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10.お守り


 下半身から順番に。撃たれたり突かれたりはしないので鎖帷子は着用していない。ゴルケットをつけ、あとは兜というところで店の扉が開く。


「らっしゃいま――なんだ」

「なんだとはなんだ、客だぞ。お、ナタリア、来てたか!」


 勝手知ったる我が家とばかりに店を横断したシュテルが、早速腰につけた鞄を漁った。何度も見た兆候。今日こそと制止の言葉を探したが、それよりずいと贈り物を差し出される方が早い。焦点もあわないほど近くにぶら下げられた何かから一歩下がり、首を傾げる。


「……これは?」

「親方につくって貰った鎧飾りだ。ナタリアの鎧は普通の鎧よりゃずっと見栄えがいいけど、鋼一色じゃ寂しいだろ」


 聞いたことがないが、鎧飾りとは一体。もしかして首飾りや髪飾りのようなアクセサリーの分類なのだろうか。でもアクセサリーを鎧につけるなんて発想ある? 剣の柄に飾りをつける人はいるとか聞いたことあるような気はするが。

 手のひらに乗せられた光沢のある赤い飾りは、石とは違うようだった。角度を変えずとも、まるで脈動でもしているかのようにゆらゆらと光の反射の角度が変わる。


「俺が倒した赤竜の鱗だぞ」


 ギョッとして取り落としそうになった飾りは、シュテルが危なげなくさらっていった。

 つけてやるよとナタリアの周りをうろついて、胴甲を留める腰バンドの隙間に指を突っ込まれる。


「あいつの鱗な、でかいし分厚いんだ。小さいのでも俺が手を広げたくらい。んで、割ったのを磨いてみたらお前の目みたいで綺麗だったし、魔力こもっててお守りにもなるし、なんかつけられねえかと」


 胸甲側にぶら下げると少し邪魔だった。背甲側に回して丁度いい位置を探っているようだ。


「うわっ、なんか魔法具しかけてある。こわ……」


 慎重に作業をしてくれるのはいいけれど、腰の辺りに人の顔があるのは落ち着かないので早めに終わらせてくれると嬉しい。

 手持ち無沙汰になって話題を探すと、すぐに見つかった。


「そうだ、殊功勲章の授与おめでとう」


 ああ、といささか覇気のない相槌が返る。正確に言うならば、げんなり、が似合う声音だ。

 受勲式はたいそうな人出だったようだ。豪華な飾りつけに、騎士たちの大仰なパフォーマンス。ここぞというタイミングで現れた、見目のよい英雄と部下たちは、熱狂的に迎えられたらしい。陛下も上機嫌で、ひとつも問題なく式は終わった。

 あえて言うなら、英雄の望みが今のところ決まっておらず、祝賀会に持ち越されたと聞いたが。


「人が……めちゃくちゃ多くて……大袈裟なんだよ……。こっちは領地が襲われたから倒しただけだってのに……」


 いわく、辺境伯領の全領民が集まったような騒ぎに辟易したそうである。


「花道を行って帰ってしただけだから、取り囲まれなかったのはよかったけどな。なんだよあの遠くからでも香水臭い集団。こっちは魔物との戦いのために嗅覚大事にしてんだから、近づかないで欲し」


 ブツブツと愚痴をこぼす声が止まった。間を置いて、震える声で小さく聞かれる。


「……なあ、祝賀会って」

「まあ、取り囲まれるんじゃないかしら?」

「絶対ごめんだ!」


 英雄殿とは思えない情けない悲鳴を上げるから笑ってしまった。竜より婦人、令嬢方の方が恐ろしいとは思ってもみない事実だ。


「そうだ、お前、俺と祝賀会に――」


 飾りをつける手が止まった。

 息を呑む音は聞こえただろうか。小さく跳ねた肩の揺らぎは。

 慎重に息を吐いて、縮んだのどを弛緩させる。


「失言の罰として」


 震えも湿っぽくもない声が出たことに胸を撫で下ろした。


「ご令嬢方と最低でも三回は踊ることね。後からちゃんと部下の方にうかがうから、ズルは駄目よ」

「……三回は多くないか?」

「駄目よ。オマケはあげません」

「しゃーねえなあ」


 どうやら飾りをつけ終わったらしい。

 腰を伸ばしたシュテルは、流れるようにナタリアの片手を取った。粗野な育ちだと自称する割にはやはり辺境伯家、その限定的な優雅さを発揮して、エスコートは遜色なくできるのだろうなと手の行方を見守り。

 鋼の手甲に口づけられて度肝を抜かれる。


「シュ……、……ッ!?」


 肌に直接に熱を感じたと錯覚するほどに長い口づけだった。反射的に抜こうとした手は、力が入っているようには見えないのに、しっかりと押さえられている。

 赤い髪が銀色に散る。俯くその隙間から、鋼がこちらをじっと見ていた。その静謐さは祈りにも似て、けれどその視線の向かう先は確かにナタリアだ。頭の中まで覗かれているかと思える直線に、心臓が忙しなく揺れた。高い熱にじりじりと焼かれて、頭の奥が痺れを帯びる。

 鎧が本体というような生活を送るナタリアが、初めて手へのキスを受け、強い視線にさらされて対処できようはずもない。空いた片手で彼の顔を押してもいいのか、それとも自分の顔を隠して視線を遮断するべきか。

 混乱しながら考えて、結局宙に浮かせたまま手を開いたり握ったりを繰り返していると。


「何しとるんだ色ボケーッ!」


 怒号と衝突音が唇を引き剥がした。

 怒号はともかく衝突音はなんだろうと思えば、床に重そうな鎚がめり込んでいる。流れ星ではない。親方愛用の道具だが、もしかして投げたのだろうか。


「テメェ時間なっても来ねえと思ったらワシの大事な嬢ちゃんにコナかけやがって!」

「うるせえなあ」

「親方、店の中壊さないでくださいよー!」


 憤怒の出で立ちで突進してくる親方に溜息を吐き、シュテルはようやくナタリアの手を解放した。安心したような、なぜだか少し寂しいような心地で分厚い手甲を撫でていると、米神でリップ音が聞こえる。


「またな。気をつけて帰れよ」


 親方に耳を掴まれ、引き摺られていく姿を呆然と見送った。

 彼は妹ではないと言ったナタリアを未だに妹扱いすることが多いのだが、実の妹にもああいう態度を取るのだろうか? だとしたら問題だ。物凄く兄が好きすぎる妹ができあがってしまうに違いないので。


「まったく、騒がしい人たちですよねえ。ナタリアちゃんお疲れ様です」


 店員に兜を差し出される。頭を下げて被せて貰って、位置を整えたところでふと気づいた。

 店内にいくらかの客がいて、彼らの目がこちらを向いていることに。


「お……お騒がせしました!」


 ガチャガチャと鎧を鳴らし、慌ただしく店を出た。


「気ぃつけろよー」

「可愛いよなあ、流れ星の君」


 冒険者や兵士の人たちは、積極的に話しかけるわけではないが、いつも少し離れたところから忌避せず見守ってくれる。店の中で騒いだことで疎まれていないといいのだが。

 それにしても……お守りになる飾りか。いいかもしれない。戦場に身を置く彼に贈るには。

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