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秘術使いの理想郷─ヴィルヘルミナの物語─  作者: 智慧砂猫


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第69話「普通の人」

 ジャックの両親は既に亡くなっている。悪いことを聞いてしまったかとヴィルヘルミナが申し訳なさそうな顔をすると、ジャックはけらけら笑った。


「気にしすぎですよぉ。どうせ大した親でもありませんから」


「仲が悪いのか?」


「どちらとも言えませんね。まともじゃなかった。アタシも含めて」


 バラライカ家の始まりはレオニード・バラライカにある。戦闘狂だった男は、いつしか恋をして、子供が生まれ、争いごとから遠く離れていった。しかし、残念ながら、その本質は子々孫々へと呪いのように継がれてしまった。


 やがてジャックが生まれた頃、父親は狂気に呑まれた。平和な時代が訪れ、魔物ばかりを相手にするのに辟易とし始めた頃、家族に手を掛けた。最初はただの事故。ちょっとした言い争いから癇癪を起してジャックの母親を殺害。それから従者も友人も問わず殺すようになった。ジャックだけを除いて。


「────自分の後継者だからか、血の繋がった我が子だったからなのか。アタシのことだけは殺せなかったんでしょう。血の海の中で、アタシだけが生きていました。そして傍には、自分の首を切り裂いた父が遺書と共に眠っていました」


 国から慰問という形でジャックは爵位をはく奪されなかったものの、経済的な理由もあって爵位など意味を成さず、財産は叔父夫婦に奪われた。魔法学院に入ったのも厄介払いに近く、三年も顔を見ないで済むとせいせいすると言われた。


 気にはならなかった。ジャックも彼らが嫌いだったので、顔を合わさずに済むならそれが良かった。もし次に顔を合わせれば────。


「お前、じゃあ卒業したら魔塔に入るのか?」


「そのつもりです。叔父夫婦に会えば、多分殺してしまいますから」


「……だろうな。お前もレオニードの血が濃いようだし」


「似ているのは光栄です。強いというだけでアタシの憧れですもの」


 千年前、レオニードは最強の魔法使いアルベルに挑み続け、最後まで生きた。片腕を落とされたのを機に姿を現さなくなったのは、これ以上挑んだとしても、相手にすらならないと諦めたからだ。


 レオニードにとっては永遠の傷。だが子孫であるジャックにとっては、これ以上ない誇りなのだ。最強の魔法使いに認められた、それだけで。


「アルベルが憎いだろうな。お前の祖先の腕を切り落としたんだから」


「あはは、まさか! むしろ尊敬してますよ。魔法使い全ての憧れですよ!」


「……あの男の、どんなところが?」


「そうですねぇ。やはり強さは外せないですが……」


 う~ん、と顎に指を添えて真剣に考えるジャックは、ぽつりと。


「知れば知るほど普通の人なんです、アルベルって」


「あの、何に対しても興味のないような人間が?」


 自分のことながら、口にしてみるとなんとも虚しい気分になる。かつての自分が憎いのはヴィルヘルミナ自身で、振られたジャックはまるで違った。


「アタシは、あの人が優しい人だったんじゃないかなって思うんです。歴史書を読めば、皆が冷たい人だとか書いてるんですけどね」


「ああ。誰もがそう言っている。お前はどうして違うと?」


 不思議でならない。アルベルはろくでなしの人間で、結局、何もかも空っぽの人生だった。そう思っていたから。事実、弟子であったウォルターですら感じたことだ。優しさがあれば、と。


「本人も周りも気付かなかったんじゃないですか。あまりに完璧すぎて遠い存在だから、理解できなかったんだと思います。その人の本質を見ていなかったんですよ。アルベルはすごい奴だって、彼を孤独にした周りのせいなんじゃないですかね。レオニード様は、それが本気で嫌だったみたいですから」


 ヴィルヘルミナ嵌めを丸くして驚き、冷静さを忘れて勢いで尋ねた。


「あのレオニードが? なぜ嫌がったんだ?」


「アタシのトランクの中にあったんです。レオニード様の手記が」


 屋敷を追い出されたときに持たされた、唯一の心の在処。叔父夫婦もまったく心がないわけではなく、バラライカ家の遺産を横取りはしたものの、いくらかはジャックの荷物だと言ってトランクに詰めて渡した。


 レオニードの手記は、その中にあった。なぜ入れられたのか、理由は分からない。叔父夫婦に尋ねてみても『そんなものは知らない』と返ってくるだけで、買ってもらえない本の代わりに何度も読んできた。


 その一説にあったのがアルベルに対する記述だった。


『ああ、アルベル。あなたが死んだのが悲しい。アタシの渇きを癒してくれた好敵手。優しさを理解されない獣。なぜ沈黙し続けたのだ。その手が血で汚れていたからか。あなたほど純粋な者はいなかっただろうに』


 ジャックは、その言葉を暗記していて、歌うように軽やかに言った。アルベルの人柄が、それだけでも分かるという。心なき獣なのではなく、理解者がいなかった。理解しようとする者がいなかった。最強の肩書を背負わされた魔法使いは、最期まで弟子にさえ理解してもらえなかったのだと思える言葉だった、と。


「だからアタシは尊敬するんです。祖先が敬愛したアルベルという人を。その魔法使いの強さを。……アタシはまだ誰かに優しくできる人間じゃないから」


「アルベルは、お前が思うほど高潔な人間ではないさ」


 くすっと笑ってジャックは寂しそうな顔をするヴィルヘルミナに言った。


「まるで会ってきたみたいな言い方ですね。話す夢でも見ましたか?」


「ああ、酷い夢だった。教えてやろうか、悪夢の内容を」


「興味ありますねぇ。あなたみたいな人が見るんですか、悪夢なんて」


 茶化したつもりが、ヴィルヘルミナは遠く想いを馳せるような目をして────。


「すごく嫌な夢だったよ。今の幸せを噛み締められるほどに」

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