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29.お墨付き

「そしてこちらの見目麗しい女性だが」


 えっ、ともれそうになった声はなんとか押し留められたが、表情までは取り繕えなかったように思う。


「長く続いた神の試練を公表できず不便を強いてしまったものの、このたびようやく皆にお披露目できるようになった。女神フィーニの愛し子である、リーン男爵の娘、ナタリア嬢だ」


 ざわ、と明らかにシュテルとは種類の違うざわめきが起きた。


「リーン男爵令嬢って……あの……」

「そんな、危ないだろ。だって」

「流れ星の君? なんだ、普通の子じゃないか」

「どうしてこんなところに」


 さもありなん。歯を食いしばって視線に耐えるナタリアの背を、そっとシュテルの手が支えた。


「静粛に!」


 そばに控える人が重い声を上げる。場が静まるのを待ち、王は続けた。


「先日通達があったことと思う。リーン男爵令嬢の流れ星は、こちらの」


 ぴるる、と鳥が鳴く。


「女神の祝福だ。ああ、こちらも紹介をしよう。火と再生の女神、フィーニ様である」


 自己主張をするように翼を広げて、ナタリアまでの短い距離をトントンと歩いてきた。長い首をもたげて顔を寄せるから、こちらも腰を折って顔を近づける。髪飾りの羽に顔を擦りつけるのは、お揃いだと喜んでいるようだった。

 なぜだか大きくなってはいるが、彼女は間違いなくナタリアの女神だ。力の使い方を大神官から学んだというから、それに伴い体も成長したのだろうか。女神が生まれ変わることが機密事項なら、彼女が小鳥の姿で現れるのはよろしくないことなのかもしれない。大きくなっても変わらぬ深紅の瞳が慈愛に満ちて、ナタリアを芯から温める。

 落ち着くナタリアの一方で、初めて神の姿を目にした人々は動揺を隠せない。実在したのかなどと不敬を述べていたが、目の前の女神は意に介さずに毛繕いをしている。なるほど、信仰に寛容。


「皆知っての通り、リーン男爵令嬢の流れ星は、リーン男爵家の善意によりおよそが国におさめられている。これに救われたものは多く、また、直接の恩恵を受けておらぬとも、我が国が富んだことで多かれ少なかれ利益を得ただろう。彼女は国を裏から支える守護者と呼べる」


 国王が再び話始めると、すぐにざわめきの波は引いた。


「なお、リーン男爵家についても陞爵の話が出ていたのだが丁寧に辞退された。理由を公表するのは憚られるため伏せるが、納得のいくものだ。リーン家は流れ星を置いておいても爵位を持つにふさわしい家だと思うのだがなあ。気が変わったら言ってくれ」


 なあ、と投げた先には両親がいた。ニコニコと笑顔を浮かべながら、揃って首を横に振る。

 やれやれと肩を落とした王は、続けて大仰に腕を広げて声を強めた。


「女神の試練により彼女は苦境に立たされた。悪霊憑きなどという根拠なき悪評を受け、心に傷をつくり、それでもなお女神への愛を貫き、鎧を着けてでも立ち上がった。いかにつらい道のりであったであろうな。私と大神官ですら手を出せぬ中、よくぞ耐えてくれたものと思う」

「陛下は……私のことを話題にしてくださいました。あのとき流れ星のことをお伝えいただいていなければ、きっと私の存在がリーン家を潰していたと思います」

「……優しい子だ。だからこそ女神に愛されておるのだろうな」


 聴衆を見ていた目が急にこちらを向いて、浮つく心をどうにか抑え込んだ。前もって大神官から聞いてはいたが、こうして誰かがナタリアを気にかけてくれていて、しかも手放しに褒めてくれるというのがとても嬉しい。

 隠し切れない喜びに上気した顔を見て、上段の二人は眦を下げた。


「しかし、現物を先に見ていたが、さすがそなたのためにつくられたドレスだ。どこの姫君かと思ったぞ。のう、大神官」

「ええ、そうですね陛下。女神の現身かと思う麗しさは、あの武骨者のヘザの手とは思えません」

「ヘザ……?」


 誰だっけ、聞いたことがある。数秒考えて白い髭を撫でる老人が頭に浮かんだ。そうだ、誰にも呼ばれぬ親方の名前だった。

 思いがけないところから飛び出した名前に目を丸くしていると、シュテルがこそりと繋がりを教えてくれた。


「大神官様は親方の古い友人なんだと。昔の女神がうちの領に入り浸ってた関係で、俺も何度か会ったことがある。こう見えて案外拳骨が痛いから怒らせるなよ」

「ええ、ええ。何度かお会いしましたね、シュテルさん。怒ってはおりませんが、悪戯っ子のあなたが何度もどなたかの羽を抜くので、お説教をさせていただきました」

「げっ……」


 ぴえええ、と高い声を上げて、女神フィーニがシュテルの脳天にくちばしを突き立てる。どうにか悲鳴は押し殺したようだが、涙目になって覚えていろと低く呪いの声を上げたから、相当痛かったんだろう。

