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12.人の輪の中で笑う

「おら、出てけ出てけ! ワシの嬢ちゃんに邪な目向けそうなヤツぁ出てけ!」

「あたしの挽回の機会なんだ、セクハラオヤジは入るんじゃないよ!」

「そんなあ。隅で大人しくしてるからよう」


 親方と、お玉を持った女性が暴れている。

 店の中から体格のいい男たちを蹴り出して、あっちへ行けと追い払う。縋りつく者には拳骨やお玉の一撃をくれていた。

 ああ、ピンときてしまった。


「あそこ?」

「……ああ」

「私が来るから、お客さんを追い出してるの?」


 もしそうだったら嬉しくない。

 心境そのまま声音が沈んだのだろう。弁解するべく手を振って、すぐに頭を掻いて怒鳴るように声を飛ばした。


「いや、それはちょっと違って……ああクソ、おい、来たぞ!」


 こちらを向いた二人の反応は対照的だった。片手を上げて口の端を上げる親方と、緊張した様子で姿勢を正す女性。こちらも緊張して顎を引く。

 恐る恐る歩を進めるに従い、店の人なのであろう女性の顔が強張った。距離を詰めない方がいいのではないかと思うが、腕を引く男は足を止めない。

 目の前まで来てようやく立ち止まったナタリアに、女性はごくりと唾を飲む。


「ええと……ナタリア・リーンです」

「マルグリット……です……。……あの……」


 気まずく長い沈黙の後、マルグリットと名乗った女性は意を決したように口を開いた。


「ごめんよ、ナタリア様!」


 勢いよく頭が下げられる。


「今日は来てくださってありがとうございます。ナタリア様の来店を断っちまったこと、ずっと引っかかってたんです」

「そんな、お店を守るのは当然のことです」

「いいえ!」


 上がった頭が再び下がった。そんな速度で動かしたら気分が悪くならないだろうか。

 両手を取られて驚くナタリアの背中を、シュテルが軽く叩いて宥めてくれた。


「うちの店のモットーは皆の休憩所。誰でも、どんな客でも等しく休める店にするって決めてたんです。あらくれ者だろうと嫌われ者だろうと、店で問題を起こすまでは受け入れるってね。それなのに……それなのにあたしってやつは……」


 店員、もとい女将らしい。感情豊かに肩を丸める姿が痛々しくて、謝罪の間に口を挟む。


「だ、大丈夫です、気にしてませんから」

「あたしってやつは、こんないい子を……!」

「そうだ、もっと気に病め」

「大丈夫です、本当に!」


 余計なことを言うな、嘆きが高くなってしまっただろう!

 高い踵を強めに振り下ろすと、シュテルは呻きを上げて腰を曲げた。手をかけられた肩に重みがかかったから、ちょっといい一撃が入りすぎたかもしれない。


「おい、そろそろ中入ろうや。嬢ちゃん、ちっと早いが夕飯だ」


 親方が扉を開けて促す。

 入った店の中はとてもシンプルで、余計な飾りや模様のない壁は一言で言えば殺風景だが、冷たさは感じなかった。壁についたシミや、使い古した木の椅子やテーブルに温かみがあり、何より、客の表情が明るく心地よい。


