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28.外野の声を弾いて

 進めば進むほどに増える、好奇や戸惑い、不審なものを見る目、声。格式高いパーティーでは入場の際に名前を呼ばれると聞いていたが、今日のパーティーでは告げないようだった。色々あるのだなと思いながら足を踏み入れると、刺さる関心は一段と度を増した。

 見るならばとくと見ろ。こちとら今をときめく英雄殿発注の逸品である。名匠親方がナタリアのためにつくってくれた、世界にただひとつの(ドレス)なのだから、どんな豪華なドレスより素晴らしいものだ。

 顔を上げて進むナタリアの手をシュテルが軽く叩いた。邪魔をするなと横目で見ると、自分の口の端を指で押し上げる。慌てて鏡の前で練習した笑顔をつくれば、声もなく含むように笑われた。


「何、あのドレス。鎧みたい」


 落ち着くと、外野の声が耳に届くようになってくる。


「いやね、どこの目立ちたがり屋かしら……みっともないこと」

「王宮に上がるのに、あのような奇抜な仮装をするなど、常識を知らぬとみえるな」

「英雄殿のお連れとしては、まあふさわしいのではないか。恐らく武門の方なのだろう」

「まあ、私は嫌いではないわ。金属でも華やかになるものなのね。あの赤色の板、もしかして竜の鱗ではなくて?」

「あの鎧、随分繊細な彫刻だな。どこの工房の作だ?」


 想定内の反感から、意外な好感まで、中々多様な意見があるようだ。親方の店のまさかのビジネスチャンスになったりもするのだろうか。後で聞きに来てくれたなら、ぜひとも気張って売り込むのだが。

 じろりとシュテルが睨みつけると、そちらの方面からの声が止む。また別の方向から蔑みの声が聞こえて睨めば、またも波が引くように口を閉ざす。

 その流れを少し面白いなと思えるくらいにはドレスの陰口を聞いても平気だった。なぜならナタリアはこのドレスで祝賀会に出る許可を得ているのだ。お門違いの批判というのは、思ったより響かないものである。

 なお、シュテルの話によれば、王は「これは斬新で美しいドレスだ」と手を叩いて喜ばれたそうだ。伝統にこだわらない柔軟な気質が、伝統にこだわらない女神フィーニに気に入られたのかもしれない。

 今のナタリアの心配は、むしろ女神の方だった。自分が平気でも女神が陰口に激昂して流れ星を落としたらと心配したからこそ、一度はシュテルの誘いを断ったほどで。


「フィーニ様はお元気かしら……」

「元気すぎるから削ってるんだろ、多分」


 しばらく姿を見なかった小鳥は、なんと現在大神官のもとで様々なことを学んでいるらしい。力の使い方とか、人間との接し方とか。特に、女神の感情的な行動で、ナタリアがどう割りを食うかという辺りを重点的に。

