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19.いってらっしゃい

 賑やかにしていたら、いつの間にか止まってしまった歩み。高い人垣の隙間から、遠くの方にシュテルの姿が見えた。

 隣に立つのはいつか聞いた女騎士だろうか。女性にしては確かに大柄で、体格のいいシュテルと並ぶとあつらえたようにお似合いだった。遠くて顔はよく見えないが、鎧を装着していてもわかるほどには女性らしい体格をしていて、ゴリラには全く似ていない。あれは分厚いではなく、豊かというのだ。

 強い人か、と我が身を振り返ると少し落ち込む。ナタリアは小さいし、武術の心得は全くないし、魔法も使えない。辺境伯領の人の好みからは相当外れていることだろう。

 ちくりと胸が痛んだ。眉を下げたナタリアを見て、視線の先を追い、男たちはこぞって嬉しそうに相好を崩した。


「ナタリア様、めちゃくちゃ恋する乙女じゃないですかぁ」

「ち、違いますよ! それについてはまだ未確定で」

「嫉妬してんじゃないですか。それはもう恋ですよ、恋。恋愛マスターの俺が言うんだから間違いないって」

「お前は恋バナが好きなだけで恋愛沙汰には連敗してるだろ……」

「こい、恋……とは……まだ……」

「えー? 戦地に向かう男に何を渡しに来たんです?」

「……お守りを……」

「恋人の定番じゃないっすか」

「ぐぅ……!」


 確かに。無事に帰ってきてねとお守りを渡す異性は、基本的には恋人だか夫婦だかが定説である。

 いや、でも偶々ワイバーンが襲来したからこのタイミングになっただけで、本来は和やかにお茶でもしているときに渡そうと思っていたのであって――と思ったが、戦士にお守りを渡すという行為自体、やはり相当な好意を持っていないとしないんじゃないだろうか。


「で、でも、私みたいな弱い女、辺境伯領の皆さんとしては反対でしょう!?」


 例え恋だとして、敵わないなら認めるだけ無駄な話。やけくそで叫べども、やはり彼らには糠に釘だ。


「いやあ、流れ星の君だったら特に領民総出で大歓迎だと思いますよ。昔からめちゃくちゃ人気だし」

「……? 色々と悪評もありますし……」

「悪評というと流れ星関連のお話ですか? 王都来てびっくりしました」

「あっちじゃ流れ星の君って領主様レベルで尊敬されてるのにな」

「な」


 凄くわからない。静かに疑問符を撒き散らすナタリアに気づいた一人が、意外そうに首を傾げた。


「あれ、シュテル隊長から聞いてないです?」

「何を?」

「ギベオール辺境伯領って、世界で一番ナタリア様に助けて貰ってる土地ですよ」


 説明されたのは、大まかには先程王国騎士に貰った感謝と同じようなことだった。

 流れ星は魔物との戦いに役立つ。ギベオール辺境伯領はどこよりも魔物の被害が多い土地なので、もしも落とされれば国の危機。率先して流れ星の使用権が回されたのだそうだ。

 希少な薬草により、瀕死の重傷から救われた人がいた。鉱石は優秀な武器や防具となり戦闘を助けた。送られたいくらかの草木は根を張り、今もすくすくと育って、治療や戦いに役立っているそうだ。

