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秘術使いの理想郷─ヴィルヘルミナの物語─  作者: 智慧砂猫


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第67話「新たな夢を、友達と」

 振り返ってみれば、アルベルとして生きた四十数年はどうしようもなく退屈で、何かを極めようとしていなければ自分でいられなかった。バヌクやレオニードのような存在もまた、その過程にある些細な記憶にしか過ぎなかった。


 だが、そうではない。彼らはまさしくアルベルにとって対等でいられる友人だったのだ。それに気付くことができず、生まれ変わってみて、ようやく分かった。目の前にいる大切な友達のおかげで。


『アルベル。俺は長く生きられるほど高尚な人間ではない。だが、魔導武拳は良いものだ。いつか俺と似た境遇の者がいれば、お前が教えてやってくれ。なあに、大丈夫さ。お前は俺よりずっとすごい奴だ。自慢の────』


 ああ、そんなことも言われていたっけ。聞き流していたから、忘れていた。今の今まで。自分を『親友』と呼んでくれた男を、何処にでもいる誰かとして。


 レオニードもそうだ。何度も何度もアルベルの命を狙った。狂気に満ちていると思うほど執拗で、だがいつもどこか楽しそうだった。


『アタシはねぇ、戦うのが好きなんです。でもみーんな弱い。みーんなつまらない。でもあなたは違う。アタシでは勝てないくらい強い。それが嬉しくて、何度も来てしまうんです。……あぁ、忘れて。愚かな道化の戯言ですので』


 最後に戦ったとき、そんなことを言っていた。それ以来現れなくなった理由は分からない。そして自分が死んだ後、彼なりに良い人生を見つけたのだろう、とヴィルヘルミナは信じた。でなければバラライカの名が続くはずがないから。


 目の前にいる仲間は、友達は、そんなかつての友人たちに重なった。今は傍にいないジャックでさえ、レオニードとそっくりだ、と。


「アタシはさ。別になんだっていーよ。お前が友達でいてくれって言うんならこれからも変わらないし、話しかけるなっつーなら、そうしてやる」


「私も同じ意見だね。キミがどんな覚悟をしているかは知らないけど」


 促されるように視線が注がれたカエデも、あたふたして中々言葉に出来ずにいたが、最終的にはなんとか決心して────。


「あっ、あのっ! わ、私も友達だから、安心して……!」


「ありがとう、カエデ。お前のことも大切な私の友達だと思ってるよ」


 すうっ、と息を吸い込む。ゆっくり吐き出して、胸の中に詰まっていたものが取れていくのが分かる。ヴィルヘルミナはようやく自由になった気がした。


「鳥かごの中から飛び出した気分だ。面倒が起きては嫌だとずっと黙っていたが、この息苦しさはいい加減に取っ払いたかった。……新しい目的も決まった」


 結界が罅割れて崩れていき、元の世界が取り戻されていく。


 ヴィルヘルミナは、そうすべきだと思った新たな目的を告げた。


「私は学院を卒業したら、魔塔には属さない魔法使いの居場所を創る。フラン、アル。それにカエデ。お前たちもこちら側に来ないか?」


 魔塔に属さない、と言われると流石に驚かされた。全ての魔法に関する研究は魔塔が管理していて多くが秘匿されているため、魔塔なくして大成はできないと言われているのが現実だからだ。────しかし、それはたったひとりの魔法使いによって覆される。その存在がヴィルヘルミナだ。


「今の実力主義が支配する社会を覆し、多くの者が魔法を学べる世界を創りたい。だが、口先だけで協力者は得られない。私は新たな組織を創り、多くの人間に選択肢を与えたい。魔法をどう学ぶかも、社会がどうあるべきかの価値観も」


 既に組みあがった実力のみを注視する風向きは決して正しいものではない。学びたいと思う者に道を示すのではなく、ただ閉ざすためにあるからだ。頂点に立つには実力が必要だとしても、携わろうとすることまで拒絶すべきではない。


「誰もが最初は上手くいかないことだらけだ。だからこそ学び、実践し、あらゆる工程を繰り返すことで磨き上げられていく。その道を塞ごうとする魔塔のやり方は、私の魔法に対する価値観と大きく異なっている。それは昔から変わらない」


 自分の広げた手の平を見つめて、空っぽだったものを今はしっかり握って。


「────手を差し伸べられる優しさを持った者こそが、新たな魔法の世界を創っていくに相応しい。私は必ず笑顔で溢れる魔法の世界へ辿り着く」


 以前までは考えたこともなかった。きっかけは、たったひとりの愛弟子の言葉。


 笑ったことのなかった人間が。心の優しさを、温かさを知らなかった人間が。


 新しい夢を抱き、力強い自信に満ちた笑顔を浮かべた。


「どうか力を貸してくれ。私の思い描く未来のために」


 殺風景な訓練室。信じられる仲間が。信じられる友達がいる。きっと、今なら見えなかったものがたくさん見えてくる。秘術使いのアルベルではなく、ヴィルヘルミナ・デヴァルとしての人生の第一歩が、今ようやく踏み出された気がした。


「そりゃ名案だけどよ。リロイ教授はいいのか? 魔塔の権威の一人だろ?」


「ああ、それなら……」


 フランチェスカたちの疑問に、ヴィルヘルミナはリロイを振り返った。


「構いませんよ。どちらかと言えば、僕もヴィルヘルミナさんの考えには賛成なんです。ただ、今は魔塔の人間ですから表立って協力はできないかと」


「なに、卒業後の話さ。今は学生気分に浸るつもりだよ」


 ちょうどそのとき、空気も読まずにフランチェスカの腹がぐう、と鳴った。


「あっ、わり。メシ食ってなくてさ」


 恥ずかしそうにするフランチェスカに、ヴィルヘルミナは肩の力が抜けたように穏やかに笑う。不安はすっかり消え失せていた。


「ではそろそろ食事にしよう。私もお腹が空いたよ」


「おっ、じゃあついでだ、アタシが作ってやるよ。何がいい?」


 ヴィルヘルミナが、少しも悩む様子もなく、いつものように即答した。


「────うん、オムライスがいいな」

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