23.大神官と赤い鳥
さて、そうしてひたすら家と武器屋を往復するナタリアに、ある日思いがけない人から呼び出しがかかった。
大神官である。
「やあ、よく来てくれましたね」
大神官とはつまり、神に仕える神官の中で一番偉い人である。世界には数々の神がおわすので、奉られる神の数だけ大神官も存在するが、ひとまず我が国においては王と並んで偉い人と言ってもいい。
その眩暈がするほど偉い人と二人きりにされた一代貴族の男爵家令嬢が、どうして緊張せずにいられようか。鎧の中でガタガタ震えて、通された部屋に跳び上がる。
大神殿なんて初めて来たし、噂でだけ聞く部屋が実在するなど知りたくもなかった。
狭すぎはしないが、広くはない。豪華でもない。たったひとつの椅子と、大きな杯、その中で燃料もないのに燃える炎だけが存在を主張する、大神官の祈りの部屋。女神フィーニはその炎の中で休み、開きっぱなしの窓から飛び立つのだという。
今はその部屋に、もうひとつ椅子が追加されていた。
「さ、おかけください。鎧は脱いでしまって大丈夫ですよ。ああ、お手伝いをしましょうか」
「いえっ、一人で着脱可能ですのでお気遣いなく!」
人の好さそうな顔をした老人が枯れ木のように細い手を伸ばしてくれるが、絶対に手伝って貰っていいはずがない。いっそ不敬ではないかというほど強くお断りをする。
「ではサラマンダーはお預かりしておきましょうねえ。いやあ、立派に育った子だ」
鎧の内側に張りついて強硬についてこようとしたサラマンダーことサラダを、ナタリアは必死で引き剥がそうと頑張ったのだ。
うんとこどっこいしょ。けれどもサラダは取れません。家族総出で奮闘するところに、どこかから見ていたかのように神殿から追加の手紙が届いた。サラマンダーを連れて来てもいいよと。
正直監視されていたようで物凄く怖いのだが、神官には魔力で何やら色々と奇跡めいた事象を起こせる人が多いらしいので、きっとそういうなんかアレだろう。長いものには適度に巻かれるのがいいと父も言っていた。詮索はすまい。
「羽を生やしたサラマンダーなど久しぶりに見ましたよ」
「……先祖返りではないかと、知人は言っていましたが……」
生育上問題はないのかと気になって、ニコニコと笑う大神官に口を挟んだ。
「この子たちは女神フィーニの火の粉から生まれた存在なのです。なんでも、火の粉が落ちた場所にいたトカゲが精霊になったのが始まりだとか。フィーニ様は鳥の姿を模しておられますから、力が強くなった個体は鳥に近くなるそうですよ」
同じ火属性くらいだな、としか思っていなかったのだが、意外にも尊い存在だったらしい。
脱いだ鎧を部屋の端に纏めて置いたのを見計らって、大神官の手からサラダがすいっと飛んできた。手で受け止めると、腕を辿り、肩を辿り、頭の上に乗って落ち着く。
「さ、おかけください」
再度席を勧められておずおずと着席した。
燃え上がる炎のすぐそばなのに、不思議と全く熱くない。お湯に浸かっているような安心感を覚えて肩の力が少し抜けた。
「さて……では、よろしいでしょうか」
ナタリアに言ったのかと思ったら、返事をするように鳥の声が聞こえた。
見れば、先程までは確かにいなかったはずの赤い色をした小鳥が、杯の縁にとまっている。この距離で熱くないのだから、そこでも平気なのだろうか。ヒヤヒヤするので場所を移動してくれるといいのだが。
「わたくしどもはナタリアさんに謝らねばなりません」
ピィ、と小さく小鳥が鳴いた。ごめんね、という女性の声の幻聴を聞く。
「まず、あなたはあなたが生まれた瞬間、フィーニ様から寵愛をいただくこととなりました。皆さんが流れ星と呼ぶ落下物は、確かにフィーニ様の仕業です」
「しわざ」
「はい」
大神官の口から女神の寵愛について保証を貰えたのはとても嬉しいことだったが、なんだか神の行いを示すにはふさわしくないような単語が出てきた。
「そしてわたくしども……具体的には、わたくしと王は、それをしっかりと把握しておりましたし、実はあなたについて、ずっとプライバシーを害さない程度に報告をいただいておりました」
「大神官様と、陛下が」
「はい」
続いて、二大大物がナタリアの詳細を知っていたという、とんでもない情報が飛び出してきた。
もうこの時点でいっぱいいっぱいだ。ナタリアは日々の暮らしの中で、何か致命的な不敬をやらかしたりはしていなかっただろうか。流れ星の葉っぱを踏んづけたのはセーフ? アウト?
