16.流れ星の君と呼ばれて
……懐かしい夢を見た。幼いナタリアが、夢から覚めた日の夢だ。
マルグリットは恐らく、あの現場のどこかにいたのだろう。地獄のような星降る光景を見て、よくぞ受け入れようと考えてくれたものだ。
それからのナタリアは、親方が鎧をつくって持ってきてくれるまで、ずっと部屋に閉じ籠っていた。彼には本当に助けられている。
子供は外に出ろと担いで武器屋に運ばれた。ナタリアが震えても泣いても何度も繰り返し、時間をかけて限定的に外に出られるようになった。
両親は何度もナタリアに言い聞かせた。ナタリアのせいで人が傷ついたというのは間違いだと。ナタリアといるだけで怪我をするのなら、ずっと一緒にいる自分たちが一度も傷つけられていないのはおかしいと。親方の手で強制的なリハビリを受けている間、誰も傷つかなかったおかげで、流れ星が無差別に人を攻撃することはないらしいとその内に納得できた。
人が傷ついたことのない屋内でなら、鎧を脱いでいても平気なようにもなった。
一人で武器屋に向かえるようになったのは随分経ってからのことだが、武器屋の店員によれば、通行人は親方に攫われて泣く子を心配していたそうで、ナタリアが泣かずに歩けるようになったことに胸を撫で下ろしてくれていたらしい。
一方、外の世界では当時、ナタリアのことを大々的に化け物と呼称していたようだ。幸い、ナタリアが外の人と接することはなかったので、実際に直接呼ばれたことはない。
しばらくして、王がどこかでナタリアの話をしたらしい。流れ星は国に多大な貢献をしており、流れ星をいただく少女は国にとって重要な子であると。父がどこぞに頼んだのか、それとも王の独断か。どちらにしてもありがたいことだった。
貴族たちが化け物と罵ることを止め、平民の暴言を咎めた。流れ星の君、と初めに呼んだ誰かがナタリアをどう思っていたのかはわからない。一部は蔑称として、一部はただの呼び名として、一部は親しみを込めて、その名前は浸透していった。
ちなみに理由は不明ながら、流れ星の回数は事件以降ぐっと数を減らした。ひらひらとした軽いものは、鎧を手に入れてからはなぜかおよそが石に戻った。
そうして現状に至る。
落ちたところで更に落ちる夢を見て、気分はどん底だった。一晩寝てもまだ浮上し切れず、誰とも顔をあわさないよう何日も引き籠る――ところだったナタリアのもとに、シュテルは足繁く訪れた。
広い庭を散策したり茶菓子を楽しんだり。無理に連れ出そうとはしなかったが、長く一人になることを決して許さなかった。
沈むばかりだった心が一息つき、こうして改めてシュテルと過ごすとわかる。友達すらいない身だから、これが恋かどうかをはかることはナタリアにはできないが、自分は彼を特別に思っているらしい。
少なくとも家族や使用人に向ける親愛とは全く違った。可愛いと家族に言われて感じるのは、誇らしさとか嬉しさなどのポジティブな感情だけだ。でもシュテルに言われると、そこに複雑な感情が絡む。妹扱いをされるのは嫌だとか、他の誰かにも言っているのかと不安にかられたりとか。
……というかシュテルはナタリアに甘い言葉を向けすぎではなかろうか。可愛いと言うだけではない。デートを狙っていたとか、いい女だとも言っていた。絶対言ってた。ナタリアは店の裏方仕事を色々とこなしているから、記憶力が鍛えられているのだ。
向けられる目は甘く、たまに熱を帯びて、触れる手は至極優しい。
これは――と察しのよいナタリアが物言いたげに顔を出すが、気が早いと押し込んだ。
再三言うが、ナタリアは人と人との交わりに疎い。本で読んだ知識だけで断定するには早計である。もしかしたら甘いとか熱とかは全くの勘違いという可能性もあるし、触れ方が優しいのは愛しい妹認定されただけなのかもしれない。ナタリアには兄弟もいないから、比較対象もいないわけだし。
シュテルにそういうつもりがないのであれば、是非とも態度を改めるべきだと暫定恋する女は思う。わからないが、まだわからないが、わからないなりに自分のように複雑な思いをする者は少ない方がいいはずなので。
ナタリアの思考を誰かが読んだなら、往生際が悪いと評するだろう。
誰にだって初恋はあるわけで、恋と思ったものが恋なのだから、自分が恋と認めればシュテルへの気持ちは恋になる。
恐らく認めるのが怖いのだ。
慣れないがゆえに人に対して臆病で、気持ちを拒絶されるのに怯えている。シュテルは辺境伯子息という高位貴族のため大きな身分差が横たわっている。更には流れ星の件で疎まれているナタリアに比べ、彼は赤竜を討伐した英雄だ。周りの目は厳しいに違いない。
そういう諸々のことに二の足を踏んでいる。分析してみれば、大体こんなところではないかと思う。
まだ休んでいていいと言う母の言葉を押して仕事に励んでいたナタリアは、机に突っ伏して我が身の情けなさに震えた。できれば床に転がって掃除道具になりたい気分だが、さすがにそこまではしたなくはなれない。その衝動はベッドに入るまで取っておこう。
よろよろと手を伸ばし、放り投げてしまった手製のお守りを取り上げる。
我ながら上手くできたのではないかと思う。サラマンダーから貰った赤い宝石の周りを、流れ星として落ちて来た原料のわからない丈夫な紐で、包むように編み上げた。石の美しさの割には素朴かもしれないが、その野性味はシュテルに似合っているはずだ。
彼は喜んでくれるだろうか。いや、喜んでくれるには違いないと思うのだけれど、その、欲を言えばリアクション大きめに喜んでくれるといい。




