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18.戦士たち

「着いたよ、ナタリア」


 差し出された手を取り、馬車から降りる。

 優美な形の足甲を地につけた途端に聞こえた、気持ち悪い、という男の幻聴を頭を振って追い出した。悪意など関係ない。ナタリアはシュテルに会いに来たのだ。

 淑女としては失格の性急な仕草で、ナタリアはキョロキョロと初めて訪れた場所を見回した。近くに騎士や馬車が集まっている。あのどこかに彼はいるのだろうか。

 こちらの馬車に気づいた騎士の一人が、急いだ様子で駆け寄ってきた。


「リーン男爵、よくぞお出でくださいました! して、品物は……」

「全てこちらに。依頼された品以外のものもありますが、そちらはお代はいただきません。どうか此度の戦いにお役立てください」

「なんとありがたい……おや、そちらはもしかして?」


 こちらを向いた視線にどきりと心臓が跳ねた。しかしその目に険はなく、どちらかと言えば好意的な色を湛えているように見える。

 兜の下で長く息を吐き出し、ナタリアは軽く片足を引いて礼をした。


「ナタリア・リーンと申します」

「やはり! 我ら一同、あなたには大変お世話になっている」


 男は目から顎にかけての大きな傷痕を指で示した。

 くっきりと残る痕は今でも痛むことがあるだろう。喋るたびに周りの皮膚が引き攣って皺が寄る。


「これは中々深い傷でね。あなたの流れ星があればこそ箔がつくだけで済んだが、危うく失明するところだった。同じような者がこの国の戦士にはたくさんいるんだ」

「そう……でしたか」


 流れ星の行先や使い道は知らされていた。しかし実際にその結果を直接見たのは親方くらいだ。


「大変遅くなってしまったけれど礼を言わせて欲しい。ありがとう」

「あなたがご無事でよかったです……こちらこそ、ありがとうございます」


 戦ってくれて、生きていてくれて――流れ星を肯定してくれて。

 バイザーを上げて微笑むと、娘を見るような目をして温かく笑い返してくれた。


「さて、シュテル殿ならばあちらにおみえだよ」


 こちらから切り出すまでもなくシュテルの話をされて面食らう。

 そういえば訓練所でナタリアについて相談をしていたと言っていた。彼もその一員だったのだろうかと思うと、途端に顔に血がのぼる。

 誤魔化すように視線を外し、あちらと示された方を見ると、マルグリットの店でも会ったシュテルの部下、クーノが手を振っていた。おいでおいでと手招きされて、行ってもいいものかどうかを迷う。


「彼らはすでに用意を終えておられるから時間もあるだろう。迷惑にはならないはずだ」

「ナタリア、お言葉に甘えさせていただきなさい。話が終わったら戻っておいで」


 それで、と父が話を引き戻す。


「荷を移す必要がありましょう。馬車をどこへつければよろしいですか?」

「ああ、申し訳ない。こちらへ――」


 流れるように置いて行かれてしまった。馬車と二人の後姿を見送って、戸惑いながらも呼ばれるままに歩を進める。


「こんなときに来てしまってごめんなさい。あの、シュテル……様にお渡ししたいものがあって」

「こっちこっち! やー、いいタイミング。出発待ちで暇だったんすよ」


 話を聞いて欲しい。背を押す遠慮のなさは親しみの証のようで嬉しいが、小さな鎧が運ばれる様は物凄く視線を集めていた。聞き咎められてはいけないので、名前を呼び捨てるのは止めておくことにする。

 進むに従い辺境伯軍の人が増えて、どやどやと周りに集まってきた。ピクニックでご一緒した人、食事処で会った人、見たことのない人までが。


「何々、ちっさ。可愛い」

「あっ、流れ星の君だ! お久しぶりです!」

「え、この人がそうなの? 嘘、めちゃ小さい。小さいのに動いてる……」


 小さいな、と自分でも思う。戦士たちに囲まれれば、恐らく大概の女性が思うだろうが。

 見上げるばかりの男たちは、皆一様に笑みを浮かべ、好奇心を隠すことなくナタリアに声をかけた。

 めいめいに挨拶をして、ナタリアが返答できないほど好き勝手に喋る。店で騒いだときも同じ調子だったから、戦いを生業にする人とは、そういう陽気な人が多いのだろうか。

 王国騎士がナタリアの心を読んだのなら即座に異議を唱えることを考えていると、突然一人の騎士に覗き込まれてたたらを踏んだ。


「ねえねえナタリア様、シュテル様のことどうですか」


 きらきらと輝く目に気押されながら聞き返す。


「どう、と言うと?」

「結婚のお相手としてですよぉ!」


 反射的に頬を染めたナタリアを見て、男たちは乙女のような高い歓声を上げた。しまった、バイザーを下ろすのを忘れていたばかりに。


「やったぜ脈ありじゃね?」

「男前だもんなあ、羨ましい……」


 盛り上がる男たちに、慌てて釘を刺すべく声を張り上げた。この賑やかな男たちは、放っておいたら話を盛りに盛って広めるだろう。そういう予感がひしひしとする。

 赤面したという事実には色々と言い訳はしたいが、とりあえず一番納得されそうな否定の理由を述べる。


「例え仮に……仮に! 好意を抱いていたとしても、シュテル様は辺境伯家の方ですから、男爵家の私ではとても釣りあいませんよ!」


 しかし彼らにとっては否定の理由にはならなかったようだ。


「あれ、ご存じない? ギベオール家って嫁に来てくれるなら平民でも大歓迎って家ですよ」


 あっけらかんと言われて絶句した。

 辺境伯家だ。つまり高位貴族。そんな家が平民でもいいだなんて、絶対におかしいだろう。万が一本当にギベオール家が受け入れるとしても、まず貴族からも数多の打診が行くだろうに。

 ……と思ったのだが、現実とは非情なものらしい。


「土地が土地なんで女性の数が少なくて。成人してもあの土地にいられる女ってなあ……大体選ばれしゴリラだよな」

「な」


 ゴリラとは筋骨隆々とした肉体を持つ、やや人に似た動物である。その見た目の通り力が強い。

 女性をゴリラ呼ばわりするのは罪深いが、しかしそんなゴリラがあなたたちは大好きなんでしょう、と思うととやかく言う気は失せた。ピクニックの際に、散々惚気を聞いたのだ。辺境伯領の騎士は強い人が好きだそうなので。

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