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13.躓いて転ぶ

 食べて、飲んで、騒いで。

 そうした楽しい時間はいつか終わる。日が完全に落ちた頃には、頼んだ分の皿は綺麗になった。案の定ナタリアは食べ切れなかったのだが、シュテルは思った以上に大食漢だったようだ。どこに入るのかと人体の神秘を噛み締める食いっぷりに、拍手を送ったほどである。

 大量の料理を腹におさめ、こころなしか丸くなった体を鎧に包む。冒険者たちの大半は、ここからが本番とばかりに酒を追加していたが、ナタリアが出歩くにはすでに相当遅い時間だ。

 大量の羽を抱え、ほくほく顔の親方が軽やかな足取りで店を出る。続いて店を出たはずなのに、もう親方は角を曲がった後だった。また何かいいものを思いついたに違いない。彼にとって、鍛冶とは仕事であり生き甲斐なのだ。

 再び腕を差し出すシュテルに、ナタリアはバイザーを上げて微笑んだ。


「シュテル、私がここに来れるようにしてくれてありがとう」

「どういたしまして。ちょっと動いただけでいい女とデートできて、その上感謝されるんだ。役得だな」


 彼はそうおどけるが、言うほど簡単なことではなかっただろう。マルグリットがナタリアを見たのがあの日であったのなら、きっと。


「おーい、親方」


 閉めた店のドアが開いて、赤ら顔の冒険者が顔を出した。


「あれ、もういないのか。親方が仕事道具置いてっちまったようなんだが、シュテル、持ってってやってくんね?」

「置いとけば明日にでも取りに来るだろ。ほっとけ」

「明日休みなんだと」

「知らねえよ。俺は今から……」

「あの」


 素気なく断るシュテルを見上げる。こちらを向いた彼は、何を言われるのかわかっているのか、露骨に嫌そうな顔をしていた。


「シュテル、行ってあげてくれない? 荷物があるから、今から追いかければすぐ会えるだろうし」

「……俺は今から、お前を家に送り届ける栄誉にあずかるとこなんだが?」

「お願い」


 工房に帰っていざ仕事をしようとして、親方はがっかりしてしまうだろう。それがわかってしまうから、未然に防げるものは防ぎたかった。

 険しい顔をしたシュテルが苛立ちをあらわに髪を搔き乱す。それでも物凄く不承不承ではあれど、懇願に押し負けてくれた。


「ちゃんと中で待ってろよ」


 奪うように仕事道具を手にしたシュテルは、全速力で駆け出した。クソジジイ! と叫ぶ声が狭い通りに木霊する。

 言われた通りに店に戻ると、男たちはナタリアが出て行ったときよりも随分と柄が悪くなっていた。あれでもナタリアのためにお行儀よくしていてくれたらしい。

 赤ら顔の冒険者は吸い込まれるように席に戻りエールを煽っている。あちらへこちらへと慌ただしく動き回る女将は、ナタリアに気づかないほど忙しそうだ。

 何やらあまりよろしくない歌詞の歌が合唱され出して、ナタリアは顔を赤くした。直接的な性の話。なるほど、品がないとはこういうことなのだろう。荒い言葉には慣れているが、さすがにそういう話題は武器屋では出されない。

 あんまり気まずくて、ついついこっそり外に出た。


 ――徹頭徹尾、ナタリアが悪い。油断していたのだ。こんな一目でわかる厄介事の全身鎧などに、誰も近づかないと思い込んでいた。


 騒がしく明るい店内と、静かで暗くて寂しい外。あの明るい場所にいられたのだなあと改めて頬を緩めていたところで。

 まず、最初に腰元を引っ張られる感触があったと思う。それから鋭い音と悲鳴。突き飛ばされたナタリアの名前を呼ぶ声。足音。鈍い打撃音。

 よろめきながら壁に縋り、振り返る。見えたのは、流れ星らしき地面に転がる大量の石と、怪我をした男と、男を取り押さえるシュテルの姿だった。


「うう、クソ、なんだあの静電気みたいな……」


 静電気……臀部が少しピリピリするのはそのせいだろうか。以前親方が鎧に足した機能に、臀部に触れると雷が流れるというものがあったような気がする。


「テメェ、飾りを狙ったな。物盗りか!」


 ハッとして身を捩ると、結びつけた紐が歪にはなっているが、シュテルに貰った鎧飾りは無事に輝いていた。これを盗ろうとした、らしい。

 店内が一層騒がしくなった。騒ぎを聞いて出てきた酔っ払いたちは、荒事を生業にしているだけあって、すぐに揉め事と察したようだ。暴れる男を組み伏せるシュテルと交代して店内から縄などを持ってくる。


「店の中で待ってろって言っただろ……怪我ないか?」


 押し殺したような低い声は、多分ナタリアの迂闊さに怒鳴りたいのを堪えているんだろう。

 今更ながら恐怖にかられた。自業自得を気遣う優しさに甘え、引き寄せられるまま身を預ける。バイザーを上げられて覗き込んだ彼は、怖がりこそすれ、涙の気配がないことに安堵したようだった。


「大丈夫。ごめんなさい……」

「心配させるな、バカ」

「ナタリア様、大丈夫かい!? まさか店に戻ってたなんて」

「イテテ、イテテ、悪かった、酒に負けてごめんなさい! なんかあったなら責任取る!」


 マルグリットと、マルグリットに耳を引っ張られた親方の忘れ物を託した冒険者も身を案じてくれた。

 物盗りとのことだが、ナタリアがシュテルの言う通りにしていれば防げた事態だ。余計な騒ぎを起こして、こちらこそ申し訳ないと思う。


「いっ……止めろ、放せよ!」

「こいつどうする?」

「窃盗犯なら数日牢屋行きと罰金。未遂でも同じっすね。ただ、ものが小さいからなあ。あんま取れないかも」

「んじゃ殴っとくか」


 犯罪は犯罪。自分も悪かったのだから放してあげてと言うほどナタリアは心優しくなかった。

 とはいえ実害がなかったのだし無駄な報復は望まない。できれば穏便に引き渡しをと顔を向けると、窃盗未遂犯の男と目が合った。


「そんな化け物ちやほやして、おまえら、おかしいんじゃねえのか!?」


 嘲り、憎しみ。異端を見る目に背筋が凍る。


「なんだよその足、なんだよその飾り! そんなもんに金使って、鎧ごときが色気づいて気持ち悪ィんだよ! オレの生活の足しにした方が有意義――」


 シュテルが投げた大きな石の直撃を受けて、男はあえなく倒れた。

 倒れた男を縄でぐるぐると拘束し、冒険者や兵士たちがついでのように強めに殴る。追加で落ちてきた鉱石たちが、気絶した男を執拗に痛めつける。ナタリアにはそれらを止めるだけの余裕はない。

 久しぶりに受けた害意の塊は途方もなく痛かった。それでも、昔ほどにダメージを受けずに済んだのは鎧のおかげだろうか、年の功だろうか。

 上がったバイザーを下ろす。平気とか大丈夫とか、気にしてないだとか。笑顔で返せたら素晴らしかったのだろうけれど、あいにくナタリアは人との関わりが薄すぎて演技が下手くそだ。なんでもないフリはできなかった。皆が声をかけてくれても、シュテルに強く抱き締められても。


 窓に映る自分が見える。無機質な鎧がこちらを見ていた。顔も表情もわからない。

 こんな道端にいるには明らかに異質な甲冑は、街灯に照らされてただただ不気味だった。

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