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24.まるで人の子供のような

「女神フィーニは17年前に転生の儀を行いました」


 生まれ変わったばかりの雛であるフィーニは、見守る王と大神官の前からすぐに飛び去って行った。彼らは特に慌てることなく、その内に戻るだろうと見送った。

 女神がこの部屋にいる必要性はなく、また、特にやるべきこともない。ただ国にあるというだけで、その火は瘴気を打ち払い、魔物は大きく数を減らすのである。奔放に飛び回り、たまに聖火の様子を見に戻ってくる。雛だからと保護する必要性はないと文献にも記されていて、いつの世もそうしてきたらしい。

 ただそこで、いつもは起きない誤算が起きた。

 生まれたばかりのテンションの上がったフィーニは、同じ日に生まれた、同じ色の目を持つ子供を見つけた。お揃いだ、と喜んだ短絡的な女神は、即時子供を気に入った。それがナタリアだった。

 自分には過去の分の記憶があるので、自分はこの子よりずっと大人。つまり保護者になるのだと意気込んだ。可愛い子に好かれたいと、扱い慣れない力を使って雑に贈り物を投げつけた。


「そう……皆さんが言うところの、流れ星です」


 石とか、羽とか、葉っぱとか。子供はそういうものが好きである。同じく子供であるフィーニは、自分がなんとなくいいなと思うものを探してはナタリアの元へと飛ばす。

 飛ばしたものをナタリアは喜んだので、フィーニはどんどん調子に乗った。次から次へとものを集め、ナタリアに贈る。

 少しずつ力の加減は覚えたが、フィーニは贈り物を投げることは止めなかった。なぜなら、ものを投げつけるとナタリアのそばにいる人間が距離を取るからだ。フィーニの庇護する人間に、親でもない人間が近づくのは気分のいいことではなかった。


「リーン男爵は頭がよく目の肥えた方です。女神フィーニの行いとはわからずとも、姿の見えぬなにがしかが娘を気に入り、憑りついていると気づかれました。フィーニ様の贈り物を持って神殿を訪れ、まさか悪霊の類が希少な品を餌にして娘の命を狙っているのではないかと相談にみえました。わたくしどもはここでようやく、人の常識を知らないフィーニ様が早速やらかしていることを知ったのです」


 すぐに神官を走らせて、リーン家に向かわせた。状況を把握すべく家に立ち入った神官を迎えたのは、まさかの炎の渦であった。


「浅慮で短絡的で苛烈で常識のないフィーニ様は、ナタリアさんを独占したがりました。神殿や王家が口を出すことを嫌がり威嚇をして追い返します。強硬をしようとすると、攻撃までし始める始末……わたくしも何度も説得をしようとしたのですが、あの子は喜んでいるんだと言うばかりで。……やがて、あの事件が起こりました」


 侍女が贈り物を盗み、ナタリアを攻撃した。女神フィーニが庇護する者をだ。

 温い威嚇や攻撃で許すはずがない。使い慣れた力の形のまま、怒りのままにものを落とした。逃げ出したナタリアを追い、怒り収まらぬまま、心向くままにナタリアに近づく者を追い払った。

 結果、愛しい子供はフィーニの贈り物を怖がるようになってしまった。

 慌てて子供が怖がるものを贈るのを止めた。ひらひらとしたものなら人間に当たっても痛くないだろう。色々と試し、慰めようとしたが上手くいかない。


 そんなところに新たな人間が訪れた。追い返そうかと思ったが、ナタリアをこれ以上怖がらせたくはない。悩んでいる間に、ナタリアに鋼の塊が贈られた。

 あんなに硬いものを怖がっていたのに、なぜその塊は平気なのだと女神フィーニは困惑した。ならばと再び贈ってみた鉱石には、やはり怯えて縮こまる。苛立ちから少々コントロールが狂い、跳ねた石がナタリアの足に当たってしまうこともあった。


 どうして。どうして? 


 疑問を抱けど、他人に聞くのは癪に障った。どうして神たる自分が人間に教えを乞わねばならない。あの子のことは一人で考える。神なのだから、やればできるはずなのだ!

 プライドの高い女神フィーニは意地を張って、17年、ずっと神殿を遠ざけた。

 王家は女神の怒りに触れないよう遠回しにナタリアを庇ったが、神殿はあまりにも女神に近く、触れを出すことすら躊躇われた。


「幼子一人が神の愛に押し潰されることに無力を感じておりました。けれど、頭の足りないフィーニ様の暴虐に負けず、ナタリアさんは自分で立ち上がってくださった。そして最近のナタリアさんは、色々な方と交流できるようになりました。それを見て、どうやら全く成長しなかった鳥頭は、少々考え直したようなのです」


 女神フィーニは上手くやっていたつもりだった。ナタリアが再び笑顔を取り戻したのは、自分の献身が通じたからだと思ったし、フィーニの愛はナタリアを幸せにしていると思っていた。他の人間から受ける感情でナタリアが傷つくことはあったが、フィーニはちゃんと威嚇をして追い払った。贈り物を投げるコントロールが甘く、たまにナタリアの足に当ててしまうことはあったが、鎧があるので少しくらいは平気だろう。

 ナタリアにはフィーニがいる。親がいる。オヤカタという人間たちが寄っているのは多少不愉快だが、眷属であるサラマンダーに気に入られた者だ。まあ接することを許してやろう。


 守っている、守れているつもりだった。

 けれど、シュテルと出会ったナタリアの変化は劇的だった。それまでより随分と楽しそうで、笑顔は明るく輝くようだった。新しい知り合いが増えるにつれ、傷つくこともあったが、喜ぶことの方が多かった。

 混迷を極めた。自分は何か間違っていたのだろうか。贈り物は喜ばれた。けれど、ナタリア自身への贈り物より、ナタリアの周囲の人間が喜ぶものを与えたときの方が喜んでいた。

 いつもフィーニへの願いを最後まで口にしないナタリアは、貴重な初めての願いで、シュテルの願いが叶うことを願った。先代が祝福を与えた家の男の願いは、ナタリアに危険があれば自ら助けたいということだった。

 愛し子の願いとあって渋々叶えた瞬間移動。ナタリアは歴代の贈り物とは比べられないほどにこの上なく喜び、そして思いもよらないことを言ったのだ。


 フィーニに嫌われているのではないかと思っていた、などと!