 大神官にも女神にも誠に申し訳ないと思うのだが、とてもとてもありがたい。そこが解消されればナタリアの悩みはひとつもなくなるのだ。

 切実な祈りを捧げていると、ナタリアの姿に慣れた貴族たちがシュテルに挨拶を告げに訪れるようになった。


「ギベオール殿、このたびは誠に素晴らしいご功績をおさめられましたな」

「ああ、ありがとうございます」

「赤竜との戦いで勝利するなど物語のようだ! ぜひ我が邸でお話を聞かせていただきたい」

「光栄です、閣下。機会があれば」


 乱暴な口調はどこへやら、そつなくこなすものだと感心しながら相槌を打つ。


「して、そちらのご令嬢は――」


 当然の流れとしてこちらを向いた矛先は、ナタリアが口を開く前に平手で叩き落された。


「申し訳ない。陛下より口止めされておりまして、私からはまだご紹介いたしかねるのです」


 そう言われて追求できる者がいるはずもなく、名残惜しげに背を向ける。

 そうして大体をのらりくらりとやりすごし。


「やべ、娘連れが来る。移動するぞ」


 特別対応に困りそうな人は、接近に気づいていないフリをして場所を変えた。戦士の気配読みスキルを最大限に活かしている。


「私が言うことじゃないけど、ご挨拶しなくていいの?」

「社交は長男の仕事。俺は偶々大物に遭遇しただけの、しがない気楽な次男坊。やりたくないから、やれなんて言うなよ」


 ひらひらと手を振るシュテルが社交好きではないのは本当なのだろう。けれど本来は、挨拶くらいは人を選ばず受けるのが好ましいのだと思う。

 思うのだが、ナタリアはシュテルの立場より自分の欲を優先することにした。腕に添えた手を深く絡ませると、余裕綽々だった男が途端に動揺して身を硬くする。


「今日の私はお姫様なんでしょう。他の女の人を近づけるなんて嫌よ、王子様」


 わざとらしく小首を傾げて、上目づかいで媚を売った。

 ……何か反応を返してはくれないだろうか。物凄くいたたまれない。いい歳をして、自分でも痛いことをしたのはわかっている。ちょっとふざけただけだ。お姫様だなんて言うから、じゃあ我儘を言ってもいいよねと可愛こぶってみたつもりだった。頼むから早く笑い飛ばしてくれ。

 あまりの羞恥に涙目になったところで、絡めた腕を外されて、両肩を大きな手で力強く包まれた。


「いやもう、俺は我慢しただろ。もういいか。もういいよな?」

「な、何が」


 行きの馬車の中でも聞いたが、我慢とは一体なんなのだ。ずいと近づいた端正な顔に、こちらを見る令嬢たちから高い声が上がって――。

 ぴるるるぅ! と高い鳥の声がホールに響き渡った。驚いて顔を上げると、赤く燃える羽根を広げた、目が眩むほどに美しい鳥が……今シュテル舌打ちした? 近くまで飛んできた鳥の羽先がナタリアの頬を撫で、玉座へと戻っていく。熱くはないが、仄かに温かかった。まるで女神たる小鳥のようだった。

 シュテルが礼を取るのに気づき、慌ててナタリアも倣った。優美な鳥に気を取られている間に、国王が玉座に着いていたようだ。


「よい、顔を上げよ。堅苦しい儀式は先日終えた。楽にしてくれ」


 鷹揚な言葉に姿勢を戻す。この方が我が国の王なのか、と感動した。絵姿では何度も見たが、やはり本物は威厳が違う。あのゆったりとした深みのある声で命令を受けたら、一も二もなく従ってしまいそうだ。

 王の隣には、先日会った大神官がニコニコと座っていた。ばさりと羽ばたいた大きな鳥が肘かけに留まる。


「さて、無礼講といく前に、我が国の守護者を紹介したい」


 王の視線がこちらを向いた。

 一瞬心臓が跳ねたが、隣に立つのは英雄殿だった。行ってらっしゃい、と腕を放しかけたのだが。


「何してるんだ。行くぞ」


 守護者を紹介すると言ったのだ! ナタリアは関係ない!

 無情に引かれる手に暴れて抵抗するわけにもいかず、判決を待つ虜囚のような気持ちで御前に立った。なぜお前まで歩み出たんだと怒られたらどうしよう。

 ヒヤヒヤとしながら深く腰を落としてカーテシーをすると、おっ、というような顔をされ、少し鼻を高くした。普通のドレスより重くとも、よろけず最敬礼をこなせるよう鍛えているのだ。


「さて、受勲式から少々時間が経ってしまったが、これだけの美丈夫を忘れる者はおるまい。我が国の最強の剣、ギベオール辺境伯の息子、シュテル殿だ。これまで多くの被害を出してなお討伐がかなわなかった災厄の赤竜を、見事に倒してみせた。これからも頼りにしておるぞ、英雄よ」

「はっ。この鋼折れるまで」


 歓声が上がり拍手が鳴り響いた。特等席で言葉を賜る様を見て、ナタリアも金属が鳴らぬよう注意しながら手を打ちあわせる。


「爵位を授けてもいい功績だったのだが、それより物資等がいいとつれぬことを申すのでそのようになった。まあ、辺境伯はいくつも爵位を持っておるのでこれ以上いらぬと言うのも納得できるがな」


 強い凄いと知ってはいても、叙爵の話が出るほどのことだったのかと改めて驚いた。

 帰ったら魔物についての本でも読んで勉強をしてみようと思う。また一段と彼を遠く感じてしまうかもしれないが、遠ざかったわけではなく最初からその距離なのだと思えば奮起もできる、はず。

 気を抜いたところで、王がこちらを向いた。

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