体質らしくて、目が見えなくても誰が近くにいるかとか分かるらしいですよ」


「へえ、魔力が視えるのか。どの程度?」


 ジャックは質問されて、悔しそうに首を横に振った。


「誰も知らないらしくて調べられなかったんです。そもそも経歴自体が訳の分からない方でして。ある日ふらっとやってきて、魔塔主になったと思ったら、目が見えないからと言って席を降りたんだとか。それで後任を探していたときに魔塔の試験に首席合格したウォルター教授が、異例の実力で魔塔主に認められたそうです」


 ふと。ヴィルヘルミナの笑い声が止んだ。


「……あの女、どうも好かん」


「えぇ、なんでですか。すごく立派な方じゃないですか」


「偽善者は常に善人面をしてるものだ。見た目に惑わされるなよ」


「毛嫌いする理由が分かりませんよ。もしかして嫉妬ですか。綺麗ですもんねぇ」


「そういう見た目には興味ない。ただ、なんというか……いや、やめておこう」


 ただの直感。どうにも近寄りがたい、嫌な雰囲気が漂っている。いくつもの人間の悪意に触れてきたヴィルヘルミナだからこその感覚。あれは信用できない。頭の中で警鐘が鳴った。気を許すべきではない、と。


「まあ、なんでもいいが、お前も邪法使いには気を付けろ。エセル寮に入れただけでも連中は目を付けているはずだからな」


「ふふん、もちろんですとも。アタシだって簡単にはやられませんよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