 流れ星の着地点こと、ナタリアについても話題になっているらしい。ギベオール家が誇る鋼を常に全身に纏っている令嬢とは、一体どんな子なのだろうと。


「自分とこの生活を支えてくれて、鎧着てるって親近感があって、フィカス様の赤い目をしてるっていうんだから、そりゃ皆好印象持つでしょう」

「次々考えられるナタリア様用の鎧のおかげで、軽量化が進んだのも助かるよな。鎧着たまま土木作業できるし」

「隊長もいつかお礼言いたいってよく口にしてたのにな。なんでまだ言ってないんだろ」


 流れ星はナタリアが生まれてからずっと落ちてくるもので、ナタリアとは切り離せないものだ。その流れ星に喜び、ナタリアへの好意に繋げてくれた。なるほど、よくわかる。

 だからシュテルはあんなに親切にしてくれたのかと嬉しく思う……反面、胸の奥がモヤモヤした。喚きたいような、泣き出したいような、複雑な気持ちにかられていると。


「うーん……恋愛マスターの俺はなんとなくわかる気がするぞ。思うに、隊長ってさ――」

「うわ!?」


 ズン、と遠くに流れ星が落ちた。具体的にはシュテルのそばに。

 そこそこ大きな石を拾い上げて、彼はぐるりと視線を巡らせた。目があうとパッと笑みを浮かべる。


「ナタリア、来てたのか」


 手招きされて躊躇えば、行け行けとばかりに複数の手で背を押された。

 まるで告白を後押ししているかのように頑張れと声をかけるのを止めて欲しい。お守りを渡すだけだ。特別頑張ることはない。

 近づくと、よく見えなかった女騎士の顔が大変美しいことがわかった。どこが辺境伯領の女は皆ゴリラなのだ。こちらをじっと見詰める彼女は優雅な猫のようではないか。


「この方が、流れ星の?」

「……ああ」

「お忙しいときにすみません。ナタリア・リーンと申します」

「まあ」


 会釈をすると、長い睫毛に飾られた切れ長の目がうっとりと細められた。

 流れるように跪き、ナタリアの鋼の指先をそっと掬う。なんだか既視感のある光景だ。秀麗な顔が近づく。形のいい唇が冷たい甲に落とされた。


「我らが流れ星の君。獲物が不足でありますが、あなたの剣ロロッカは、此度の勝利で竜の血と肉をあなたに捧げると誓いましょう」

「え? いえ、素材は是非、皆様方で……」

「なんと慈悲深い。次の戦に備えよと仰るのですね」

「ええと」

「適当に流しといていいぞ。ほら困ってるだろ、あっち行け!」

「まあ……御方を独り占めだなんて、無駄に大きな体の割に心が狭いこと……」


 彼女は唾を吐くような仕草をしながら大股で去って行った。その姿は早くも優美な猫とはかけ離れてしまっている。


「三度の飯より戦好きのスプラッタ製造機こと、うちの副隊長ロロッカだ。あー……流れ星のおかげでより強い魔物とやりあえるからって、お前のこと大好きでな……」

「なるほど……?」


 モヤモヤも吹っ飛ぶほどインパクトの強い人だった。成人してもあの土地にいられる選ばれし女性とは、皆あんな感じなのだろうか。

 理由を深く聞かないナタリアに、シュテルは片眉を上げた。


「……もしかして、領地でのお前の評判、聞いたか」


 頷くと、困ったような顔をして天を仰いだ。


「そうか……。……あのな、俺がお前にそれ言わなかったのは、一応理由があって」


 しばらくの沈黙の後、シュテルは意を決してナタリアを見据えたが、どうやら時間切れのようだった。

 王国騎士が出立の準備が完了したと叫んでいる。悠長にしすぎてしまった。慌ててお守りを取り出して、シュテルの大きな手に押しつけた。


「これ、お守りをつくったの。貰ってくれる?」


 手のひらに置かれたものをじっと見詰め、まるで宝物を貰ったと言わんばかりの顔で滲むように笑う。

 お守りの赤い石が陽光を受けて輝く様子は、シュテルを持ち主と定めた合図にも見えた。


「お前の目みたいだ。ありがとな、大事にする」


 軽くナタリアを抱き寄せ、放す。互いが鎧で隔てられているのが惜しいなと一瞬思いかけたところで、忘れていた外野にヒューと囃し立てられて頬を染めたが、シュテルは気にならないようだった。


「行ってくる。土産は何がいい?」


 近い距離で視線をあわせて囁かれても、戦場で欲しいものなんてひとつしかない。


「……あなたがいいわ」


 素直に答えれば、彼は自分で聞いておいて絶句した。思いがけない言葉を聞いたという顔で目を見開いて、なぜだか見る間に赤面していく。


「行ってらっしゃい、シュテル。どうか気をつけて、絶対に帰ってきてね」

「ああ……そういう……バカ、小悪魔!」

「何が」


 言い訳をすれば、このときナタリアには余裕がなかったのだ。別の受け取られ方をされるだなんて考えることもなく、ただシュテルの無事を祈っていた。

 真意に気づいたシュテルは、そうしてナタリアを詰りながら締まりのない出立をした。一体自分は何を詰られたのかと父に疑問をこぼしてようやく、お土産はあなた、という言葉のやましさに思い当たる。

 なんてことを。なんてことを公衆の面前で。いや、でも言葉を交わしたのはあの距離だから、他の人には聞かれていないはず。聞かれていないといい。


「ええと……シュテル様にならナタリアをお任せできるから、おつきあいをしたら教えてね」

「違うったら!」


 複雑そうな顔をして言葉を絞り出すくらいなら放っておいて欲しかった。

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