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秘術使いの理想郷─ヴィルヘルミナの物語─  作者: 智慧砂猫


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第68話「なごやかな談話」

◇◇◇




「アタシたちの夏の体育祭が始まる」


 朝食の席でフランチェスカが気合に染まった瞳を輝かせた。エセル寮では、互いの関係を構築するために生徒五名と特別指導教諭が席を同じくする。そんな場でのフランチェスカのひと言に、ヴィルヘルミナが首を傾げた。


「……夏の体育祭?」


 行事にまったく興味がないため、既に告知されていたが聞き流し、プリントも配られていたのだが、すぐに丸めて捨ててしまって初耳だった。


 そこへ年長のジャックが水で喉を潤してから、口を挟む。


「アタシたち魔法使いは基本的に研究ベースでしょう。実践と言えども、その場から動くことは殆どない。つまり消費カロリーが少なく、運動不足気味です。なので年に二回の体育祭が設けられているんですよぉ」


 戦闘術コースを選んでいない生徒の殆どは勉強だけしていれば何とかなる、と思っている者も多い。だが魔塔では昼夜を問わず長い時間を研究に費やすので、やはりそれなりに体力も必要となってくる。いくら身体強化で運動性能を高めたところで疲労だけはどうにかできるものではないのだ。


「疲労回復の魔法薬を作ればいいんじゃないのか?」


「それじゃ意味がないよ、ミナ。ただの体力の前借りみたいなものだからね」


「ふむ……。まあ言いたいことは分かるが、何をやるんだ」


 どうせ体育祭と言っても魔法に関することに違いない、と適当にやるつもりだったヴィルヘルミナを見て、アレックスはニヤッとする。


「そりゃもちろん、障害物競走にリレー、借り物競争。玉入れとか。例年の通りなら魔力の使用は禁止。純粋な体力勝負というわけだね」


「待て。おい、待て。魔法学院で魔法関係ないのか。駄目だろうそれは」


 焦るのも無理はない。ヴィルヘルミナの身体強化は通常とは比べ物にならないエネルギー効率のため、運動の必要がないがゆえに身体は華奢で、魔法がなければどこにでもいる細身の少女だ。運動はしたくない。心の底からの拒絶があった。


「だ、だ、駄目だよ、ヴィルヘルミナちゃん。たまには動かないと……。わ、私でも毎日、夜には軽くトレーニングしてるよ?」


「だってやりたくないから……。なんて無駄な行事なんだ……」


 大人たちの自己満足な行事でしかない、とうんざりする。そもそも暑い夏にわざわざ動こうというのが理解できないし、する気も起きない。はあ、と大きなため息を吐くとリロイがトーストを齧りながら、フフッと微笑ましそうに見つめた。


「これも必要な行事なんですよ、ヴィル。あなたと違って、多くの魔法使いの方々は、僕も含めて自分の疲労度合いまでコントロールできるほど万能ではないのです。というより、そんな魔法があること自体が知られていません」


 今はないのかという驚きよりも腹立たしさが僅かに勝ったのか、ヴィルヘルミナが不満げな顔をしてウィンナーの刺さったフォークを握りしめた。ぐるる、と唸って文句を言う小犬顔は、怖いというよりは愛らしい。


「まーまー、いいじゃねーか。まだ二ヶ月先の話だぜ?」


「体力作りには慣れないとミナも苦労するよ。これから先、何があって魔法が使えない状況に陥るか分からないんだから」


 フランチェスカとアレックスに説得されると、ヴィルヘルミナはしゅん、と萎んでしまった。昔から運動は大嫌いだ。だから魔法を極めてきたのに、今さら動けと言われるとは思っていなかった。


「アタシも頑張るべきだと思いますよ。チーム分け、今日発表でしょう」


「おう、三つのチームに分かれるらしい。アタシらは一緒かな!?」


 期待の眼差しを向けられたリロイは、飄々とはぐらかす。


「どうでしょうねえ。組み分けするのは僕の仕事じゃありませんから、まずは登校して頂かないと。それでは、僕は一足先に。お仕事がありますので」


 さっさと席を立って、リロイは彼女たちの指導にあたる午後まで、魔塔で研究に尽力する。時間に余裕がありそうでスケジュールはぎっしりだ。


「なあなあ、ジャック。リロイ教授ってなんの研究してるか知ってる?」


「なんでアタシに振るんですか……。あなたと仲良くした覚えないんですが」


「冷たいこと言うなって。ヘルミーナとは仲良くしてたじゃん」


「それはあなたと関係ないでしょう。ヴィルはいいんです」


 つんとした態度に負けじとフランチェスカが寄っていく。見かねたヴィルヘルミナが、水をぐいっと飲み干してコップをテーブルにごん、と置いた。


「うるさい。私は先に行く」


 朝食も済み、事前に用意の済んでいた鞄を片手に食堂を出た。


「あっ、待ちたまえよ、ミナ。私を置いていかないで」


「絶対に嫌だ。お前に合わせてると遅刻する」


「えー! わかったよもう、すぐ用意するよ。追いつくから行ってて!」


 のんびりでマイペースなアレックスは、いつも準備が遅い。朝食にも時間をしっかり掛けて、新聞を読み耽り、いつも十五分遅刻する。ホームルームに姿がないことのほうが多い。わざわざ付き合っていたら一緒に遅刻してしまう。


 だから相手にせずに先に出て行くのが正解。そうすれば、意外にもきちんと準備を済ませて出発してくれる。道中、延々と話すのは耳が痛くなるのだが。


「アタシも出ます。一緒に登校しましょ、ヴィル」


 同じく鞄の用意をしていたジャックが追い付いてきて並んで歩く。


「……言っておくが、もう大した話はないぞ」


「はは、いいんですよぅ。知りたいことは知れたので」


「じゃあなんで今も付き纏ってくるんだ。私のことは嫌いでは?」


「ライバルかなとは思ってますよ。でも嫌いではないです。最初からね」


 レオニードについて知ってる話は、本当に殆どなかった。どんな人間かは知っていたので、とりあえず自分の経験談をそれとなく他人事のように伝えると、ジャックは思いのほか食いついた。それ以来、ずっと今の調子だ。流石に何人もくっついてこられるとヴィルヘルミナも少し辟易とした。


「しかし、バラライカの家が存続してるとはな。千年前からよく生き残ってたものだ。ひどい戦争もあったはずだが」


 戦闘狂が子供を作っていたことも驚きだ。その家が千年も続いているのも、あまりに信じられない。よほどの聖人が救いを与えたのだろうと感心する。ゆえに今も続いている家門なのだ、と。


 だが、ジャックはけろっとした様子で思わぬ言葉を返す。


「────バラライカ家ならアタシで最後ですよ?」

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