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31.星空の下

 くるくる回って回されて、囃し立てられながら好き放題に踊り狂っていれば、さすがのナタリアも足が震える。

 バルコニーに出て、火照る体を夜風で冷やす。途中で貰ったジュースを流し込んで、ようやく浮かれた気持ちが地面に着いた。


「ねえ」

「ん?」


 冷静になって振り返ってみると、なんだか自分たちは物凄いことを仕出かしてはいなかっただろうか。


「シュテル、陛下に何をお願いしたんですって?」


 告白の様子を思い出す。

 どう考えても王も大神官も、シュテルが告白することを知っていた。音楽は間違いなくダンスに適したものではなく、場を繋ぐため、雰囲気を壊さないために鳴らされたものだった。

 つまりあの瞬間、ホールはナタリアとシュテルのために整えられていたのである。


「ナタリアが安全にパーティーに出る権利」

「……と?」


 どうにか上手い言葉はないものか、と逃げ道を探す目をしていた。欄干に置かれた手に片手を重ねてじっと待つ。


「…………ちょっと、好きな子に告白かプロポーズかしたいから協力してくださいっつって」

「陛下と大神官様に? 豪胆すぎない?」

「陛下も大神官様も、ついでにそんとき同席してた重鎮たちもキャーキャー喜んでたから大丈夫だよ。引くほど協力的だったぞ」


 他の人たちはわからないが、大神官がいい笑顔で協力を了承する光景は想像ができた。

 賢王、賢者と名高い方々。いくら英雄の頼みとはいえ、ノリがよすぎはしないだろうか。


「告白かプロポーズかっていうのは何?」

「あそこで告白するべきか、先に告白は済ませてプロポーズするかって考えてたから」


 開き直ったように重ねた手をさらわれる。シュテルは手慣れた様子でナタリアの手甲を外し、二の腕まである手袋をするりと抜いた。顔を赤らめて抗議をするより早く、同じく手袋を脱いだ指に絡め捕られる。


「お前、俺のこと、まあまあ前から好きになってくれてただろ」

「そ、そうだけど……私そんなにわかりやすい?」

「まあ、俺がちっとも不安に思わない程度には……。そんで、俺は両想いだなって安心してんのに、お前だけ片想いを不安がってるのはズルいよなって思って、さっさと告白するべきかとか考えてたんだけどな。なんか、あの人たち盛り上がっちまって……」


 告白の方がインパクトがある! と、当日まで告白することを禁じられたらしい。


「じゃあ、告白は我慢するにしても不安にはさせないようにってことで、俺は必死に慣れないアプローチを重ねようと……思っていたのにだな……」


 シュテルは王たちから何度も呼び出された。ナタリアの両親も呼び出され、どんなシチュエーションが好きかをリサーチしたという。ナタリアの好きな絵本を元に「ナタリアのための演出」を考え、最終的にああいう形になった。

 まあ、それ自体はいい。知りもしないダンスの曲を選ぶのも、跪くときの角度やホールに響く声の出し方を指導されるのも、ナタリアの喜ぶ顔を見るためと思えば楽しかった。

 王の衣装や、大神官の帽子の角度や、鳥がどうやって飛んだらナタリアの目に美しく見えるのかというどうでもいいことは物凄くどうでもよかったが、願いを聞いて貰っている手前無視することはできず、適当にハイハイと答えておいた。王と大神官はずっと見守っていたナタリアのことを、孫のように思っているという。


「会えない時間が恋心を育てるとかなんとか言われて邪魔されてな。肝心のナタリアに会う時間をことごとく潰されたんだよ」


 ナタリアの母から物凄く寂しがっていると聞いて、危なくドレスを届けるのにも同行できなくなりそうなところ、どうにか予定を捻じ込んだらしい。おかげでねちねちと言われたが、ナタリアは会えたことを喜んでいたと言えば、それならまあと納得してくれたようだ。

 そして遅まきながら言葉にできない愛情表現を惜しみなく披露した結果が、あのナタリアを翻弄した甘さの数々であった。

 自由な方の手で頭を抱える。捕らわれたままの手は擽られたりなぞられたりと弄ばれているが、それより羞恥心が凄い。

 国の重鎮たちにお膳立てされて、衆人環視の中で愛の告白を受けた。過程も、結果も、何もかもが今更物凄く恥ずかしい。


「嬉しかったけど、恥ずかしかったわ!」

「でもナタリア、ああいうの好きだろ」

「そうよ、好きよ!」


 乙女チックだと言うなら言え。女の子は誰だって王道が好きなのだ! 多分!

