22.会えない日々、広がる世界
潔く認めようと思う。ナタリアはシュテルのことが恋愛的な意味で好きだと。
心を救われ、命を救われ、惚れない方がおかしいではないか。身の程知らずと罵られようが、じゃあナタリアと同じ体験をして惚れずにいられるのかと問い返したい。それは仕方がないと手のひらを返して納得してくれるはずだ。
……認めたのだが。
「会えない……」
「祝賀会の日程も決まったから、きっとお忙しいのねえ」
頭を撫でる母の優しい手に甘えながら、がっかりと肩を落とす。
ちなみに焼けた髪は先をカットして整えた。以前よりはやや表面がごわついているが許容の範疇であろう。もう何日かすれば気にならないくらいに落ち着くはずだ。
「あなたもお仕事たくさんあるしね。少し貰いましょうか?」
「ううん。頑張る」
被害は大きくなかったものの、竜の襲撃はやはり街をいくらか破壊した。修繕のための物資の手配はリーン商会にお任せあれ。ついでに手薄であった場所の防御や備蓄も堅め、王国軍も装備を見直していて、こちらの方面でも王都一の物流を担う当店は大忙しである。
ゆえに毎日武器屋に赴くわけにもいかず、隙を見て足を運んでもシュテルの姿は見られない。あちらはあちらで忙しいためか、家を訪ねてくることもない。
最後に顔をあわせたのはワイバーンの襲撃にあった日だから、もう一か月は経つだろう。その間一度もだ。本当に一度も顔をあわせることができていない。会ってどうしようというわけではないが、とにかく顔を見たいのである。
ここまで会えないと、段々暴れたくなってくる。
最初は衝動のままに空いた時間で庭を走り回っていたのだが、出かけた方が会えるチャンスが生まれるのではないかと、今は武器屋までの距離を走り込んでいる。おかげでとっても体力がついた。今ならワイバーンとの鬼ごっこ勝負で、もう少しいい成績を出せるはずだ。したくないが。
最近では道行く人が頑張れと声をかけてくれることもあり、走り込みに精が出る。
「じゃあ、今日も行ってくる!」
「人を轢かないようになさいね」
「はーい」
弾丸の勢いで飛び出して、そろそろナタリアの足跡が刻まれるのではないかと思うほどに通い慣れた道を走る。
慣れてくると始まるのがタイムアタックだ。今日は程々に好調。息を切らしながら力を振り絞り。
「新記録!」
「ナタリアちゃんいらっしゃーい」
「こんにちは。お邪魔しまーす」
上半身だけ鎧を脱いで、持ってきたタオルで流れる汗を拭った。
最近になって水に濡れても流れにくい化粧品が開発されたので、少しの汗くらいは怖くない。汗臭さは……鍛冶場は元々暑いので……親方たちに紛れてしまえると信じたいところだ。
武器屋の中を見回し、眉尻を落としながら鍛冶場に入り、しょんぼりと萎れる。シュテルの目立つ赤髪は見当たらない。
炎に染まり赤くなった親方の白髪に触れて心を慰め、跳んできたサラマンダーを抱き締めた。会えなさすぎて、もう赤いだけで愛しい。鎧を見るだけでシュテルを思い出すほどでもある。
「シュテル、今日は来た?」
「んん……」
もにょもにょと言い淀む親方から、他の職人たちへと視線を移す。職人にはありがちらしいが、顔ごと背ける彼らも例に漏れず、誤魔化すという技術が下手くそだ。
「シュテル来た?」
再度押すと、武器屋の方から冒険者が顔を出した。
「シュテル様なら女騎士さんとよく来て」
「コラ!」
来ているらしい。ことごとくすれ違っていることが悲しいやら、女騎士と訪れているということに嫉妬の炎が燃えるやら。辺境伯領から来た女性の騎士は一人だというから、恐らくあの日挨拶を交わしたロロッカなのだろう。
滲んだ破壊衝動を、サラマンダーを撫で回すことで昇華しようと試みる。羽毛のない口の辺りを揉むと、そこじゃないと抗議するように啄まれたが、歯はないので痛くない。しかし思ったより口が硬くてクチバシのようだ。見た目はトカゲなのに、まるで鳥みたい。
「あ、あー、別に嬢ちゃんを避けとるわけじゃないんだぞ。忙しいんだ、あの野郎も、ほんと」
「親方も忙しそうだよなあ。またリテイク食らって」
「コラッ!」
「冒険者さんお帰りですね。またのお越しをお待ちしておりまーす」
「いや、まだ」
抵抗虚しく追い出される冒険者。親方も忙しいならナタリアがいては迷惑だろう。脱いだばかりの鎧を着けて帰り支度をする。
「茶も飲んでいかんのか」
「うん、今日はいいや。ありがとね」
「……コイツ、連れてけ」
「いいの? お仕事に差し障りない?」
「最近新しいヤツも来てな。ちっと数が多くて炉が足りねえくらいだから平気だ。あとなんかソイツ、元々なんだが妙に気紛れでな」