「お、やっと来たかぁ」

「わはは、女将が泣いてら。鬼の目にも涙ってやつだな!」

「あんだってぇ!?」


 おいおいと泣くマルグリットを店内の客が揶揄うと、途端に怒ってお玉を振り上げた。起伏の激しい人のようだ。


「流れ星ちゃん、こっちおいで!」

「ねえねえ、それ新しい鎧? 可愛いねえ、いいねえ」

「こっちも空いてるぞ」


 入り口で止まってしまったナタリアに、陽気な声がかかって困惑する。


「行かねえよ! ほら、こっちだ」


 手を引かれてカウンターに導かれた。

 ヒョイと兜を取り上げられる。誰かが口笛を鳴らした音がした。音源を探して視線を上げると、こちらに集まる視線に気づく。


「うちに来たときの子猫みてえだなー。ソワソワして可愛いわ」

「怯えてるじゃねえか。てめえの顔が怖いせいだぞ」

「人のこと言えたツラかよ。親方ほどじゃねえし」

「ほんとだほんとだ」

「アァ? やんのかおうコラ」

「店内、武器は禁止だよ!」


 誰も彼もが騒ぎ出したのをいいことに、鎧を外されながらじっと皆の様子をうかがう。

 悪意は感じなかった。それどころか、恐怖も戸惑いも。

 よく見れば、店内のいくらかの客には覚えがある。

 あちらで陽気に手を振ってくれているのは、シュテルの部下である騎士。そして。


「武器屋の、お客さん……?」


 小さな呟きを拾った大男が、ビールジョッキ片手にガハハと笑った。

 この人も知っている。シュテルが手に口づけを落とした際、その強面を緩めて生温く見ていた人だ。頬の傷が特徴的で、何度か挨拶を投げてくれたこともあったはず。


「覚えてくれてたのかー、嬉しいねえ。オレ冒険者のゴドフリー、よろしくな!」

「うるせえぞ、騒ぐならあっち行け」

「おいおい、オレも功労者だぞ。感謝してくれていいんだぜ」


 鋭い舌打ちの後のありがとうは、あまり感謝にならないのではないだろうか。

 脛当てから上を脱ぎ終わったナタリアは、使い込まれた椅子に腰かけた。シュテルはナタリアの隣に座って、冒険者のゴドフリーはシュテルとは反対隣を陣取る。

 がるがると威嚇をするシュテルは置いておいて。


「功労者?」

「そうなんです、聞いてくださいよ隊長の健気さ! あ、俺クーノです、よろしく!」


 騎士のクーノが移動するのにあわせ、料理の乗った皿やコップを持って人が集まってきた。

 勝手にテーブルを寄せ、椅子を運ぶ。マルグリットから文句が飛んでくることはなかったから、席を移動させるのはいつものことなのだろう。ひとつのテーブルにたくさんの人がついたせいで、ぎゅうぎゅうに詰まって食べづらそうだった。

 呆れた顔で部下たちを見たシュテルが、諦めたようにメニュー表を取る。


「そういうのは言わなくていいんだよ……。ナタリア、適当に頼んでいいか?」

「あ、うん、お願いします」


 ここからここまで一皿ずつ、という豪快な注文をするそばで、クーノとゴドフリーは交互に口を開いた。


「隊長、怪我が治ってからは、お城で騎士や兵士相手に指導してるんですよ。そんでまあ、雑談くらいはするじゃないすか。そこで流れ星の君の話が出て、どっか行けそうな場所ないかって相談されたんです。俺たち戦いを生業にしてるから流れ星くらい平気なんだけど、やっぱ一般人は警戒するだろうなってことで、訓練所連れてきたらどうだとか色々意見出てさ。でも女の子をむさ苦しい場所にブチ込むのはっつって、じゃあ平気そうなやつらが集まるのはどこかなって考えたら、ここかなって」


「女将さん最近ずっと暗くてなあ。聞いてみたら、ナタリアちゃんの来店を断っちまったって言うじゃねえか。オレらと店の安全のためって言われたら悪い気はしないけどよぉ、ナタリアちゃんは可哀相だろ。オレは何度か武器屋でナタリアちゃんに会ってて、可愛くて素直な女の子だってことも、言われてるほど被害も出てないってことも知ってたから、その辺を女将さんに力説してな。そこらの――そう、アイツらだ。アイツらも一緒に、ナタリアちゃんはいい子だぞと店内で広めたわけだ」


「で、その現場に丁度俺が来たんです。ピクニックのときの流れ星の様子とかも絡めて説明加えたら、女将さんめちゃくちゃ悩み出しちゃったんすよね。騎士たるもの隙を逃しちゃいけないんで、隊長に今なら押せそうだと報告に行って……まあ、一回断られたの根に持ってたみたいでちょっと渋ってたんだけど……女将さんの説得に隊長も乗り出して」


