11.鋼の靴を履いて、一歩前へ
その日は珍しく親方が家を訪れた。日が傾き、王都が赤く染まるような時間だ。
シュテルを伴い、大きな荷物を携えている。先日の鬼か悪魔かという形相はどこへやら、上機嫌に笑う顔は好々爺のように見えなくもなかった。
「足甲ができたぞ!」
綺麗なラッピングをする人ではない。ドンと置かれた薄汚れた箱には、直接鎧が詰め込まれていた。鉄靴をつくると息巻いていたように記憶しているが、脛当て(グリーブ)から太腿甲までついているようだ。
太い指で掴み出され、応接間の床に置かれた足甲は。
「ほほう、これはこれは」
「まあ、素敵!」
まるで芸術品のようだった。
優美な曲線は鳥の長い首のよう。羽を模したレリーフを気品のある赤色のラインが彩り、輝く鋼を引き締めている。サバトンはショートブーツのように靴底まで一体化されており、可動部は鱗状。歩きづらくならない程度に踵に少し高さが加えられ、その姿はパーティーシューズに似ていた。
「綺麗……」
「履いてみろよ」
柔らかく薄い革の靴を渡され、促される。
「これは?」
「俺から。ほら早く。楽しみにしてたんだ」
使用人が持ってきてくれた椅子に座り、男性陣から隠すようにして靴を履き直す。しっとりとした肌触りで、ぴたりと吸いつく。靴というよりは靴下というような履き心地だった。
続いてサバトンに足を通す。丁度いい。ぶかぶかしない。
立ち上がって数歩歩くが、鋼が床に当たる感触がせず、静かなものだ。
「金属にも劣らん丈夫な革が手に入ったんでな。小石踏んづけても平気だぞ」
「靴も特殊な革だから、少しくらいなら火の上歩いたって火傷しねえから安心しろよ。……うん、可愛いな。似合う」
また高いものを貢がれた気がする。なんの素材かは、あえて聞かないことにした。
「ほらナタリア、こっちに来なさい」
母自らの手で残りの鎧をつけて貰う。細いズボンの上に被さる鋼は、鎧というよりサイハイブーツみたいだ。
足の曲線を殺さないまま美しく飾られて、嬉しくなって飛び跳ねた。
「凄いわ、親方、ありがとう!」
勢いのまま抱きつくと、眦を下げて相好を崩す。
「なあに、素材は主に嬢ちゃんの流れ星だ。それに」
一転苦々しい顔をして親方が横を見た。つられてそちらを向くと、ニコニコと笑うシュテルが腕を広げている。
「……一部の素材の提供と、形のアドバイスはコイツでな」
「そうなの。ありがとう、シュテル!」
「ありがとうございます、シュテル様!」
「違う、迎え入れたいのは男爵じゃない!」
じりりとシュテルが近づいた途端、父がその広い胸に飛び込んだ。
「娘はまだやりませんよ」
「わかった、わかったから離れろ、自分を犠牲にするな!」
「ええ……優しい……」
「言い方が悪かった。お互い気持ち悪いだろうから離れろ」
「ええぞ親父殿!」
キャッキャとじゃれる男性陣を無視してナタリアを抱き締めた母の、ナタリアと同じ色をした目は、少しだけ潤んでいる。
母はナタリアが人一倍美容に気を遣っていることを知っている。女という性別を捨てたくない。鎧という無機物に包まれて、自分が女性であるということを忘れたくない。そんな悪あがきをずっと見守ってくれていた。
鎧をつけていても女だとわかる、美しい部位。足だけだ。それでもとても、とても大きな一歩だ。
「よかったわね、ナタリア」
細い肩に顔を埋めた。深呼吸をすると、今にも泣きそうにのどが震える。今日も化粧はしているから、泣いたら酷い顔になってしまう。
ナタリアが目を閉じて心を落ち着けている間に、母は大きく手を打った。
「誰か、甲冑を持ってきて! ねえシュテル様、一段と可愛くなった私の娘と、少しデートをしてきてくれませんかしら?」
「えっ!?」
「おっ、喜んで」
思いもしない単語に驚きすぎて涙の気配が引っ込んだ。
軽く了承するシュテルの背後で、男二人が大きくバツをつくっている。残念ながら母はそんな反対を聞く人ではないので。
あれよという間に全身鎧を着せつけられて、シュテルの腕へと渡された。女性らしいラインを得た下半身だが、さすが親方、上半身とあわせても大きな違和感はなさそうだ。
「でも、で、デートって言ったって、もう夕方で……一体どこに」
「アテがある。もし出かけられたらって、ちょっと期待もしてたしな。親方、頼んだぜ。ナタリアのためだ」
向けられた水に、親方は長い葛藤の後頷いた。
「…………よかろ」
そうして両親に軽く頭を下げ、急いで駆けて出て行った。もう老年の域なのに親方は元気だ。いつまででもそのままでいて欲しい。
「私たちも走るべき?」
「ゆっくり行けばいい。親方なら上手く追っ払っといてくれるだろ」
追っ払うとはまた物騒なことを言い出した。
首を傾げるナタリアを楽しそうに見下ろして、シュテルは比較的丁寧に両親へと暇を告げる。
肘を差し出されても、しばらく意図を察せなかった。焦れた彼に導かれ、手を肘にかけ歩き出す。
これはもしかしてエスコートではないだろうか。こういうときには鎧は便利だ。慣れない女性扱いに真っ赤になっていても相手にバレない。
「歩いてみてどうだ。バランス悪かったりしないか?」
ただしぎこちなさは見抜かれたようだ。
顎を引いて背筋を伸ばす。ダンスで鍛えた美しい足運びに正すと、よさそうだなと彼は笑った。
「凄く軽いし歩きやすい。このまま踊ることだってできそうよ」
「そりゃいいな。俺が踏んじまっても痛くなさそうだし」
道行く人々が目を剥いてこちらを見ていた。
話題の英雄と鎧が腕を組んでいるのだから、そりゃあ綺麗に二度見もする。ナタリアの存在を慣れた視線で確認した人が、あらためてシュテルを見て、更に接触部を凝視するから笑ってしまった。
頼れる人が隣にいるだけで人の目に強くなる自分は、なんて現金なのだろう。一人だったら身を縮こませていたところだ。
軽快な足取りで進んでいたナタリアだが。
「ここ右な」
「え……」
知った道を外れると言われた途端に足を竦ませた。
「ほんの数十歩だけだよ」
わざとらしいほど軽く言うシュテルの目は、表情とは裏腹に心配そうだった。
ここまでは武器屋と同じ道だったから平気だったが、違う道となると騒動を思い出す。唇を噛んで視線を落とし、目に入った足甲にふと気が緩んだ。
足早に逃げたあの日、この足甲はもっと重くて歩きづらかった。足が地面に張りついたようで、中々その場を離れられなかった。でも今日のナタリアは違う。少しでも迷惑の気配を感じたら、脱兎のように身を翻せるではないか。
それに。
「…………」
顔を上げると、彼は先程とは違い、今から強敵と戦いに行くのだというような顔をしていた。
辛抱強くこちらの決心を待ってくれるシュテルが、二度も失敗をするはずがない。なぜなら彼は、立ち向かう敵を打ち砕き続けている人なのだ。
うん、大丈夫。いつの間にか力の入っていた指先を緩ませる。肘は痛くなかっただろうかと軽く撫でて頷いた。
「行こ」
滲むように微笑んだシュテルがナタリアの兜の頬を撫で、目を鋭くして歩き出す。
……歩き出した矢先、頭を抱えて止まってしまった。