「……厄介払いじゃないわよね?」
慰めのつもりか、親方から羽つきサラマンダーを差し出されて受け取った。
精霊とは自分がいたい場所に居つく気紛れな存在なので、環境によっては勝手に増えることがあるのだ。火と鉄を扱う鍛冶屋にはサラマンダーが集まりやすい。親方の店ほどサラマンダーが多いところも珍しいようだけれど。
「うちに来てくれる?」
やる気なくぱくりと口を開けた。
「もし嫌になったら戻っていいからね」
ぱくりと口を開けた。
「……帰ったら余ってる流れ星あげるね」
きゅわあ、と甘えた声を出してツノを擦りつけられた。現金である。掴んだ手の中から素早く頭に移動して、早く帰るぞというように足をバタつかせ催促をするから、なんだか気が抜けた。
店を出て、小さな溜息を吐く。会えるかもしれないと希望を持った行きとは違い、帰りの足取りは少々重たい。
鎧の上からでも落ち込んでいることはわかるようで、道行く人が元気出してと応援してくれた。嬉しい。武器屋を忙しなく往復するようになってから、すれ違うだけの通行人であった人たちと挨拶を交わせるようになったのは怪我の功名である。元気が出たので、美しい足甲に負けないよう、背筋を伸ばして歩き出した。
「ナタリア様、こんにちは」
「こんにちは!」
それから、ナタリアに好意的な人が増えた大きな理由のひとつに、マルグリットの友人のことがある。
彼女はワイバーンが倒されてから、受け取り損ねた兜を持って家まで来てくれたのだ。胸を張るマルグリットの隣で、ナタリアの与り知らぬ過去の言動まで深く詫びた。見ないフリをしていたっていいのに、さすが彼女の友人だと思う。
「何かお詫びをさせてください!」
彼女は青果店を営んでいるらしい。どうしても言葉での謝罪だけでは気が済まないと言われ、何かおいしい果物でも貰おうかと悩んでいたら、ふと、おいしくない飲み物の味を思い出した。
「ココニャって知ってますか?」
「ココニャ……南の国で取れる実ですか? よくそんなマイナーなものご存じですね」
「ちょっと縁があって……。もし、もしでいいんですけど、育て方とかがわかれば教えて欲しいです」
駄目で元々聞いてみる。広く浅くのリーン商会では取り扱いはなかったが、専門店ではどうだろう。
しばらく考えて、ああ、と手のひらを打った。
「妹が農家に嫁入りしていましてね。旦那に南の血が入ってるって聞いたことあったような。駄目かもわかりませんが、一度聞いてみますよ」
「本当!? ありがとう!」
目を輝かせて喜ぶナタリアをじっと見つめた彼女は、次第に目を潤ませて、やがてはおいおいと泣き出してしまった。デジャヴを感じる。
「む、娘とおんなじじゃないか……こんな可愛い顔で笑う子に、わ、私ってやつは……!」
「フンッ、だから言ったじゃないのさ!」
「大丈夫! 大丈夫ですから!」
そういうことがあって以来、彼女は店の客にナタリアの話題を振っているらしい。
身を挺して自分たちを助けた勇気ある子だとか、鎧の中身はとても可愛い女の子だとか、一般男性と同じくらいの食事をぺろりと平らげるだとか。なんだか話題にして欲しくない話題も紛れているようだが、マルグリットもあわせてあんまり好意的に話すものだから、聞いた人の一部は「意外と害はないのではないか」と認識を改めてくれるのだとか。
狭い世界が広がって行く。聳え立っていた見えない壁に扉がついて、ナタリアを少しずつ受け入れてくれている。
その嬉しさを、両親に伝えて、親方に伝えて――きっかけとなってくれた人にも伝えたいのに。
その後も何度か空振って、そのたび女騎士と行動していると聞いて沈んだ。昨日は貸本屋で一冊の本を開いて白熱した議論を交わしていたそうである。
祝賀会でも彼女を伴うのだろうか。さすがのシュテルも誰かと踊るのだろう。着飾ったロロッカと踊るのか、それとも英雄に頬を染める知らない女性の手を取るのかはわからない。どちらにせよ、そこで踊るのはパーティーに出ることができぬナタリアではない。
落ち込む日々に、サラマンダーはいい癒しになってくれた。仕事をしているときに限って構えとばかりに擦り寄ったり、頭が重かったりはしたが、猫のようで愛嬌がある。
ナタリアのそばにいないときは、キッチンや焼却炉で火を焚いて遊んでいるらしく、屋敷の者にも好評だ。餌はなぜか流れ星がくれる。女神の御眼鏡にもかなったのだろうか。
……そういえば、我ながら我儘な感情だとは思うけれど、最近餌以外の流れ星が落ちてこなくて少し寂しい。愛されていると実感したところだったのに。
なお、母がサラダちゃんと呼ぶので、この子はサラダという名前になった。呼ばれても特に反応はしないが。