「えげつねえなあと思ったぜ。ナタリアちゃんが悲しそうにしてた様子を語るコイツの表現力が無駄に高いせいで、女将どころか関係ない客まで涙ぐんじまって」


 隣を見る。口を尖らせてそっぽを向く少年染みた顔は、そんなに弁が立つようには思えないのだが。

 マルグリットがコップやつまみを運んできた。


「今日、今からナタリア様が来るって聞いて、話を聞いてた荒事に慣れてない客も残りたいって言ってたんですけどねえ。反射的に怯えちまうかもしれない人には遠慮して貰ったんですよ。最初の店の印象が悪いんだ。二回目くらいはよくしたいからね」


 申し訳なさそうにしながらも、ぱちりとお茶目に片目を閉じる。


「そんな……あの、本当に女将さんを悪いとは思っていないんです。女将さんがお店やお客さんを大事にされている証拠だとしか。いつ流れ星が被害を出すかもわからないんですし」

「悪いことしなきゃなんもねえよ」


 ぼそりと言うシュテルの信頼を嬉しく思う。

 ――でも、その「悪いことをしない」は難しいものだ。


「お心遣いは嬉しいです。こうして皆に愛されるお店に来れたことも、とても。ありがとうございます」


 マルグリットに微笑むと、彼女の夫と思わしき熊のような男が山盛りの肉を置いていった。

 絶対に一人前ではない。謝罪の代わりということだろうか。シュテルが迷いもなく取り分けてくれたから、再び礼を述べて遠慮なく口にする。多少濃いめの味つけが、空いた腹に染み入るようだった。

 顔を輝かせて食を進めるナタリアを見て、俺も俺もと注文が飛ぶ。


「いい食べっぷりだなあ!」


 ゴドフリーが自分の料理を皿に分けてくれたのをきっかけに、横から、後ろから追加が乗った。大きくなれよと言われても、これで大きくなるのは多分横幅である。今からたくさん頼んだ料理がくるのに、そんなにいっぱい食べられない!

 集まる人々を程々に散らしていたシュテルは、困りつつも楽しそうなナタリアを見て、対処を投げ出したようだった。乱雑に頭を撫で、自分も料理の攻略にかかる。親方も皿いっぱいに肉を持っていき、馴染みなのだろう人とテーブルを囲んでいた。

 常に誰かが大声で喋り、突然歌い、ときに怒鳴り、たまに手が出て女将に怒られる。

 決して品がいいとは言えない食事風景だ。商人上がりの男爵とはいえ腐っても貴族令嬢。本来は眉を顰めるべきなのだろう。

 けれどこんなに楽しい食事にケチをつけるだなんてありえない。ピクニックのときと同じくらい楽しかった。気持ちで言えば、あのときよりももっと。

 高揚に花を添えるように、バサバサとたくさんの赤い羽が降ってくる。


「おお、悠長な流れ星だな」

「流星雨じゃねえか。大量大量」

「あー! スープに羽が!」

「こりゃあ――おい貴重な素材だぞ、食うんじゃねえ酔っ払いども!」


 ゆるやかな落下物に、目を丸くはせども、誰も怖がることはなかった。気にせず食事を続ける者、テーブルから適当に払いのける者、珍しげに眺める者や、勿体ないと沁み込んだスープの味を堪能する者。

 呆れた顔をして箒を持ってきたマルグリットが笑う。


「こんな流れ星もあるんですねえ。あたしも商店街の友人たちも、怖がりすぎちまってたんだ。初めてお屋敷でナタリア様を見たときのことばかり考えて……」


 少しだけ腹が冷えたが、顔には出さないでいられたと思う。シュテルに横目で窺われたのが、ナタリアのなにがしかに違和感を覚えたせいではないといい。

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