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27.出陣

 初めてのパーティー参加が一週間前に決まるなんて準備期間が短い!

 と思ったのはナタリアだけだった。父も母も使用人たちも、皆シュテルの画策を知っていたらしい。

 どうりで彼に会えないというナタリアの嘆きを、あまり深刻に受け止めてくれなかったはずだ。肌にいい料理と連日の薬草風呂も、母の手配だったわけである。

 あとはマナーを復習したり、(ドレス)を身につけてみた上でダンスの足さばきを確認したりすればよく、そこまで慌ただしくはなかった。

 片や、肝心のシュテルは何ひとつとして自分の準備ができていなかったようで、今になって部下共々奔走をしている。そんなにギリギリまでドレスのことにかかずらっていてくれたのだと思うと、呆れるような面映ゆいような。


「いいわね。上手よナタリア」

「ふふ、そうでしょう!」


 くるりと回ると、しゃらりと鱗が触れあう音がする。羽の形をしたプレートを繋いだスカート状の鎧は、ターンのたびに優雅な広がりを見せるのだ。


「練習は大切だけど、足を痛める前に休むんだよ」

「うん、ありがとうお父様」


 シュテルがしてくれた全てのことを台無しにしたくはないから、無茶はしない。けれど、シュテルがしてくれた全てのことに報いるために、最高の自分を持って行きたい。

 魅力的なドレスをもっと美しく見せられるよう、鏡の前で何度も踊った。礼を取り、歩き、微笑み、何を耳にしても乱れないようシミュレーションを重ねる。シュテルの隣で、シュテルがくれた親方の(ドレス)を着るのだ。無様な戦いなど自分が許さない。

 日が近づくにつれ緊張が増した。他に確認すべきことはないか、チェックは万全かと考えれば考えるほど、見落としがあるような気がして不安になる。

 動き続けていなければ死んでしまうとばかりのナタリアに、小さな子供を見る目を向けて両親は言った。


「僕の可愛い子、きみは十分頑張っているよ。少しお休み。先など誰にもわからないんだから、失敗なぞはしてから考えればいいのさ」

「そんなに心配しなくても、私の愛しいあなたはいつでも最高よ。何があっても自分が正しいんだという顔をしておきなさい」


 まあそうかなと納得したので、動きたがる足を止めて休むことにした。絶対に大丈夫などということはないのだから、具体例の見つからない懸念より、体調を万全にしておく方が無難である。

 そうして迎えた当日。

 培った技術の全てをつぎ込んで着飾ったナタリアは、同じく正装で固めたシュテルの姿を見て、一時覚えたことの全てを忘れた。見慣れた玄関ホールに、煌びやかなパーティー会場を幻視する。

 かっちりとした騎士服は、姿勢よく歩み寄る彼の体を一段と引き締めて見せた。前髪を上げると、遮るもののない眼差しが一層の輝きを得て煌めいた。

 その魅惑の瞳が丸く見張られ、じわりと熱を滲ませる。ああ、と吐息をこぼし。


「ナタリア、俺の――」

「ちょっと待って!」


 手の平を立てて遮ると、ぱちぱちと目を瞬いて首を傾げる。凛々しい姿とのギャップが可愛らしい。いや、そうではなくて。


「今、褒めてくれようとしたでしょう」

「うん。めちゃめちゃ似合ってるなって」

「う、嬉しい、けど、今は止めて欲しい」

「なんで?」


 この髪飾りのバイザー、兜のように下ろせないのだろうか。代わりに赤くなっているだろう顔を両手で隠す。


「もうすでにいっぱいいっぱいなのに、これ以上詰め込まれたら全部吹っ飛んじゃいそう……」


 蚊の鳴くような声で呻くと、突然ギュッと抱擁されて心臓が口から飛び出るかと思った。


「お前、こっちだって我慢してんだからな! そういう可愛いのはもうちょっと待て!」

「だから、可愛いとか今言わないで、ちょっ……髪が乱れる!」


 わちゃわちゃとしていたら、笑顔の母に馬車へと詰め込まれた。

 城内で行われるパーティーは本来下級の貴族が参加できるものではない。けれどリーン家は国への貢献度の高さゆえ、催しのたび招待状が届けられている。

 後でねと手を振る両親から離れると、母の暴挙に一度解れた緊張が、再び徐々に高まってきた。


「緊張しすぎだ。楽しもうぜ」


 同じ側の席に座ったシュテルが、やや崩れた髪を弄る。


「髪を触るの、なんだか慣れてない……?」

「妹の髪結ぶのは俺の仕事だったんだ」

「そうなの。いいお兄さんね」

「そうだろ。羨ましいか」


 答えに窮して口を閉ざした。

 髪を結んでくれる兄が欲しいかと言われれば欲しい。ナタリアは一人っ子なので、兄や姉というものに憧れているのだ。

 けれど兄がシュテルなのであれば羨ましいとは言いがたい。弟妹はいい兄を持って幸せだろうが、今シュテルに兄になって貰っては――。


「羨ましくても、俺はナタリアの兄にはならねえからな」


 髪を直し終わっても反対側に戻ることなく、裾の鱗を指でなぞった。


「……友達?」

「今はな」


 指を絡めてじゃれる距離感は、果たして友達の域だろうか。今は、ということは今後はまた変わると取れる。彼がそういった方面で人を揶揄うような不誠実な人ではないということだけは信じられるから、否応もなく期待は膨らんだ。

 直接的な言葉が欲しい。もう、こんな場所だけれどナタリアから言ってしまおうか。

 この一週間、散々に自問自答をした。関係が変わってしまうのは勿論怖いが、この不均衡な状態だって十分に怖い。

 女神のことでグズグズと悩んでいたときに少し似ている。好かれているとか嫌われているのではないかとか流れ星に一喜一憂して、結局は杞憂だった。

 ナタリアは女神に向けて、一言言えばよかったのだ。そして相手のことが何もわからぬからと先延ばしにした過去より、今の方が言いやすいではないか。相手がわかっていて、かつこの態度。思い切って踏み込んで然るべきではないのか。

 さすがに大舞台の前に山場を持ってくるのはと自重して、パーティーの後か後日にでもと思っていたのだけれど……。


 悩んでいる内、馬車は王城へと到着した。思考の淵から戻ってきた途端に再び身を硬くする。

 先にシュテルが降りると、それだけで周囲からの注目を集めたらしい。本日の主役なのだから当たり前だ。

 わかっていたはずなのに、こちらに差し出された手を取るのが怖かった。

 震える手が重なるまでを彼は辛抱強く待ってくれたが、触れた瞬間に手首までを握られた。一歩馬車の中に踏み込んで、顔を突きあわせて不敵に笑う。


「今日のお前は誰より綺麗なお姫様だよ。笑って、胸張ってろ」

「なっ……」


 引き出されるように馬車から降りて、たたらを踏みそうになった身を支えられた。潤んだ瞳で睨んだが、どこ吹く風という顔だ。


「い、言わないでって言ったのに」

「どうせ緊張するなら俺のことでしとけ」

「あなた、堂々としすぎじゃない?」

「少しくらい失敗したとこで、命の危険があるわけじゃねえしな」


 小声のやりとりに一周回って気が抜けた。刺さるほどに向けられる視線も、確かに死ぬわけではないと思えばワイバーンよりは怖くない。


「……うん、行きましょ、シュテル様」

「様っていらないんだが……」


 不満そうな声は黙殺する。さすがに身分について慮るつもりはあるようで、それ以上を重ねることはなかった。

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