「晴天の霹靂だったようでして」


 ……それはそれは、驚いたことだろう。棒にもかからぬ愚か者と思っていた人間の戯言を、まさかナタリアが真に受けているとは思わなかったはずだ。よかれと思ってしていたことを、嫌がらせではと思われていたとは。


「肯定されたらと怖くて口に出せなかったんですが……もっと早く、私が言っていればよかったのかもしれませんね……」

「どう考えても迷惑なことを自信満々に誇っている方がおかしいのですよ。まして、神につき纏われているなどとは通常思いませんから、ナタリアさんは何も悪いことなどございません。長らく手をこまねくだけで何もできなかったわたくしどもこそ、申し訳ございませんでした」

「いえ、事情が事情ですからお気になさらず……あの、大神官様、もしかしてフィーニ様のことを……その?」

「敬愛しておりますが、大変腹立たしくも思っております」


 辛辣な物言いが目立つので心配をしたが、嫌いではないようでよかった。

 ナタリアの頭の上で大神官からツンと顔を逸らす女神は、まるで拗ねる子供のようだと思う。いや、事実子供なのかもしれない。人間の寿命は精々80年。彼女は神にしては短命とはいえ比べるべくもないだろう。同じ速度で成長するとは限らない。

 こうして事情を聞いてみると、ナタリアも段々腹が立ってきた。未熟な女神の我儘で、随分と振り回されたものだ。

 生まれた日に目に留まらなければ、ナタリアはきっと、もっと平和に生きてこられたはずだった。使用人たちは逃げ出さず、特に盗まれるものはなく、人に避けられることはなく。

 けれど。


「フィーニ様」


 手を差し出すと、一拍遅れてちょいと飛び乗った。

 焔のようにゆらゆらと揺れる深紅の瞳は、ナタリアを見てはウロウロと逸らされた。それは気まずさを覚えている証拠で、女神の威厳などどこにもない。やんちゃをして母に叱られる前の自分はこんな感じだったような気がする。


「あなたが私を見つけてくださったこと、私を選んでくださったことは、とても嬉しく思います。でも、人に避けられるのは悲しかったです。とても」


 嬉しそうに広げられた羽が、しょんぼりと縮められる。わざと吊り上げた眉を下げ、吐息をこぼすように笑った。


「色々言いたいことはありますが……」


 子供の暴走が起こしたにしては大きなことだったけれど、そもそも神と人では枠が違うのだから、今更何を言っても仕方がない。文句は全部溜息に変えて吐き出した。

 それに、わだかまりがなくなった今だからこそ思えることなのかもしれないが――子供が一生懸命考えて好かれようとしていたのだと思えば、この上なく愛しいではないか。そうまでして、女神はナタリアに喜んで欲しいと思ってくれたのだ。


「ずっと、贈り物をありがとうございます。フィーニ様のおかげで、たくさんの人が救われました」


 ナタリアの17年間の波乱の代わりに、親方をはじめ、様々な人が救われた。ナタリアは親方と知りあえて、武器屋の面々とも仲良くなって、だからこそシュテルに出会えた。


「……今から、失礼な物言いをいたしますね」


 小鳥の背筋が伸びて、こころなしか緊張したような顔つきになった。微笑ましさを覚えながら、ナタリアはそっと小鳥の頬を指先で撫でる。


「私は成人して仕事もしています。本をよく読み、知識だけは人一倍あるつもりです。けれど人前に出たことはほとんどなく、子供同然の世間知らずです。きっと、フィーニ様も私と同じなのでしょう」


 少しムッとした顔をする。しかしすぐに考え直し、小さく頷いてくれた。

 大神官が「おお」と小さく感嘆の声を漏らしたのが、彼女に聞こえていないといい。また意地を張ってしまいそうだ。


「よろしければ、私と一緒に大人になる努力をしてくれませんか? どうしたらいいのかもまだわからないけれど、それも一緒に考えて、成長していけたら」


 言葉を切って、小さな目を見詰める。反感は見えなかった。それどころか期待するようにきらきらと輝く赤色が美しくて、眩しさに目を細める。


「私はとても、とても、嬉しいです」


 ぴい! と一際大きな声で鳴いた女神は、くるくるとナタリアの周囲を飛び回った。つられてヒョイヒョイと飛び跳ねだしたサラダとの共演を、大神官と二人で眺めて楽しむ。

 赤く尾を引く軌道が流れ星のようで、今日の贈り物は女神そのものなのだなと光栄に思った。恐ろしかった赤い星が、今はただ愛しい。


「とりあえず、高いところから硬いものを落とすのは控えてくださいね。それから、怒ったからといって酷い暴力を与えてはいけません」

「そんな控えめな言い方では、この小さな鳥頭様は三歩でお忘れになりますよ」


 そんな馬鹿なと笑ったその夜、早々に大量の鉱石の雨霰を食らって、さすがのナタリアも盛大に女神を罵った。

 その日からたまに周囲を飛び回るようになった鮮やかな赤い小鳥は、今日もサラダとリーン家のトップペット枠を争っている。

 仲良くなさい。どっちも可愛いから。

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