両手で頬を挟んで記憶を掘り返すナタリアに構わず、大神官は目尻の皺を深くさせて続ける。
「あなたが不幸に見舞われる前に、いいえ、あなたが御方に選ばれたとき、本当は知らせたかった。あなたは女神フィーニの寵愛を受けたので、これから多大なご迷惑をかけることとなりましょうが、どうか寛大な心でお許しくださいと」
「……え?」
「一から説明をさせていただきますね」
「お……お願いします……」
頭を真っ白にしたナタリアに、大神官は笑顔のまま語った。
神とは人間にとっては永遠に近しい時間を生きる存在ではあるが、本当に永遠に生きているわけではない。環境によっては死ぬこともあるし、いつかは衰えて消滅をする。歴史の中には神の死によって終わった信仰もあるらしい。
一方、女神フィーニは火と再生の神だ。一代の寿命は他の神々より遥かに短く、死期が近づくと自ら火に飛び込んで命を燃やす性質を持つ。そしてその火の中から新たなフィーニが生まれてくる。その巡りを転生といい、フィーニは転生を繰り返すことで疑似的に永遠を生きているようだ。
「火……というと……」
「そうですね、こちらの火です。わたくしどもは聖火と呼んでおります。この火はとても大事なもので、神との契約の証なのですよ」
転生の拠点となる火は、フィーニ自らが時間をかけてつくり出した特別な火である。これが消えてしまってはいくら女神でも転生ができない。そのため、人間が拠点を守ることを条件に国の守護を契約して、この国の礎が誕生したと伝えられている。
「この辺り、実は機密事項なのですけれどね」
「そう、でしょうね……」
「皆さんには内緒ですよ」
「そんな大事なお話は……正直聞きたくなかったです……」
なお、女神フィーニの記憶や契約は転生の際に引き継がれるが、自我は継がれないという。
「それってもう、別のひと……神様なのでは?」
「わたくしも不思議なのですが、同一の存在だという認識はあるらしいのです。引き継いだ記憶は他人事として見ているようなのですけれど……まあ、人とは違うのでしょうねえ」
女神フィーニの自我は新しくも、性質はいつもおよそ同じである。
好奇心は旺盛。神には珍しく伝統にこだわらず、信仰には寛容。悪口を言われれば怒るが、信仰しないからと罰を与えることはない。反面、年齢の低さゆえか、やや思慮が浅く短絡的、苛烈で好戦的である。
「ここまでが前提となります。何か質問はございますか?」
ぴい、と鳴いた小鳥が大神官の額を突いた。キン、と高い音がして、クチバシが触れる前に弾かれて止まる。
もしかして今のは防御魔法だろうか。こんなふうに奇跡の技を見るなんて思わなかった。できればもう少し感動をしたかった。
弾かれた衝撃で飛んできた小鳥を慌てて手で受け止める。つぶらな瞳でこちらを見上げる姿は、思わず顔が緩むほど愛らしい。にこりと笑いかけると、元気に鳴いた小鳥はサラダを蹴り落としてナタリアの頭を陣取った。
「こら、乱暴はいけませんよ」
転がったサラダは、何事もなかったかのように膝に乗って丸まった。序列ができているのかな、と思う。サラマンダーはフィーニから生まれたらしいので。
「……あの、つかぬことをお伺いしますが」
「はい、どうぞ」
恐る恐る手を上げて、大変……不敬ではあるが、髪を巣にした小鳥を指さす。
「この……小鳥……いえ、この御方は……」
フィーニは生まれ変わる。フィーニは赤い鳥の姿を模している。それならば、つまり。
「女神、フィーニ様で……いらっしゃいますでしょうか……?」
「はい」
返答は簡潔だった。