 わはは、と高らかに笑った王は、笑顔でぐるりと皆を一望した。どう見ても笑っているのに、なぜだか睥睨されたように腹が冷える。


「さて、本日は私が流れ星の君に目通りしたく、英雄殿の願いに乗る形でリーン男爵令嬢を招待した次第だ。我らが守護者たちが楽しめるパーティーであることを願おう」


 それでは皆、楽しんでくれ。言って、壇上の人は手を叩いた。

 人々が動き出す。途切れていた挨拶に向かう者もいれば、いきいきと食事に乗り出す者もいる。そして早速ダンスに乗り出す者も。

 シュテルが動き出したのはダンスホールに向けてだった。

 ドキドキと胸が高鳴る。シュテルが腰を抱いているせいもあるが、間もなく、長らくの夢が叶うのだから仕方がない。

 途中ちらほらとかけられる声を躱し、好奇心の目に笑顔を返し、シュテルへの秋波をいなし。


「引く手数多ね」

「ただの珍獣扱いだぞ」

「そうかしら。皆様あなたに見惚れてるわ」


 眩く輝くシャンデリアの下のシュテルは見れば見るほどいい男である。女性の視線を集めているのが気に食わなくて口を尖らせると、腰を折ったシュテルが耳元で囁いた。


「嫉妬か? だったら嬉しいが」

「ばか!」


 思わず叫んでから、慌てて口に手を当てる。誰かに聞かれていなかっただろうか。

 周囲を確認するナタリアの目が、数人の若い女性たちとかちあった。妬ましげな視線を、シュテルが体の位置を入れ替えて遮る。

 代わりに、あてつけるような声はよく通った。


「……男爵家風情が」


 ばさりと派手な音がして、ドッと冷や汗が流れ出す。傷つけない大きな体を押し退けるように令嬢のいた先を見れば――。


「ちょっと何よこの、と、トカゲ? 鳥!?」


 今頃は家のコンロ代わりになっているはずの見慣れたペットが、令嬢の頭を鳥の巣にするべく手足をバタつかせていた。

 誰もが唖然とする中、きゅああ、と元気な声が響き渡る。


「ああ、そうだ。わたくしとしたことが、大切な注意を失念しておりました」


 大神官がパニックをものともせず、ポンと手を叩いて暢気に言った。


「女神はリーン男爵令嬢が大好きですので、無礼な方にはお仕置として流れ星を落としておりました。しかしそれは彼女が困るからとお願いをいたしましたところ、少なくとも本日は大仰な威嚇は我慢をしてくださると確約してくださいましたが、完全に見逃す気はないとのこと。眷属の者が成敗しにくるそうですよ。ご注意くださいね」


 他の場所でも蔑みの言葉を吐かれていたらしい。あちこちで赤いトカゲが頭頂部を陣取りバタバタと暴れている。当然だが、そちらはサラダではなく別個体のサラマンダーであるようだ。


「……家を馬鹿にされるのは腹が立つし、ちょっとざまあみろとは思うけど、せっかく綺麗にしてきたのにぐちゃぐちゃにされるのは可哀相な気がするわ。葉っぱとか降らすんじゃ駄目だったのかしら」

「張り切ってんだろうなあ」


 騒ぎを意に介さず、シュテルはダンスホールの真ん中に立った。


「おーい、暴れてたら踊れないぞ!」


 炎の鳥がこちらを向く。

 彼女が高らかに声を上げると、サラマンダーたちが一斉に炎を拭き上げて消えた。悲鳴は上がったが熱くはなかったようで、ただ髪を乱された人々が残される。

 サラダだけがひらりと飛んで王の膝元におさまった。女神の思し召しだから、飼い(ナタリア)の責任にはならないと思いたい。

 ハラハラとした気持ちで場所を移動するようサラダに目配せを送っていたら、こっちを向けと顔の向きを矯正された。

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