 うわああと欄干に突っ伏したナタリアを揶揄うように、シュテルは少しふざけた声で言う。


「まあでも、よかったな。俺一人じゃあんな大々的なことはできなかったから、特筆すべきこともない、普通の告白になってただろうし――」

「普通だってなんだって」


 じろりと睨み上げて口を尖らせた。

 恥ずかしいけれど、嬉しかった。シチュエーションは最高だった。

 でも、だから感動したというわけではなく。


「私は同じように喜んだわよ。あなたが私を望んでくれたっていうことが何より大事だもの……」


 言って、また欄干に乗せた腕に顔を埋めた。


「……マジか?」


 ほとんどない可動範囲で小さく頷くと、大きなものが背中に覆い被さってきた。ナタリアの手を欄干に押しつけ、長い両腕で囲って圧迫する。


「重い!」

「顔上げて」

「な、なんで?」

「上げろって」


 後ろ頭に、こめかみにと柔らかい感触が降ってくる中、顔を上げたら何が起こるかなど誰でもわかる。

 急な展開に思わず逃げかけたナタリアの動きは、シュテルからすれば腕に飛び込んで来たようなものだった。ダンスの続きのように優しく回して、向き合う形で抱き締められた。

 顎にかかる不埒な手を押さえ、炎よりも赤いだろう顔を逸らし、ナタリアは無我夢中で叫んだ。


「辺境伯領の!」

「あ?」


 柄が悪い。それと、腰に回る腕で邪魔な手を纏めてしまうのは、抱擁ではなく拘束と呼ぶのだ。


「わ、私の評判、教えてくれなかった理由をまだ聞いてないわ! ワイバーンの討伐が終わったら聞かせてくれるって言っ……てはないけど、聞かせてくれると思ってたのに!」

「……ああ」


 猶予を求めて引っ張り出した過去の疑問を叩きつけると、思うところがあったらしい男の無体が止まった。再び動き出さないかどうかを警戒する。

 別に無理矢理持ち出した話ではなく、あれからずっと引っかかっていたのだ。シュテルなら率先して教えてくれそうなものなのにと。領地が助かったと感謝を伝えて貰ったら、きっとナタリアは盛大に喜んだだろうに。

 背中を丸めたシュテルがナタリアと額をあわせようとして、髪飾りのバイザーがゴツリと音を立てた。身長差があって、丁度邪魔をするようだ。


「俺がそれ言ってたら、お前に会いに行ってたのは流れ星のおかげだって思っただろ」

「うん」


 先に感謝が立っているなら、普通はそう思うだろう。


「……俺が」

「うん?」


 灯りを背にしているからよく見えないが、シュテルの顔が随分と赤い気がする。切り出されない言葉を待ちつつ、羞恥心から顔を上げないようにしていたのも忘れてまじまじと観察すると、より一層赤みを増した……気がした。

 あ、逆光でもわかる場所を発見した。耳がとても赤い。


「お前に会いに行ってたのは、俺がお前自身に興味持ったからで」

「う、うん」

「流れ星に感謝はしてたけど、それ以上にお前に会いたいと思ったから何度も会いに行ってたんであって」

「うん……」

「……伝えればナタリアが喜ぶのはわかってたけど、流れ星ありきだと思われるのは嫌だったんだよ……」

「そう、なの……」

「…………」

「………………」


 完全に止まってしまった。

 ナタリアに会いたいと思ったから会いに来て、会いに来る理由を感謝だと誤解されたくなくて、黙っていた。

 話を都合のいいように解釈すると――つまり?


「………………好きだったってことだよ!」

「待って、それっていつから!?」

「知らねーよッ!」


 がぶりと噛みつくように唇を奪われる。息まで吞み込んでやるとばかりに深く重ね、擦り、更に寄越せと身を寄せられて大きく体を仰け反らせた。

 ナタリアには熱に浮かされたようなシュテルの顔しか見えないけれど、空の上、一面の星空に今、きっといくつもの流れ星が軌跡を描いただろう。


 目を閉じて落とされる幸福に浸る。

 ナタリアの流星と二人、踊るように鋼のドレスを翻して。

本編これにて終了です。ありがとうございました!

よろしければ評価などいただければ幸いです。


少し間があきますが、シュテル視点の後日談を投稿する予定なので、またお付き合いいただけると嬉しいです。

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