25.待ち望んだ再会
祝賀会一週間前。もうこうなるとシュテルに暇などあるはずがなかった。
まだ生身で外に出られるほど切り替えられてはいない。鎧を着込んで庭でくるくると踊り回っていたところに、可哀相なものを見る目をした使用人が手紙を持ってきてくれた。何よ。ここは鎧で踊れるナタリアの驚異的な筋力を称賛するところであろうに。
「えっ!」
手紙を開いて跳び上がる。
「明日シュテルが来てくれるって!」
悠長にしてはいられない。軽い足取りで屋敷に戻ったナタリアは、急いで母の侍女を呼んだ。
久しぶりに会うのだから、精一杯綺麗にしておきたい。肌の手入れと、髪の手入れと、ああ、どんな化粧をしようか。あまり気合いが入りすぎていても引かれてしまうかもしれないから、ナチュラルに見える手の込んだメイクを今からでも考える必要が。
ここのところ肌にいい食事や薬草風呂が続いてくれてラッキーだった。サラダが発火したがるので、空いた部屋をサウナに改造していたのも大きい。継続は力なり。土台が酷ければ、今からどう足掻いたところで絶望的だっただろう。
「痛い痛い痛い!」
「マッサージくらいでなんですか。ほら、暴れないでください。綺麗にしたいんでしょう」
少ない贅肉を絞られ汗をかきながら泣くナタリアの顔の横に、水分補給にどうぞとばかり、ゴツンとココニャの実が落ちてきた。
ちらりと咎める目を向ける。いけね、という顔をした小鳥が、そっとココニャを浮かせて、そっと下ろした。それを最初からできるようになって欲しい。できれば早めに。
「……サラダ、暑い……」
「簡易サウナですよ。我慢なさってくださいね」
背中に張りついたサラマンダーが、ナタリアを傷つけない程度に器用に発熱する。温まった体を、侍女は容赦なく揉み上げた。
「あの、程々に」
「お嬢様、恋と美の道は険しいんです。我慢ですよ!」
「ぅぐッ――!」
なぜ侍女がナタリアの恋のことを知っているのだ。そんなにわかりやすかっただろうか。
「わからない者がいたら知性を疑うレベルでした」
もしかして武器屋の人たちも気づいていたりするんだろうか。さすがに恥ずかしい。浮かれてばかりいないで、少しは顔を引き締めよう。
「はい、次はお顔のマッサージですよ」
「お手柔らかに!」
苦行の甲斐あって、次の日は我ながら中々のコンディションだった。
お肌はつるつる、髪はツヤツヤ。化粧は侍女がしてくれて、一見普段通りでありながら気になるところを見事にカバーし、一段上のナタリアとなっている。
家の中ということで、鎧を着る必要はない。シンプルでありながら体のラインを美しく見せるとっておきのワンピースを着用して、いざ出陣! 久しぶりに顔をあわせるシュテルに、可愛いと思って貰うのだ!
「ナタリア、久しぶりだな! ……会いたかった」
意気込んで彼を迎えたナタリアは、太陽のような光り輝く笑みに瞬殺された。シュテルの後ろから、親方が残念なものを見るような目でこちらを見ている。両親も同じく。使用人も同じく。あっ、女騎士のロロッカも微笑ましげな顔をしている。
仕方がないだろう。恋を自覚して初めて会ったんだから、目が眩むことくらいあるだろう!
真っ赤になって俯くが、これだけはと絞り出す。
「私も、会いたかったわ」
「そっ……」
息を詰める音がした。
「……そうか」
「うん……」
なんだか大変むず痒い沈黙が落ちた。顔を上げることもできず、もじもじと組んだ手の中におさまってきたサラダを揉む。
誰かこの空気を打ち砕いてはくれないだろうかと願ったとき、やはり頼りになるのは親方である。
「このヘタレ! 何をかわいこぶってやがんだ気持ちワリィぞ乙女小僧が!」
「イッ……テェんだよ暴力ジジイ!」
ナタリアと同じく立ち竦んだままのシュテルの背中を蹴りつけ、押し退けて屋敷の中に足を進めた。ギャンギャンと喧嘩しながら応接間へと向かう二人は、今日も大小荷物を持っているようだが、今度は何をつくってくれたのだろう。
「我が流れ星の君、ごきげんよう。お邪魔させていただきますね」
「あ、はい。ごきげんよう!」
手を取られて麗しの騎士にエスコートをされたところで、怒りの形相でシュテルが戻ってきた。奪うようにナタリアの手を取る。
「隊長、横入りはマナーがよろしくありませんよ」
「なんでお前がおいしいとこ持ってこうとすんだ」
「喧嘩に夢中のようでしたので。そんな気の利かない男など、我が流れ星の君に相応しくありませんし」
「お前のじゃねえよ。もういいから先行け!」
頭上で軽快に言葉を交わす二人は、とても仲がいいなあと思うのだが、こうして聞いていると特にモヤモヤすることはなかった。
軽快すぎるのだ。あらゆる角度から見て、ロロッカは明確にシュテルをなんとも思っていない。目があうと、彼女はにこりと微笑んで一礼し、応接間へと向かって行った。恐らくシュテルよりナタリアの方が好感度が高い。
「あー……行くか」
「うん」
今更ながら素手で触れあっていることに気がついて、鼓動が一気に跳ね上がった。
これまでシュテルの肌に触れたことといえば、頬を摘ままれたり、頭を撫でられたりといったくらいだ。それはそれであまりない接触だとは思うが、手を取られているというのは想像以上に、なんというか、接触面が大きい。
手が大きい。分厚くて硬い。……熱い。全神経を手に集中して感触を追っていると、ふいにシュテルの太く長い指がナタリアの手の甲を撫でた。
びくりと震えると、片腕で抱えたサラダが不思議そうにこちらを見上げ、元凶の男は素知らぬ顔のまま、こちらの手をより深く包み込む。
今日は女神が不在でよかった。人の事情に無関心なサラダだからよかったが、意思疎通のできる女神に見られていたら恥ずかしさに耐えられなかっただろう。不在であってもこちらの動向は把握しているふしはあるものの、やはり姿を現して直接見られているのとは精神的に違う。
そろりと隣を見上げたナタリアは、すぐに視線を前に戻した。なんだあのとろけるような流し目は。あと数秒直視したら心臓が爆発するところだった。
「はよ来い!」
「はあい!」
やましいことをした気持ちで一杯になって、誤魔化すように腹の底から声を出した。シュテルは何食わぬ顔をして笑っているけれど、耳が赤いのは見えているんだぞ。




